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エルサレムの火種は原油を動かす?

トウシル / 2017年12月13日 19時0分

エルサレムの火種は原油を動かす?

エルサレムの火種は原油を動かす?

 トランプ大統領はついに一線を越えました。12月6日、トランプ大統領はホワイトハウスで演説し、「エルサレムをイスラエルの首都と認める」と正式に表明しました。そして、国務省に、テルアビブにある米大使館をエルサレムに移す準備を始めるよう指示しました。エルサレムはイスラム教にとっても聖地であるため中東のアラブ諸国はこの表明に対して一斉に反発しました。

 株や為替市場ではこの演説を受けて、一時、株安・ドル安となりました。初期反応としては一時的な動きでしたが、中東問題の根幹を揺さぶるトランプ大統領の表明は、中長期的に大きな問題に発展する可能性があるため、この問題はよく理解しておく必要があります。

 これまでの米国の中東政策は、将来樹立されるパレスチナ国家とイスラエルの平和的共存を目指す「2国家共存」による和平合意の実現が基本方針でした。そしてトランプ大統領は演説で、「米国は引き続き、和平合意の実現を支援する。また、『2国家共存』を支持する」と述べ、米国の政策変更はないと説明しています。

 しかし、パレスチナは1967年の第3次中東戦争でイスラエルによって占領された東エルサレムを、将来の独立国家の首都と主張していることから、いくら政策変更がないと表明しても、エルサレムの帰属問題に対して、米国はイスラエル寄りの立場を表明したことになります。もはや米国は中立の立場で中東和平合意の仲介者とはなり得ないとアラブ諸国は猛反発しています。

 

エルサレム首都公認のもうひとつの背景

 米大使館のエルサレムへの移転話は急に出てきた話ではありません。1995年に米議会は大使館移転を求める法律を制定しています。しかし、歴代政権は和平交渉の影響を考慮してその執行を20年以上も延期してきました。この結果に対してトランプ大統領は、「歴代の大統領は認定を遅らせることが平和を促進すると信じたが、恒久和平にはまったく近づいていない」と指摘し、「新しいアプローチを始める」と説明しています。

 しかし、別の理由もあったようです。トランプ大統領は選挙公約で大使館移転を掲げましたが、実は、政権発足後の初めての大使館移転署名については先送りしています(署名期限6月1日)。この先送りについては、中東和平問題を担当するクシュナー大統領上級顧問(トランプ大統領の娘婿、ユダヤ教徒)が移転は時期尚早と忠告したようです。

 ところが、有力支援者であるユダヤ系大富豪のアデルソン氏が強い不満を示し、次回の署名期限(12月1日)には大使館移転をと強く迫ったようです。アデルソン氏は、大統領選で2000万ドル(約23億円)以上をトランプ陣営に寄付し、政権に強い影響力を持っているとのことです。対応に困った担当チームは、大使館移転は再度延期するが、エルサレムは首都に認定し、移転準備の開始を指示するという折衷案をトランプ大統領に示しました。トランプ大統領は数日間悩んだそうですが、今度はクシュナー氏が決断を後押ししたようです。クシュナー氏は、サウジアラビアやエジプトなどとは軍事支援の拡大などによって強固な関係になったとみて、中東の混乱は限定的だと判断したようです。

 しかしながら、トランプ大統領の演説以降、中東諸国ではイスラム教徒の激しい反発が噴き出し、抗議デモが中東全域に拡大しています。すでに数百人のパレスチナ人とイスラエル治安部隊とが衝突し、死傷者も出ています。はたして、混乱の影響は限定的で長期化しないのでしょうか。

 中東での親米国も、今回の演説に対しては一斉に反発しています。しかし、対米依存が増していることから(下表参照)、反米感情が一気に噴き出した国民の意思をどのようにくみ取りながら対応していくのでしょうか。板挟みにあった親米国は対応を誤ると政権を揺るがしかねない事態に陥る可能性があります。カタールの調査機関によると、アラブ約10カ国で実施した昨年の調査によると、米国を中東の「脅威」と感じる割合は8割を超えたとのことです。

 

中東諸国の対米依存 

 

 

中東の覇権争い

 つい先日までは、レバノンを巡ってサウジアラビアとイランとの代理戦争勃発かと騒がれていました。スンニ派の盟主サウジアラビアアラビアとシーア派の大国イランは中東の覇権争いで対立し、シリアやイエメン内戦で、それぞれ対立する勢力を支援し「代理戦争」を繰り広げてきました(下表参照)。この流れがレバノンに飛び火すれば、中東情勢は一段と不安定になりかねないと懸念されていたのが約1カ月前のことです。

サウジアラビアとイランの対立状況

 トランプ大統領の演説で、一気に中東問題の本質(イスラエルvsパレスチナ→ユダヤ人vsアラブ人、ユダヤ教vsイスラム教)に火が点きましたが、覇権争いの火種は消えたわけではありません。中東問題とは、イスラエルvsパレスチナ、サウジアラビアvsイランという二つの対立軸が絡み合った複雑な問題です。そして中東リスクは、民族対立、宗教対立、宗派対立という世界中の紛争の原因であるそれらの対立が中東では凝縮されているため、紛争が起こりやすいのが特徴です。そこに権益である原油をはじめとした資源が絡んでいることからさらに複雑になっています。

 今回のトランプ演説をきっかけにして、対イスラエルのアラブ包囲網が強まるのかどうか、抗議デモや反米テロが勢いづくのかどうか、中東諸国間の政治力学は変わるのかどうかその動向を注目しておく必要があります。まずは、12月13日にイスタンブールで開催される「OIC(イスラム協力機構)」に注目です。イスラム協力機構はイスラム世界の重要課題を議論する会合で、トランプ大統領のエルサレム首都公認の表明を受けて緊急に召集されました。

 また、忘れてならないのは、イスラム教徒人口は世界に16億人(世界人口の約23%)と言われており、その内アジア太平洋地域で10億人近くを占めているということです(中東は3.2億人)。反米行動がアジアに飛び火すれば混乱は一層大きくなることも予想されます。

 火種が大きくならなければいいのですが、火種が大きくなれば、日本の株価に影響する原油価格が上がる可能性があります。中東リスク発生→原油上昇→日本株下落→円高というシナリオが起こるのかどうか、あるいは、中東リスク発生→リスクオフの円買いと短絡的な動きになるのかどうか注目です。

 今後、中東で何か事変が起こったときに、そのときの株や為替市場の反応をチェックしておく必要があります。小さな事変でもそのチェックをすることは、事態が大きくなったときの準備として役に立ちます。
 

(ハッサク)

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