「米中貿易&ハイテク戦争」はどうなる? 〜「日米半導体摩擦」を振り返る
LIMO / 2018年10月15日 20時0分
「米中貿易&ハイテク戦争」はどうなる? 〜「日米半導体摩擦」を振り返る
米国の圧力に屈した日本、まだ本気ではない中国
本記事の3つのポイント
米中貿易戦争によって、半導体分野への影響も懸念され始めている。20年以上前にあった「日米半導体摩擦」では日本に対して100%という異次元の報復関税を課すなど、両国間の関係は戦後最大の緊張状態になった
これを契機に米国半導体が徐々に回復。インテルが世界トップに上り詰めたほか、韓国サムスンの台頭を招いた
現状で両国の半導体分野における競争力には大きな差があり、まだ半導体分野に直接的な影響は出ておらず、長い年月でその推移を見守る必要がある
2018年春に起きた「ZTEショック」、9月に拡大した「米中貿易戦争」により、米中両国はハイテク分野で競合して双方とも引くに引けない状況に発展した。20年前の「日米半導体摩擦」を振り返り、「米中貿易戦争が半導体業界に与える影響がいかなるものになるか?」について考察した。
世界トップに君臨する米国
1760年代に英国で石炭をエネルギー源とする産業革命が起き、1900年にはこれが石油や電力による第2次産業革命に発展した。豊富な石油資源を持っていた米国はこのアドバンテージを活かし、英国を追い抜いて世界一の工業国に躍進した。しかし、当時の米国は工業インフラの建設に必要な多額の資金を英仏から借金していたので、1位になっても欧州の主要国には頭が上がらなかった。それが、第一次世界大戦(1914年)の軍需景気で借金を返し、その後は第二次世界大戦(1945年終了)で疲弊した欧州や東西冷戦の宿敵のソ連を引き離し、ずっと世界トップの座に君臨し続けている。
1980年代には日本が高度経済成長とオイルショックを乗り越えて世界2位に台頭してきたが、米国は「プラザ合意」や「日米半導体協定」などで日本の成長の芽を摘み、90年代には日本をバブル崩壊に追いやった。
米国はライバルなき90年代、パソコンのOS「Windows」のマイクロソフトとCPUのインテルによるウィンテル連合が半導体とパソコン市場で世界を席巻。米国は2000年代にIT革命で先行し、再び王者に返り咲いた。
米国は「中国製造2025」を警戒対象に
中国は2000年以降に高度経済成長を始め、08年に北京五輪、10年に上海万博を開催。09年には世界2位の経済大国に躍進した。ただし、中国の製造業は急成長したが、中国の半導体企業は世界のトップ10にまだ1社も入ることができていない。中国政府はハイテク製造強国を目指す国家政策「中国製造2025」を発表し、先端半導体の国産化指令を打ち出した。
先端半導体の開発では中国は遅れているが、ネット大手(バイドゥ、アリババ、テンセント)によるデジタルエコノミーへの移行では米国に追いつくことに成功した。巨大市場を持つ中国は同分野で米国企業の中国進出を規制しているので、米国勢はこの分野では中国企業の成長を抑え込めないでいる。さらにAI(人工知能)や自動車の自動運転、顔認識による監視カメラシステムなどの分野でも中国は独自の進化を始め、米国は中国を警戒するようになった。
米国政府は18年、中国のスマートフォンメーカーのZTEに対して電子部品の販売を禁じる制裁命令を出し、出る杭を叩く具体的な行動に打って出た。9月には対中貿易赤字額の半分(約2500億ドル)相当まで課税制裁を拡大。米中両国は貿易とハイテク分野で激しく衝突するようになった。
国家主導で半導体企業を支援
米国の半導体協会(SIA)が発表した文書にこんな一節がある。「●●製品の世界市場におけるシェアの増大によって、米国企業は大きな影響を受けているが、これは●●製品によるターゲット政策による結果である」。●●に入るのは国名だ。
この文章だとそれほどインパクトを感じないが、米国のある大手エレクトロニクス企業が発表した次の文章を読むと、米国の警戒感をダイレクトに感じとることができる。「●●は20年以上も特定産業において世界市場を席巻することを目的とした中央集権的な政策の策定、資金供与、市場コントロールを行ってきた」――。かなり具体的に批判しているのが分かるだろう。
この国家主導による産業政策や特定企業への資金供与、政府による市場介入によって急速に工業力を高めてきた国がどこかと問われれば、今の世の中ならば、たいていの人が「中国」と答えるだろう。しかし、この文書は1983年に発表されたものだ。米国が名指しで批判した相手国とは「日本」のこと。この年に日米の両国間で「半導体摩擦」が勃発した。
