弱者保護が弱者を苦しめるメカニズムはセクハラにも働くか
LIMO / 2018年5月16日 21時20分
弱者保護が弱者を苦しめるメカニズムはセクハラにも働くか
弱者を保護しようという優しい気持ちで作った法律が、かえって弱者を苦しめる結果になる場合も多い、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
神の見えざる手を邪魔してはいけない
「経済のことは、神の見えざる手が上手に調整してくださるから、王様は経済のことに手出ししないでください」と言ったのは、経済学を作ったアダム・スミスでした。これは、基本的に現在でも経済学の最も基本的な考え方であり続けています。
ある村で、イモが200円で売られていました。心優しい王様が、「貧乏人でもイモが買えるように、イモは100円で売れ」という法律を作ったとします。一部の農家は「市場までイモを運んでも、100円でしか売れないなら、面倒だから、イモは豚のエサにしてしまえ」と考えるでしょう。その結果、人間が食べるイモの量が減ってしまいます。
それだけではありません。以前は「空腹だから200円払ってもイモが食べたい」という人は全員イモを食べられていましたが、今では「あまり空腹ではないが、100円なら食べようかな」という人がイモを食べ、とても空腹な人がイモが買えずに苦しんでいる、ということも起きてしまいます。
弱者保護が弱者を困らせる
上記のイモの例では、困ったのは保護しようとした弱者とは限りませんでしたが、保護しようと思った弱者だけが困る、という例も多いのです。
2013年4月に施行された改正労働契約法は、契約期間が5年以上継続した場合、有期雇用労働者が希望すれば無期契約に転換できると定めています。これは、「無期契約を希望しながら有期契約しか締結してもらえなかった弱者」を保護する目的で作られた法律です。
しかし、2018年3月までに、多くの有期雇用労働者が「雇い止め」に遭ったとして、マスコミなどでも問題となりました。弱者を保護するはずの法律が、弱者を苦しめる結果となったわけです。
似たような例は、随所で見られます。「女性は弱者だから深夜労働を禁止しよう」という法律ができると、「それなら我が社は男性しか雇わない」という会社が増えて、女性の失業者が増えてしまうかもしれません。あるいは「自分は体力に自信があるから、男性同期よりも遅くまで働いて出世したい」と希望する女性が出世する機会を奪ってしまうかもしれません。
借家人がかわいそうだから、「大家は借家人を追い出してはダメ」という法律を作ると、「それならアパート建設をやめよう」と考える会社が増えて、アパートが不足して入居希望者が入居できなかったり、アパートの家賃が高騰して貧しい人は入居できなくなったりするかも知れません。
「労働者はかわいそうだから、会社は社員をクビにしてはダメ」という法律を作ると、会社は社員を雇うのをやめて、アルバイトやパートなどの非正規労働者ばかり雇うようになるかもしれません。これは現に今の日本で起きていることで、その結果として正社員になれずに非正規労働者として働いている「被害者」をさらに苦しめているのが上記の改正労働契約法だ、というわけです。
弱者保護が弱者全体の利益になるか否かはケースバイケース
上記からは、「アダム・スミスに従って、弱者保護はやめよう」と言えそうですが、そうでもありません。ケースバイケースなのです。「労働者の時給は1000円以上とせよ」という最低賃金法について考えてみましょう。
ケース1では、「1000円なら5人雇いたいが、900円なら6人雇いたい」という企業があり、「1000円なら働きたい人が7人、900円なら働きたい人が6人」いるとします。最低賃金法がないと、900円で6人が働き、給与総額は5400円です。最低賃金法ができると1000円で5人が働き、給与総額は5000円です。これなら、最低賃金法は有害ですね。
ケース2では、「1000円なら5人雇いたいが、300円なら6人雇いたい」という企業があり、「1000円なら働きたい人が7人、300円なら働きたい人が6人」いるとします。最低賃金法がないと、300円で6人が働き、給与総額は1800円です。最低賃金法ができると1000円で5人が働き、給与総額は5000円です。これなら、最低賃金法は有益ですね。
あとは、「300円でも働きたいのに失業している1人」を救う方策を考えれば良いのです。5人の労働者から200円ずつ税金をとり、1000円を失業手当として払うか時給1000円で公共投資に雇うか、といったところでしょう。
セクハラへのバッシングによる効果も両面あり
セクハラへのバッシングが強まることは、セクハラを受ける弱者が減るというプラスの効果が見込まれるわけですが、一方でセクハラの被害者になるかもしれない人々を別の面で苦しめかねないのです。
たとえば、「取引先からの1対1の接待は、相手が男性の場合に限る」と決める男性がいても、責められません。彼自身が自分の身を守るために「李下に冠を正さず」を実行しているだけだからです。しかし、そのことが取引先の女性営業パーソンのビジネスに悪影響を与える可能性は当然あるわけです。
「相手の性別に関係なく、1対1での接待は受けるべきではない」という意見もあり得るでしょうが、接待を受ける男性の中には、その意見を受け入れない人も少なくないでしょう。
もしも、圧倒的多数の男性が「男性の接待だけを受ける」ことになるとすれば、営業成績を稼ぎたい女性営業パーソンたちの苦しみは大きなものともなりかねません。
もちろん、「だからセクハラをバッシングするな」などと言うつもりは毛頭ありません。ただ、世の中って難しい、という一例として色々考えてみましょう、ということです。
正しいことが良い結果をもたらすとは限らない
余談ですが、ある大学でキャンパス内を完全禁煙にしたところ、喫煙者が正門のすぐ外で喫煙するようになり、通勤通学の教職員や学生の受動喫煙が悪化した、ということがあったそうです。
キャンパス内を禁煙にしようと運動した人々は、純粋に正しいことを実行しようと考えて頑張ったのでしょうが、正しいことが良い結果をもたらさなかったわけです。世の中って、難しいですね。
なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。
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