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“にわか五輪反対派”にも政府にもモヤモヤ。始まってしまえば盛り上がるのか…

LIMO / 2021年6月17日 20時5分

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“にわか五輪反対派”にも政府にもモヤモヤ。始まってしまえば盛り上がるのか…

どうやら東京五輪は、なにがなんでも開催する方向のようですね。ただ、生来の五輪ギライの自分から見ると、多くの“にわか五輪反対派"の人たちの言っていることも「なんだかなぁ」と思うことが多々あります。

そして、正直に言えば心の底で思っています。「どうせ、開催されれば喜んで見るワケでしょ」と。日本の政府も同じことを考えているかもしれませんね。ということで、生来の五輪ギライの独断と偏見に満ちた五輪考察です。

五輪の大義なんてトッピングですよね

五輪ギライの理由は、あとでクドクド書くとして、話の構造としては主義主張というよりは嗜好の話です。「納豆なんて腐ったモノが食えるわけない」というような話です。

まず初めに、「現在の状況で五輪を開催する大義がない」という“にわか五輪反対派"の人たちの言説。これも「なんだかなぁ」なんですよね。たしかに、アンダーコントロールの“復興五輪"から、“コロナに人類が打ち勝った証"まで、いろいろと迷走しています。

しかし、この手のお題目は、いわばトッピングですよね。東京五輪決定時に日本中が大喜びしたのは、“復興五輪"だからじゃないと思います。復興五輪でも、環境五輪でも、オモテナシ五輪でも・・・なんでも良かったワケです。五輪は五輪なんですよね。当たり前ですけど。

「全く別の地平から見てきた言葉」の意味

丸川五輪相の「全く別の地平から見てきた言葉」が話題になりました。これは新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長の「普通は(五輪開催は)ない。このパンデミック(感染症の世界的大流行)で」との指摘を受けての発言です。

別の地平の意味については、”体育会系の地平と理系の地平!?"等々、ネットでも話題になっていました。大臣発言には全く賛成できませんが、言わんとすることは、なんとなく分かります。

要は「コロナ感染拡大のリスクが少々あっても、五輪開催の価値は、それを凌駕する」と言いたいのだと個人的には解釈しています。賛否は別として、話の筋道としては分かります。

ただ、丸川大臣も発言のその先を詰める気は全くないと思います。その一方で、この6月から厚労省がコロナ病床使用率の算出基準を改定しました。分母がコロナ確保病床であることは変わりませんが、分子が以前は一般病床入院患者や入院予定者もカウントしていたのですが、これを止めて確保病床への入院数のみに限定。

算出基準改定の妥当性はよくわかりませんが、結果は概ね病床使用率が下がると言われています。時期が時期だけに、どうしても邪推してしまいますよね。

「なぜ民間が自粛して五輪だけ特別なのか」という意見もあります。しかし、五輪推進の人たちにとって、そもそも五輪は特別なものです。議論がかみ合うワケがないのかもしれません。

五輪はクサ味が強すぎて

では、五輪の本質とはなにか。月並みですが、世界最大の夢のスポーツの祭典。そして、ビッグマネーが動く巨大なイベントといったところでしょうか。日本の場合、半世紀前の東京五輪が高度成長の契機になったという事情もあります。

自分が五輪ギライの理由のひとつは、ナショナリズムの問題です。いまのアスリートや観客が、“国威発揚"を第一義に五輪を考えているとは思えませんが、五輪が盛り上がっていく過程で、ナショナリズムがどうしてもオーバーラップしてきます。

エンタメやアート、スポーツ観戦において、ある種の“クサ味"が必要なことは理解していますが、五輪が規模壮大であるだけに、個人的にはこの“クサ味"が絶望的に強すぎでして。

五輪憲章では「五輪は選手間の競争であり、国家間の競争ではない(第1章 6-1)」と書かれているとか。このへんの嘘くささも“クサ味"を強めていますね。

進歩的な五輪改革論者の言うこともサッパリ理解できません。五輪にもっと今日的なテーマを付与し、適切にダウンサイジングして、商業主義とナショナリズムを排除して・・・そこまでやるなら、もう五輪という名称も要らない気がするのですが。

キッチリ議論できない国はダメ

さて、2024年の五輪はパリで開催されるようですが、2015年に米ボストンの2024年五輪立候補の取りやめがありました。理由は86億ドル(約1兆588億円)以上という五輪開催コストで、地元住民の反対が強かったと言われています。

もしかすると、一部の先進諸国では“五輪はもういいよ"という気運があるのかもしれません。ただ、これには日本は当てはまらないのでしょう。この1年で、多くの人が言うように、日本が先進国なのかアヤシイ気がしてきましたね。

分科会の尾身会長他が提言を行うようですが、これは結論に関わらず、キッチリ議論して欲しいと思います。田村厚労相の“自主的な研究成果の発表"発言からも、あまり期待できないような雰囲気もありますが。

ひとつ言えることは、現在の世界では、立場の違う人たちがキッチリ議論できない国や組織はダメだということだと思います。五輪風に言えば、メダルの取れない国ということになります。

選手やコーチが根本的な問題の議論を避けて、そのチームはメダルが取れるのでしょうか。スポーツは詳しくないので、よく分かりませんが。

東京五輪開催後の日本を想像してみます。なし崩しに開催されたことにモヤモヤしつつも、アスリート達の頑張りに感動して、“結構、ニッポンも頑張ったね"というような会話が、日本中で交わされるのでしょうか。やはり私は、ちょっと遠慮をしておきます。

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