この当時、半導体市場を牽引していたアプリケーションは、パソコンやワープロなどのOA機器(16K、64KのDRAMを搭載)やビデオデッキ(映像処理のIC)、CDプレーヤー(オーディオ用IC)などだった。日本の大手半導体メーカー30社の売上高はなんと2兆円に迫り、NECは前年比31%増、東芝は40%増、富士通は49%増、日立は54%増、三菱電機は58%増と破竹の勢いで米国の半導体企業を打ち負かしていった。
1983年に日米半導体摩擦
米国半導体協会は1983年、米国に追いつけ追い越せと目覚ましい発展を続けていた日本の半導体産業に対して批判を始めた。その翌年、日本の通産省と米国の通商代表部および商務省は、半導体の通商問題について話し合う作業部会を設置した。84年にはロス五輪が開催され、柔道の無差別級で山下泰裕が脚を痛めながら金メダルを獲得した。オリンピックイヤー効果でテレビやビデオの販売が拡大し、爆発的なブームとなったパソコンも半導体需要を牽引し、世界の半導体マーケットは前年比約50%増の260億ドル規模の市場に拡大した。当然、世界中でバカ売れしている日本の半導体を横目で見ていた米国はさらに怒りを沸騰させていった。
しかし、85年は五輪開催後の反動で半導体市場は大不況に転落した。市況の急変は劣勢だった米国の半導体メーカーに大きな痛手を与え、日米の半導体摩擦は過熱の一途をたどった。テキサス・インスツルメンツ(TI)は同年に大量解雇を行い、インテルやナショナルセミコンダクター(NS)、モトローラも操業時間を短縮せざるを得ない厳しい事態に追い込まれた。米国の日本に対する敵対心はさらに膨れ上がった。
マイクロンは85年、日本の半導体メーカー7社が不当にDRAM(当時は64K)を安売りしているとしてダンピング訴訟を起こして日本企業を攻撃した。AMDやNSもダンピング提訴を起こし、ついにはレーガン大統領が直々に米商務部に日本のダンピング問題について調査するよう命令。そして、86年についに「日米半導体協定」が締結される事態に進展した。自由貿易に反して、米国が日本に米国製半導体の輸入促進をゴリ押しすることが許されるようになってしまった。
日米半導体協定により日米摩擦は解消されると期待されたが、米国は87年に第三国市場でのダンピングを理由にさらなる報復措置を発表。日米は戦後最大の緊張状態に突入した。レーガン大統領は日本が半導体協定に違反していたことによる損害賠償額として3億ドルを計上し、これに相当する日本製のパソコンやテレビ、電動工具に対して異例ともいえる100%の報復関税を発表した。また、米国防総省が富士通によるフェアチャイルドの買収を阻止するなど、日本企業に対する報復が続いた。
米国政府は日本に対して、米国の国家プロジェクトとして共同の半導体開発プロジェクトに参画するよう強制するなどして、半導体産業の立て直しを図った。ちなみに、米国でこの頃にICの設計開発と製造を分離する「ファブレス」の業態が誕生した。
逆境と戦うニッポン半導体
日本の半導体メーカーは販売面で米国から多大な圧力を受けるようになったが、逆にこれを試練として製造力を磨くことで対抗を続けた。汎用品となった1MBのDRAMでは世界市場の90%近くを獲得し、先端品の4MBのDRAMの製造でもランキング上位を席巻した。平成元年となった1989年には、日本の半導体大手30社の売上高は4兆円となり、半導体摩擦が起きる前と比べて7年で2倍に拡大。ニッポン半導体が世界市場の半分を獲得し、世界の頂点に立った。
86年に締結された日米半導体協定は91年に協定期限の5年目を迎えた。日本の半導体産業の弱体化に成功しなかった米国は、新たな日米半導体協定を締結して日本への圧力を継続した。新協定では、パソコンやテレビ、電動工具に対する100%の報復関税が解除されたものの、日本市場における外国半導体シェアを20%以上にするという具体的な数値目標が設定された。
この頃になると、米国の半導体メーカーは知的財産権による侵害を理由に日本企業を攻撃することが多くなった。89年に日本でTIのキルビー特許(キルビー博士が発明したICの基本特許)が30年ぶりに成立し、日本の半導体メーカーが後に支払ったこの特許料は総額数千億円にも達したといわれている。
米半導体業界の回復と対日制裁の終了
