第二段階を迎えて楽しみなアベノミクス景気、その質的変化とは?
LIMO / 2018年12月16日 20時40分
第二段階を迎えて楽しみなアベノミクス景気、その質的変化とは?
アベノミクスの6年を振り返ると、ようやく第二段階を迎え、これからが楽しみな段階に差し掛かっている、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は主張します。
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来年初に景気見通しの記事を寄稿する予定ですが、それに先立ち、アベノミクスの6年間を振り返り、景気の現状を認識しておきましょう。
不思議だったアベノミクス景気の第一段階
アベノミクスは、6年前に始まりましたが、その景気回復過程は実に不思議なものでした。3本の矢は金融政策と財政政策と成長戦略ですが、成長戦略は供給サイドを重視するもので、景気とは直接関係ないので、本稿では触れないこととします。
財政政策は、当初の景気回復には有効でしたが、間もなく建設労働者が不足して予算通りに公共工事が実施できなくなったため、景気回復効果は限定的なものにとどまりました。
そうなると消去法で、景気を回復させた主因は金融緩和だったことになりそうです。しかし、当初黒田総裁が予想していた「金融緩和で世の中に資金が出回り、物価が上昇して実質金利が下がる(買い急ぎが起きる)」ということにはなりませんでした。世の中に資金が出回らなかったからです。
世の中に資金が出回らなかったため、円安と株安も進まないはずでしたが、「偽薬効果」で円安と株高が進みました。結果としては、景気を押し上げたのは円安と株高による景況感の変化であったと思われます。
アベノミクスの景気回復が不思議であったことについて、詳しくは拙稿『アベノミクス5年の記念日に、不思議だった景気回復を振り返る(https://limo.media/articles/-/4857)』をご参照ください。
円安、株高でも輸出も設備投資も増えず
もっとも、円安でも輸出数量は増えませんでした。企業が海外現地生産を国産品の輸出に切り替えることはありませんでした。それは、企業が「今は円安だが、どうせ遠からず円高になるだろうから、生産ラインを組み替えるのは危険だ」と考えていたからでしょう。
企業収益は絶好調なのに、設備投資も増えませんでした。企業は「どうせ景気は遠からず悪化するのだろうから、設備投資は危険だ」と考えたのでしょう。「そもそも日本は人口が減少して経済が衰退するのだから、投資をするなら海外だ」と考えた企業も多かったようです。
企業収益は好調でしたが、賃金は上がりませんでした。非正規労働者の時給は労働力不足を反映して上昇しましたが、正社員は「釣った魚」なので、企業が賃上げをするインセンティブを持たなかったのです。このあたりの事情については拙稿『労働力不足なのに、サラリーマンの給料は上がらないのか(https://limo.media/articles/-/4029)』をご参照ください。
正社員が定年退職して定年後再雇用になったことで年収が大幅に下がり、労働者全体の賃金の平均を押し下げた面も大きかったと言えるでしょう。労働力不足によって高齢者や子育て中の主婦などが短時間労働を始めたことも、一人当たりの賃金を抑制したようです。
もっとも、こうした効果は「一人あたりの賃金は押し下げたが、労働者全体の賃金は押し上げた」わけですから、個人消費にはプラスに働いたと考えて良いでしょう。
個人消費にマイナスに働いたのは、社会保険料の値上げ、消費税の増税といった「実弾」に加え、「高齢化に対する老後の備えが必要だから、所得が増えた分は貯金しよう」という人が多かったことも影響しているようです。
このように、景気が回復する条件が整っていたにもかかわらず、それを阻害する条件も整っていたため、景気の回復は力強さを欠くものでした。それは、人々の「デフレマインド」です。
ちなみにデフレマインドという言葉は、物価下落を意味するデフレとはニュアンスを異にしています。バブル崩壊後の低迷期が長く、人々の景気回復期待等が何度も裏切られ続けたため、人々は「今は良くても、どうせ遠からず悪いことが起きるだろう」と考えるようになり、消費者も企業経営者も財布の紐を硬く閉ざしたままだった、ということを示す言葉です。
設備稼働率上昇と少子高齢化が景気回復に寄与
したがって、GDPの成長率は高くありませんでしたが、それでも景気は回復しました。設備稼働率上昇が企業収益を増加させ、少子高齢化が労働力不足を招いたからです。
不況期の企業は、設備も人も「遊んで」います。そうした時に少しでも売上と生産が増えると、収入は大きく増えますが、コストは材料費しか増えません。
