潜在成長率の基本は技術進歩。少子高齢化や不景気との関係とは
LIMO / 2022年3月3日 19時5分
潜在成長率の基本は技術進歩。少子高齢化や不景気との関係とは
潜在成長率が長期的に低下するのは、産業構造の変化等々の一般的現象ですが、少子高齢化も大きな要因となっています(経済評論家 塚崎公義)。
財政金融政策の目的は潜在成長率の達成
潜在成長率という言葉があります。失業率が上がりも下りもしない成長率、といった意味の言葉です。実際の成長率が潜在成長率から乖離すると、問題が起きるので、政府日銀が財政金融政策で成長率を潜在成長率に近づけるように頑張るわけです。
景気が悪いと、企業が生産を減らすので労働者を雇わなくなり、失業が増えます。成長率が潜在成長率を下回るわけですね。そこで、失業増加を防ぐため、景気刺激策が採用されることになるでしょう。
細かい事を言えば、望ましい失業率を上回っている分だけ、短期的には潜在成長率を上回る成長をさせて失業率を下げる必要があるわけで、常に潜在成長率を目指すわけではありませんが。
反対に景気が良く、企業が大量に物を作るようになると、大勢の労働者を雇うので失業率が下がります。成長率が潜在成長率を超えるわけですね。そうなると、労働力不足で賃金が上がってインフレになる、といった心配が出てくるので、財政金融政策で景気を抑えて成長率を押し下げるわけですね。
潜在成長率の基本は技術進歩
成長率がゼロだと不況だと言われて失業率が上がってしまいますから、潜在成長率はゼロより高いはずですね。なぜでしょうか。人口が増えている国であれば、生産量が増えないと失業者が増えてしまうわけですが、それより重要な要因は、技術が進歩するからです。
針と糸で作業している洋服屋にミシンが導入されると、労働者一人当たりの洋服生産量が劇的に増えます(労働生産性が上がる、と言います)から、昨年と同じGDP、すなわち同じ生産量だと必要な労働者の数が減って失業者が増えてしまうわけです。
ここで重要なことは、技術進歩とは新しい発明発見のことではなく、実際に使われている技術の進歩の事だ、という事です。貧しい途上国の洋服屋がミシンを買うことが出来るようになると経済が成長し、潜在成長率が上がるわけです。
潜在成長率は技術進歩とともに低下する
そうなると、日本のように既に洋服屋がミシンを持っている国では、途上国と比べて潜在成長率が低いという事にならざるを得ません。今のミシンを最新式のミシンに買い替えたとしても、労働生産性は爆発的には上がらないからです。
日本も、高度成長期には各社がミシンを導入して労働生産性が爆発的に上がっていたので、高い成長が可能だったのですが、ミシンが行き渡るとともに潜在成長率が下がってきたわけですね。
今の途上国も、先進国で使われている技術と似たような水準までは容易に使えるようになるでしょうから、先進国より高い成長を続ける事は可能でしょうが、多くの工場がミシン等を導入し終わると、次第に成長率が低下していく事は免れないでしょう。
経済成長による経済のサービス化も潜在成長率を引き下げる
経済が成長すると、産業構造が変化します。農業から工業へ、工業からサービス業へ、というわけですね。女性の購入品の変化を考えてみましょう。戦後の食糧難の時代には、食べ物が重要でしたが、食べ物に困らないようになると、次は洋服が欲しくなります。洋服もある程度持てるようになると、次は美容院に行きたくなります。
それに応じて産業の方も、生産品目を変えていきます。それに伴なって労働者も、農業に集まっていたのが製造業に集まるようになり、サービス業に移っていくわけですね。
問題は、洋服屋はミシンの導入で労働生産性を高めることが出来るけれども、美容院は手作業なので労働生産性が高まらない、という事です。経済の中心が洋服屋である間は労働生産性が大きく向上するので高い成長が可能ですが、経済の中心が美容院に移ると経済全体としての労働生産性が向上しなくなり、潜在成長率が低下してくるわけです。
潜在成長率は少子高齢化でも低下する
少子高齢化も、潜在成長率を押し下げます。理由の一つは簡単で、大勢が定年退職する一方で少人数が新たに就職することによって、現役世代の労働者が減ってくるからです。そうなると、労働生産性が突然向上しはじめない限り、潜在成長率は低下するわけです。
理由がもう一つあります。若者は物を欲しがりますが、高齢者は介護や医療のサービスを必要とします。自動車産業や洋服産業は労働生産性の向上が可能ですが、医療や介護は労働生産性の向上が難しいので、経済の中心が医療や介護に移っていくと、経済全体としての労働生産性が上がりにくくなってしまうのです。
経済が成長すると栄養状態が良くなり、薬も買えるようになるので、高齢化は進むでしょう。経済が豊かになると少子化が進む、というのも世界の人口増加率を見ていると何となく納得ですね。つまり、経済が成長すると少子高齢化が進み、潜在成長率が低下する力が働く、というわけですね。
潜在成長率は長期不況でも低下する
これは日本に特有の事情なのかも知れませんが、長期不況でも潜在成長率は低下します。好況期に労働力不足となれば、飲食店は争って自動食器洗い機を導入するでしょうから、飲食店の労働生産性は向上し、経済全体の潜在成長率も高くなるでしょう。
しかし、不況期には失業者が大勢いて、皿洗いのアルバイトが安く雇えるので、自動食器洗い機を導入する飲食店はありません。そうなると、飲食店の労働生産性は向上せず、経済全体としての潜在成長率も高まりません。
バブル崩壊後の長期低迷期、日本は長期にわたり不況が続いていたので、労働生産性の向上があまり無く、低い潜在成長率が続いていました。もっとも、需要が伸びない時に潜在成長率が高いと失業者が増えてしまうので、むしろ潜在成長率が低くて良かった、と考えるべきなのかも知れませんが。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。
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