83年の日米半導体摩擦から10年弱が経過し、92年にはパソコン需要に牽引されたインテルが世界トップに躍り出るなど米国の半導体メーカーの回復が目立った。DRAMでは韓国サムスンが新たな日本の脅威となり、正面にはインテル、背後からはサムスンが襲いかかる構図が常態化したのもちょうどこの時期からだ。マイクロソフトは93年に「Windows3.1」、95年には「Windows95」を世に送り出し、米企業がエレクトロニクス業界の覇権を奪い返した。家電やオーディオ機器に強かった日本勢は徐々にかつての勢いを失っていった。
半導体の復権を果たした米国は94年、第2次日米半導体協定(91年に改定されたもの)の期限5年満了となる2年後に日米半導体協定の終了を決定。日米半導体摩擦は開始から13年後の96年についに終結した。
「日米」と「米中」のハイテク摩擦を比較
今から20年以上前の「日米半導体摩擦」を振り返ると、次のようなポイントに整理できるだろう。
過去の「日米半導体摩擦」と今回の「米中貿易&ハイテク戦争」を比較すると、根本的な違いがあることに気づく。それは、日本の半導体が米国を超えた時に「日米半導体摩擦」が起きたのに対し、「米中貿易&ハイテク戦争」が起きた現時点では中国の半導体技術力はまだ米国に並ぶほどではないという点だ。そのためか、現段階ではまだ米国は中国の半導体に対して直接的な規制をかけていない。「米国の先端半導体を中国企業に販売しないことで、中国のハイテク製造の手足を奪うことができるんだぞ」と脅しているだけともいえる。その脅し方も、中国の半導体業界全体に対してではなく、特定の企業だけをピンポイントで対象とするだけで、まだ限定的だ。
世界の工場となった中国は電子機器の輸出で稼いでいるが、実際は電子機器に搭載される半導体を中国に買わせることで米国はもっと儲けている。しかし、中国政府は半導体の国産化率を将来70%に高めるという目標を掲げている。中国の半導体国産化の動きがもっと進むと、米国は中国に対して直接的な報復措置を出してくるだろう。
「米中貿易戦争が起きたことにより、中国が半導体産業への注力を加速する」という見方が中国国内でも、海外でもよく聞かれるようになった。しかし、現地で中国の半導体業界を取材している者の目から見て、中国がかつての日本のように逆境を跳ね返そうと躍起になっているとはまだ思えない。
もちろん、国産メモリー工場が試作を始めたり、台湾人や韓国人の技術者をヘッドハンティングしてきたりして、すでに具体的な動きが表面化している。しかし、高速鉄道や航空機の国産化を進めてきたプロジェクトと比べると、まだ完全に本気モードには入っていないように感じる。私はまだ序の口という見方をしていて、将来的に米国が中国の半導体業界へ直接的な圧力をかけた時に、今とは比べられない勢いで追撃が始まると考えている。大化けするのは22年ごろだと予測している。
「日米半導体摩擦」では、敗戦国の日本は米国との外交や通商政策など総合的な判断から米国の圧力に屈したのだろうが、中国は「米中貿易戦争」でも徹底抗戦の構えを貫いている。早々に米国の圧力に屈した日米の争いは「摩擦」と呼んで「戦争」とは言わなかった。今回の米中間が明確に「戦争」と表現されているのはこのためだろう。
また日米の時には、米国は日本の「半導体」をターゲットに選んで日本に報復した。今回は米中双方とも広範囲の製品に関税を課す報復合戦を繰り広げており、「半導体」が特定のターゲットとして槍玉に挙がっているわけではない。なので、米中の半導体に関わる争いについては、まだ冷静に見ていられる状況にあると思う。
以前の日米摩擦と今回の米中貿易戦争は、同じような現象として漠然と捉えている人が多いが、実際にはだいぶ異なっていることが分かってもらえただろうか。しかし、過去の歴史から学べるところがないわけではない。世界の経済大国のトップを争う国同士はいつか衝突し、経済的な争いに発展する。そして、和解し合うまでには10年を超える年月を必要とするということだ。
電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善
まとめにかえて
今や半導体をはじめとするハイテク産業において、最大の懸念材料となってきた「米中貿易戦争」。直接的な規制はないものの、最終需要の冷え込みを懸念してか、半導体関連各社の一部では設備投資計画に二の足を踏むケースも出て来ており、影響が出ているように見えます。中国の半導体産業が今後、数年かけて世界トップに肩を並べるべく、競争力をつけてくることは間違いありません。その時に、米国をはじめとする「半導体先進国」がどのような措置を取ってくるのか、記事にもあるとおり、長い目で見る必要がありそうです。
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