分かりやすい例として、不況でガラガラだった駐車場を考えると、客が増えてもコストは増えないので、収入増がそっくり利益増に直結するわけです。したがって、経済成長率(日本企業の売上高の増加率に近い)が低くても、利益はしっかり増えている、というわけですね。
今ひとつ、日本企業が海外に積極的に投資して、海外子会社からの配当などが増えていることも、企業収益の好調につながっているようです。国内景気と関係なく儲かっている、というわけですね。
労働力需給の逼迫については、最大の要因は少子高齢化です。過去5年間(2012年から2017年まで)の業種別就業者数を見ると、医療・福祉の増え方が最も大きく、105万人増えています。これは、景気と無関係に増えるので、アベノミクス前の5年間も127万人増加していました。一方で、現役世代の人口が減り続けているわけですから、何もなければ労働力不足は深刻化していくはずなのです。
アベノミクス前の5年間は、リーマン・ショックの影響もあり、製造業の就業者が137万人も減少し、少子高齢化の効果を打ち消していたので失業問題が深刻だったわけですが、アベノミクスの5年間は製造業が減り止まり、わずかながらも増加しているので失業問題が一気に解決して労働力不足が表面化した、というわけですね。
アベノミクスの成果が長いタイムラグを経てギアアップの段階へ
アベノミクスの第一段階は、上記のように不思議な回復でしたが、最近になってようやく回復の第二段階にギアアップがなされているようです。回復の質的な変化が生じ始めているのです。
氷に熱を加えても、温度は上がりません。そこで、「氷に熱を加えても温度は永遠に上がらないのだ」と誤解する人も出てくるわけです。しかし、温度はある時点から突然上がり出します。氷が溶け終わった時点ですね。それに似たことが、アベノミクス開始6年を前に、次々と起きているのです。
不況期には労働者が余っていますから、企業は省力化投資をしません。飲食店は自動食器洗い機を買わないのです。客が増えてくると、飲食店は店内で「遊んでいる」社員を忙しく働かせ、それで足りなくなっても、安いアルバイトを好きなだけ雇って皿を洗わせることができますから。
労働力不足が深刻化しても、企業はしばらく省力化投資をしません。デフレマインドに染まりきっている経営者は「どうせ遠からず景気が悪化し、労働力不足は解消するだろうから、それまで忙しいのを我慢すれば良い。省力化投資は不要だ」と考えるからです。
それが、最近になって省力化投資が増えているのです。今年度の経済指標の中で、かなり目立つのが設備投資の好調です。ようやく設備投資に点火した、といったところでしょうか。
好景気の長期化によって経営者の「どうせ遠からず不況になる」というデフレマインドが緩んだこともあるでしょうし、「少子高齢化が続けば、景気が悪化しても労働力不足が続くかも知れない」と考える経営者も増えてきたのかもしれません。
賃金についても、非正規労働者の時給は相変わらず労働力需給の逼迫を反映して上昇を続けていますし、労働者を囲い込むために正社員に登用する動きも広がりつつあります。こうした動きが広がれば、遠からず値上げせざるを得ない企業も増えてきて、本格的なデフレ脱却も見えてくるかもしれません。
昨年、宅配便業界が概ね一斉に値上げをしたため、各社とも顧客を失わずに増益となりました。こうした動きが他の業界に広がるには、今少し時間がかかるかもしれませんが、いずれにしても時間の問題でしょう。
現在は、価格表示を変更するのではなく、サービス時間を短縮する動きが目立っていますが、これも実質的な値上げだと考えて良いでしょう。たとえば日本郵便が週末の配達をやめるということは、「急ぐ人は速達料金をお支払いください」ということになるわけですから。
輸出についても、これだけ円安が続くと「遠からず円高に戻ると思っていたが、もしかすると戻らないかもしれないから、海外現地生産を減らして日本からの輸出に振り替えようか」と考える企業も増えそうです。実際、輸出数量は少しずつですが、昨年あたりから増え始めています。
要するに、凍り付いていた人々の「デフレマインド」が好況の長期化によって少しずつ緩やかに融けつつある、ということがアベノミクス景気を第二段階にギアアップしている、というわけです。それは、素晴らしいことです。「景気は気から」ですから、人々の気分が少しでも明るい方に変化しつつあるのなら、来年の景気にはかなり期待して良さそうですね。
直近の経済指標は災害等の影響で弱いものも見られますし、米中貿易戦争(または冷戦)の影響を懸念して景気に関して暗い見通しも多く聞かれる昨今ですが、少なくとも国内景気の大きな流れは順調である、ということはしっかり認識しておきたいものです。
本稿は以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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