終末期医療と胃ろうの問題。本人・家族が知っておくべきべき3つのこと
LIMO / 2018年5月10日 17時0分
終末期医療と胃ろうの問題。本人・家族が知っておくべきべき3つのこと
みなさんは「胃ろう」という言葉を聞いたことがありますか? 胃ろうとは、ざっくり言うと口から食べることが困難になった場合、直接胃から栄養を摂取するための医療措置のことです。今回はこの胃ろうについて、次の相談をもとに医師としての私なりの考え方を述べたいと思います。
90歳で認知症の父が肺炎で入院しています。病院の主治医からはこう言われました。
もう何回も肺炎を繰り返している。
飲み込む力が弱ってきたために、食べ物が食道・胃でなく、肺の方に入ってしまっている。
このままだと口から食べ続けるのは危険かもしれない。
いずれ「胃ろう」という可能性も十分にあるので、ご家族で話し合っておいてください。
話し合っておいてと言われてもどうすればいいのかわからず、とても悩んでいます。
終末期医療の世界には正解がない?
手術したり、点滴したりという一般的な医療の世界では、いわゆる「標準的(理想的)な術式、投薬法」などガイドライン的な「正解」があります。しかし、終末期医療の世界には「これが正解」と言える一定の道筋があるようで、実はあまりない、というのが現実です。
たとえば、超高齢で老衰としか言えないような状態の時、また、認知症の末期でもう寝たきりというような時は、医師が得意とする「治療」で解決できる問題ではなくなっています。言い換えれば、もう「延命処置」しかすることがありません。
すでに治療に反応しない段階になりつつある患者さんの人生の終わりにどう向き合っていくか…。多くの管につながれて意識もなく延命されることが果たしてご本人の人生の終末としてふさわしいものなのか…。そんなデリケートな部分は医学的な正解とはまた別の話になってきます。
実はこうした部分は、治療の専門家である多くの医師にとって得意な分野ではないのかもしれませんし、医師も迷いの中にあるのかもしれません。そのあたりのことが見て取れるのが、東京大学の会田薫子特任教授による研究データです。
これは日本老年医学会の医師を対象とした調査ですが、その中に、認知症末期のシナリオとして「認知症が進行して食べられなくなった患者さん(現在は点滴で栄養補給中だが、点滴だけでは十分な栄養は摂れない)にどの治療法を勧めますか?」という問いがあります。
これに対して789人の医師から得た回答の結果は、以下のようになっています。
末梢点滴継続、自然の経過へ:51%
胃瘻(ろう):21%
経鼻経管:13%
すべて差し控えて自然の経過へ:10%
無回答:5%
出典:日本老年医学会シンポジウム 2011 食べられなくなったらどうしますか? 認知症のターミナルケアを考える〜医師対象調査報告〜(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/josei/pdf/doctor_chousa.pdf)
ここで最も多い点滴というご意見にしても、点滴だけできちんと栄養が摂れるものではないわけですから、「これがベスト!」と言うよりは、むしろ「何もしないよりは今の点滴を続けていたほうがいいかな」くらいのご意見ではないかと思います。
一方、「あなた自身がその患者さんだったらどうしますか?」という問いに対する医師789人の回答結果は次の通りです。
末梢点滴だけ:31%
すべて差し控えて自然の経過へ:21%
死んでもよいから経口摂取継続:19%
胃瘻(ろう):13%
経鼻経管:2%
無回答:7%
出典:同上(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/josei/pdf/doctor_chousa.pdf)
このように、「すべて差し控えて自然の経過へ(何もしない)」が一気に倍になり、「死んでもいいから口から食べたい」も2割近くあります。正解のない終末期医療の世界で医師もとまどっていることのあらわれかもしれません。
また、内閣府が出した「医療の見える化」のデータによると、胃ろうの件数にはかなり地域差が強くあることが分かってきています。
たとえば、都道府県別・入院患者に対する胃ろうからの栄養注入件数(高齢化率など平準化済)によると、最も多い沖縄県と最も少ない埼玉県では7倍近い差があるという結果になっています。これだけの差があるということもまた、正解がない世界でみんな戸惑っていることを示唆しているのではないでしょうか。
出典:胃瘻・療養病床・在宅医療・人工透析…医療提供状況の地域差(都道府県別、二次医療圏別、市区町村別)~評価・分析WG(4月) 藤森委員提出資料より~(平成29年4月28日 内閣府)(http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/committee/290428/sankou1.pdf)
胃ろうを勧める・勧めない医療側の事情
では、あまり語られることのない、胃ろうに対する「医療職の思い」はどのようなものでしょうか。
実は、医療職が胃ろうの話をする時、その背景には純粋な医学的判断と同時に、医療・介護サイドの都合がある場合もあります。というのは、胃ろうが作られている患者さんの介護は、そうでない患者さんの介護に比して労力がかからない場合が多く、胃ろうがあることが介護施設入所の条件になるケースもあるからです。
介護面からは、口から食べる患者さんはスプーンでひと口ずつ介助が必要だったりしますが、胃ろうがあれば、栄養の入った液体をベッドサイドにぶら下げて管をつなぐだけでいい。また、医師としても口から食べる人には誤嚥性肺炎などを気遣いますが、胃ろうがあって管から栄養が入っていれば、そうした心配をあまりしなくて済むのです。
このように、胃ろうは医師でさえ正解を模索している本当に難しい問題ですが、それ以外の終末期の選択肢には何があるかというと、次のようなものがあります。
胃ろう
経鼻経管栄養(鼻から胃まで管を通す)
普通の点滴
中心静脈栄養(特別な太い点滴)
何もしない
死んでもいいから口から食べるなど
ただ、おそらくどの選択肢にもいい面・悪い面が混在していて、これで100点満点!という選択肢はない、と言えるでしょう。でも、これでは最初に掲げた相談への答えにならないではないか、と思われるかもしれません。確かに「正解」を示すことはできませんが、考え方の「道筋」は示せるかもしれないというのが私の考えです。
ご本人の本当の思いは?
