ワクチン特許権の放棄を製薬会社にさせるべきか。今は良くても将来は?
LIMO / 2021年5月23日 19時35分
ワクチン特許権の放棄を製薬会社にさせるべきか。今は良くても将来は?
新型コロナワクチンの特許権を放棄させようという動きがあるが、それによって将来の医薬品開発が進まなくなることが心配だ、と筆者(塚崎公義)は考えています。
心情的には理解できるが
経済について考える時、暖かい心と冷たい頭脳の両方が必要です。筆者も被災地に支援の寄付をするなど、暖かい心は人並みに持ち合わせているつもりですが、冷たい頭脳も鍛えているつもりです。
今回の新型コロナワクチンの特許権の話は、特許権を持つ製薬会社に特許権の一時的放棄をさせようというものです。世界中の製薬会社が一斉にワクチンを製造し安価で供給することができるようにする、というものですから、暖かい心としては非常にすばらしいものだと思います。
しかし、筆者の冷たい頭脳が特許権の放棄に反対しているので、本稿はその理由についても読者にお伝えするものです。くれぐれも筆者を冷たい人間だと批判されることがありませんように。
特許制度には存在理由がある
特許という制度がなぜ存在しているのかを考えてみましょう。特許という制度がなければ、新しい薬を開発する会社が出てこないため、医学が進歩しなくなってしまうからです。
多額の費用をかけて新薬を開発しても、開発に成功した途端にライバルたちが同じ薬を作り始めたら、開発した会社は開発費を払ったことを後悔するでしょう。そして次からは、誰かが新しい薬を開発してくれるのを待つことにするでしょう。
すべての製薬会社が「ライバルが新薬を開発するのを待とう。開発された新薬と同じものを作れば良いのだから、自分で開発する必要はない」と考えるようになると、人類は新薬を開発しなくなり、ウイルス等々が大喜びするでしょう。
そうしたことがないように、「新薬を開発した製薬会社は独占的に新薬を作って良い。ライバルが同じ物を作りたければ、開発した製薬会社に莫大な特許料を支払いなさい」という法律があるのです。
それによって「新薬を開発すれば儲かるから頑張って新薬を開発しよう」と世界中の製薬会社が考えることになり、人類は次々と新しい新薬を手にすることができるというわけです。
今回限りは良い結果となろうが・・・
さて、今回の新型コロナは世界中の製薬会社が巨額の費用を投じて新しいワクチンを開発し、おそらく値段は高いのでしょうが先進国の多くの人々が新型コロナの恐怖から免がれることができています。日本についてはノーコメントですが(泣)。
あとは、供給量を増やして値段を下げて途上国の人々にも恩恵が及ぶようにすることが望まれるわけですね。そのためには特許を放棄してもらう、という手段がおそらく最適でしょう。新型コロナに打ち克つということだけを考えるならば、ですが。
新型コロナは世界的な大惨事ですから、これを解決するためならできることはすべて行うべきだ、というのは一つの考え方でしょう。しかし、その結果として上記のように製薬会社が新薬開発の意欲を失ってしまったら、次に新しいウイルスが流行った時に人類はワクチンを開発できずに素手でウイルスと戦うことになりかねません。
したがって、筆者の冷たい頭脳は「製薬会社に特許権を放棄させてはならない。その結果として貧しい人々がワクチン接種を受けられなくなっても、それは仕方のないことだ」と考えるわけです。
暖かい心が解決策を探る
もっとも、それでは筆者の暖かい心が納得しません。何とか解決策を探ろうとして「貧しい人々を救うという目的は全く正しい。しかし、製薬会社に犠牲を払わせるという方法は冷たい頭脳が許してくれそうもない。それなら、先進国政府が製薬会社に巨額の費用を支払って特許権を買い取れば良いだろう」と考えています。
先進国の国民は、「途上国の人は助けたいけれども自分たちの税金を使うのは嫌だ。だから製薬会社に犠牲を強いるべきだ」と考えているのでしょうか。そうだとすれば、それには賛同し難いですね。製薬会社の権利を不当に侵害するもので、許されないでしょう。
あとは、誰が費用を負担するのか、という問題ですね。寄付を募ったのでは、おそらく十分な金額が集まらないでしょうから、先進国政府が資金を出し合う必要があるかもしれません。先進国間の負担額割合の交渉は容易ではなさそうですが、頑張ってもらいましょう。
もう一つの解決策としては、特許を持った会社が特許を持たない製薬会社に製造を委託して大量のワクチンを製造してもらい、それを高値で販売するというものです。
途上国政府が高値で買ったワクチンを国民に安く販売し、その差額を先進国から援助してもらう、ということも可能でしょう。こちらの方が市場原理を活かすという観点からは望ましいのかもしれませんね。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事情と異なる場合があります。
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