ある知的障害者が家族に遺していった、かけがえのない「生産性」
LIMO / 2018年10月11日 10時15分
ある知的障害者が家族に遺していった、かけがえのない「生産性」
70年間1度も社会に出ることはなかったが…
今年ほど「生産性」という言葉に注目の集まった年はこれまでなかったかもしれません。
生産性の定義は意外と複雑ですが、人(労働者)の視点から見た生産性をざっくり言うと、労働者1人あたりや、労働時間1時間あたりにどれだけの量を生産したか、どれだけの付加価値を産出したか、ということになります(参照:日本生産性本部「生産性とは(https://www.jpc-net.jp/movement/productivity.html)」)。
国家は国民の上に君臨しているわけではないので、労働力として使うことのできない人、子どもを産まない人を「生産性がない人」とラベリングすることはできません。にも関わらず、国政に携わる政治家が性的少数者を「生産性がない」とひと括りにしてしまったことが、この言葉に注目が集まるきっかけとなりました。
人を「生産性があるか、ないか」という視点で分類することが危険だというのは、多くの人が直感で悟っていることだと思います。それはかつて日本でも優生思想といわれるものが取り入れられ、国家による人口の質と量の管理思想として機能した歴史があるからかもしれません。
このような思想はおそらく今後も消えることはなく、いつも人間社会の根底にドロドロと流れ、何かの勢いで爆発的に広がる可能性を含んでいます。その標的となりやすいのが性的マイノリティだけでなく、精神障害者や知的障害者、身体障害者や重い病気と闘っている人たちなどです。
70年間1度も社会に出ることなかった「ある障害者」の話
筆者が高校卒業まで18年間一緒に暮らした大叔父は、乳幼児期の病気の後遺症で重度の知的障害者となりました。知能は4~5歳くらいで止まったままで、言葉を一切発することなく、2004年に「とても長生き」と言われた約70年の生涯を終えました。彼の生まれた1930年代は障害者福祉が整っていなかったので、学校に行くことも、社会に出ることもありませんでした。
現代より戦前戦後のほうが、障害者の方々の教育や就職の選択肢ははるかに少なく、精神障害者の中には戦後の隔離収容政策によって病院に入院させられる人もいたといいます。
しかし、筆者の実家は大家族の農家だったので、彼をケアする大人は常に複数いて、簡単な農作業や五右衛門風呂を沸かすための薪割り、風呂の炊きつけの枯葉集めといった庭仕事でエネルギーを発散し感謝される場所があったことは、ある意味幸運なことでした。
冠婚葬祭を共にする近所の人たちは「大変だねぇ」と温かく見守り、家族もまた毎日起こる小さな事件を笑い飛ばす優しさと余裕を持っていました。大家族の嫁として大姑・姑・小姑に囲まれて大叔父のケアだけでなく農作業や育児に奮闘していた母は、なぜか大叔父のことを「神様のような優しい人」と筆者たちに言い聞かせていました。
もし、このバランスが1つでも崩れていたら…。たとえば、大叔父に他者を攻撃するような行動が見られたり、ケアが誰か1人に偏っていたり、エネルギーの発散場所がなかったり、近所の温かい見守りがなかったら、もう少し家庭の中はギスギスしていたかもしれません。
穏やかな大叔父でしたが、雨の日が続くとエネルギーを持て余し、部屋でこっそり布団をビリビリと破ることがありました。風呂には排泄物が浮いていることがありました。食べることが何より好きで、棚にしまってある菓子袋を空にしては曾祖母に叱られていました。
しかし、幼い筆者が「水を飲みたい」というと、いつもカサカサの手で水の入ったコップを持ってきてくれました。甘いお菓子をあげると「ウー」といって大喜びしました。無邪気でかわいい人でした。
子育てに生かされている「大叔父との時間」
時が経ち、今、筆者は3人の男の子を育て、彼らを怒ったり叱ったりしながらも最後には笑い飛ばしてそこそこ楽しく暮らしています。
育児の悩みは尽きませんし、将来も今のように仲良くいられる保証はどこにもありませんが、とりあえず今は毎日笑いながら暮らせているのは、大叔父や、大叔父をケアしていた家族の影響も少なからずあるように思います。
どんなに気持ちが落ち込んでも、日常の小さな幸せに癒やされることでまた心穏やかに戻る術は、何歳になってもおまんじゅうをもらって大喜びしていた大叔父から学んだのかもしれないと思う瞬間もあります。
「子どもを産むこと」「効率よく働いて税金をおさめること」が一部の人が言うところの「生産性」なのだとしたら、生涯、社会に出ることなく家で薪割りをしていた大叔父が時間を超えて筆者の家庭の「生産性」に与えている影響は大きいと思うのです。
本当の「生産性」とは?
今、家庭の「カプセル化」が進んでいるがゆえに、障害者を含むマイノリティの人たちやその家族と、そうでない人たちの生活は分断され、彼らがどんな暮らしをしているのか想像しづらくなっているように思います。
インターネットやテレビを通じ、一部の立場から見た断片的な情報を「なんとなく知っている」ことは、「なんでもわかっている」という勘違いを生み出し、それは無関心や、盲信や、差別へとつながっていくかもしれません。
やがて誰もが年をとり、ケアが必要になる人もいます。そして、健康な体はいつまでも続くわけではありません。誰かを排除したり断罪することで社会のなかで失われていくものは計り知れません。
一方で、様々な立場への想像力や共感力を広げること、「どんな立場になっても人の役に立つことができる」と信じられることの方が、一部の人たちが望む「生産性を高める」ことにもつながるように思うのです。
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