実は、ここまでの話で、その思いや迷いを語られていなかった方がいます。それは患者さんご本人です。
医療側の考え方や介護側の都合などの話をしていると、ついつい忘れてしまうのが患者さんご本人の思いです。医療や介護などの多職種会議などでも、専門的な話になりすぎたり、各職種の「都合」の話にばかりなり、「ご本人がその問題についてどう思っているのか」はついつい置きざりにされがちです。
ご本人の思いが大前提で話は進められるべきだとはいえ、認知症が進んで自分の意思を話せない場合も多いのでは? という疑問もあるでしょう。ただ、2016年の日本老年歯科医学会の全国大会で行われた報告の中には、絶食・胃ろうの人の中にも本当は食べられる人も少なくないというデータもあります。
これは鹿児島県の訪問歯科の先生たちの取り組みで、歯科医師や歯科衛生士のチームが、患者さん一人一人に対して「どれくらい食べられるのか」、「どれくらい飲み込む力が残っているのか」を、嚥下内視鏡という検査で評価して、さらに食べる・飲み込む練習・リハビリ(食支援)をするというもの。
これを在宅でも、介護施設・病院でも、どこにでも出張していろいろな場所でやるという取り組みを445人の患者さんに行った結果、医師から「食べられない」とされていた患者さんの8割は少しでも食べられるようになった。また、胃ろうなどの管で栄養を送られていた人のうち1割は,、全ての栄養を口から食べられるようになったという報告です(『胃ろう・絶食の人も実は8割食べられた!【衝撃の学会報告】』(http://www.mnhrl-blog.com/entry/2017/02/22/205446))。
そういう意味では、自分の意思を伝えられないと思われている患者さんたちも、我々が勝手にレッテルを貼っているだけかも知れません。
たとえば、重度の認知症の方でも、もしかしたら時間帯によっては頭がはっきりすることがあるかもしれませんし、施設ではボーッとしていても、外泊でご自宅に帰ったらシャッキリすることがあるかもしれません。そういう時にさりげなく本心を聞いてみてもいいかもしれません。
もちろん、認知症が進行して、ご本人の思いが全く聞けない状態ということもあるでしょう。ただ、たとえ「今」はそうだとしても、そうしたお爺ちゃん・お婆ちゃんも、「かつて」は社会で活躍された尊敬すべき先輩たちです。何も思いがなかったわけはないはずです。かつて元気だった時、延命治療や胃ろうについてどう思っておられたのか、彼らの輝ける時代をともに過ごされたご家族ならば、そこに思いを馳せることもできるのではないでしょうか。
私の患者さんで、本当に真摯に耳を傾ける努力をしたところ「ハラの胃ろうのパイプをひっこぬいてください」と筆談で訴えられた方までおられました(『胃ろうをひっこぬいてくれ」と訴える患者さんの話』(http://www.mnhrl-blog.com/entry/2017/01/17/095942))。つまり、まずご本人の思いがあって、それをどうやって叶えられるか、そのために医療・介護は何ができるのか、何をしてもらえるのか。そんなふうにみんなで悩むことも大事なのではないかと思います。
いろいろな病院だったり、医療・介護のいろいろな職種の人たちの話を聞けば聞くほど、どんどん専門職の理論に引きこまれていって、いつの間にかいちばん大事な「ご本人の思い」が遠く彼方に行ってしまうことがよくあります。そんな時、もう一度、お爺ちゃん・お婆ちゃんの若い頃を思い出しながら、ご家族みんなで「ご本人の思い」を語り合ってみてはどうでしょうか。
まとめ
今回のポイントをまとめると以下のようになります。
終末期医療の世界に正解はない
胃ろうを勧める・勧めない医療側の事情もある
ご本人の本当の思いは何か。それを叶えるためには何が必要か。家族も医療・介護関係者もみんなで悩みましょう!
「人間の死亡率は100%」、誰にも必ず人生の終わりが訪れます。ご高齢の方だけでなく、ご家族も、医療・介護の専門職も、みんなで悩みながら考えていきたい問題だと考えています。
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