大学の常識は世間の非常識?論文の数と質が評価を決める組織
LIMO / 2022年5月28日 7時20分
大学の常識は世間の非常識?論文の数と質が評価を決める組織
元大学教授が語る
大学の常識は世間の常識と大きく異なっています。優劣の問題ではなく、とにかく違うのです(経済評論家、元大学教授 塚崎公義)。
大学は組織の目的が不明確
大学の常識と世間の常識には、大きな乖離があります。まず、組織の目的が不明確なことです。私企業であれば利潤の追求という目的が明確であり、そのために何をすべきかを考えれば良いわけですが、大学は存在目的がそもそも不明確なのです。
大学教授の仕事は研究と教育と学内行政(会社員的な仕事)です。学内行政は入試業務や卒業判定等々、大学の組織を維持していくためのものですから、本稿では省略します。
大学教授が研究している内容を講義しているわけではないので、学生からの授業料は教育に、税金は研究に使われていると考えられます。そうだとして、研究結果が税金の使い道として相応しいと言えるのでしょうか。
研究は、真理を探究するものですが、それが「役にたつか否か」はあまり重要視されていないようです。そもそも「役に立つ」というのが日本経済の発展に資する、という事でもないようです。そうした事を考えると、税金の投入先を決めるに際し、大学の予算は他の予算項目と大きな違いがあるようです。
教育はどうでしょうか。経済学等を学ぶために大学に来ている学生よりも大学卒の資格を得るために来ている学生が圧倒的でしょうし、保護者もそうでしょう。では、教授は何のために教育をしているのでしょうか。
「日本経済に貢献できる人材を育ててくれ」といった話は雇い主である大学からは聞いた覚えがありませんが。
論文の数と質が人間の価値を決める
大学教授の価値観は、一言で言えば「論文の数と質が人間の価値を決める」というものでしょう。
ちなみに論文の質は、どの雑誌に掲載されたかで決まります。「査読」という審査に合格した論文だけを掲載する雑誌に載ることが良いことで、審査が厳しければ厳しいほど掲載された論文が優れていると評価されるわけです。
論文というのは、何かを証明できた事を示すものです。景気予測のように「長年の経験と勘に基づけば」といった文章は論文とは呼ばれません。
したがって、景気予測等に注力している筆者は、大学教授の間では「論文をほとんど書いた事がない、価値の低い人間」なのです。景気予測は経験と勘がものをいう仕事ですから。
まあ、「塚崎先生は、論文は少ないけれども、教育と学内行政をしっかりやってくれているから」と慰めてくれる同僚は少なからずいましたが(笑)。
論文は、内容が優れているだけではダメで、決められた作法に基づいて書かれる必要があります。論文の作法は茶道のようなもので、茶会に招かれたときに、美味しいと思いながらお茶を飲むだけではダメであるのと同様に、論文執筆の作法が厳しく定められているのです。
筆者が最初に論文を書いたのは、銀行在籍中でしたので、銀行員の書くような文章を書きました。
それを査読付きの論文集に投稿したところ、「内容的には興味深いが、そもそも論文としての基本的な文体を学び、最低限○○と○○等の先行論文を読んでから、再度投稿されたい」との返事がありました。
一例を示せば、注と参考文献が極めて重要です。このテーマに関する先人の研究論文は一通り読んだという事を示した上で、どの部分をどの論文から引用したかを事細かに示す必要があるのです。「こんなに頑張っているのです」とアピールする事が大事なのかも知れませんね(笑)。
証明できない事は信じない
ガリレオが「それでも地球は回っている」と言って科学を進歩させたわけですから、常識を信じてはいけない、という事も理屈ではわかります。しかし、筆者にはどうしても納得が行かない事も多いのです。一例として、バブル期の銀行行動についての認識を示しておきます。
「バブル期に銀行が無謀な不動産融資を行なったのは、仮に銀行が倒産しそうになっても政府が助けてくれる、という安心感があったからだ」というのが研究者の間では共通の理解になっているようなのです。
理論的には、そうした可能性も十分あり得ますが、それは事実と異なります。当時銀行員だった筆者は「当時の銀行員は、銀行が倒産する可能性など全く想像していなかった」事を知っているからです。
しかし、「当時の銀行員である私が言うのだから間違いない」などと何度主張しても、「証拠が無い」で片付けられてしまいます。バブル当時の銀行と言えば、世界の株式市場の時価総額ランキングで上位に名を連ねていたわけですから、銀行のみならず、世間では銀行が倒産する可能性など心配していなかったと筆者は確信しているのですが、まさに「大学の常識は、世間の非常識」という事なのでしょうね(笑)。
本稿は、以上です。なお、本稿は近日発売予定の拙著『大学の常識は、世間の非常識』の内容の一部をご紹介したものであり、内容はすべて筆者の個人的な見解です。筆者が大学で感じた違和感が綴ってありますが、「違いの説明」であって、批判ではありません。
筆者は、銀行員として24年間働いたあと、大学教員として17年間働きましたから、両方を見ています。
大学が世間とは違う、という事を知るためには両方を経験する必要があるため、こうした内容の文章が書ける人は限られていると考えて、本稿を記すこととしたものです。
海外旅行をした人が感じた違和感を記すことで、海外を知らない人も海外について知ることが出来ますから、それは世の中の役に立つ試みだと思います。しかし、違和感を記すことは批判する事ではないので、注意が必要です。日本人から見ると違和感を感じる、というだけの事ですから。
本稿も同様に、違和感を記しましたが、大学と世間の優劣を論じるものでも大学を批判するものでもありません。
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