AIが導く金融市場の未来
トウシル / 2018年3月28日 10時0分
AIが導く金融市場の未来
テキストマイニング、ディープラーニング、人工市場……。ここまで3回にわたって、AIが金融市場でどう活用されているのかを見てきた。さらにこの先、AI技術が進化すると、どんなことが可能になるのだろうか。
今回は、東京大学大学院工学系研究科教授の和泉潔氏に来たるべき未来について話を聞いた。
聞き手:国府田昌史
個人がAIツールで株価を予測する時代に
──今後、AIがどう進化していくかは専門家の間でも意見が分かれます。「近いうちに人間の脳を超える」という見方もあれば、「そんなことは何百年かかっても無理」という見方もあります。そういう意味ではまだまだ不透明な部分もありそうですが、少なくとも金融業界ではAIの活用はさらに進むと考えてよいのでしょうか。
それは間違いないでしょう。ここ十数年の間にAIは著しい発展を遂げましたが、まだまだ進化の途上にあります。それもまだようやく歩き出したという段階ですから、今後の研究次第では──人間の脳を超えるかどうかは別にしても──飛躍的な発展が期待できます。
当然、金融市場でももっと活用されるようになるでしょう。
──具体的にはどのようなことが起こりうるのでしょうか。
一つ、確実なのは情報のコモディティ化が進むことです。例えばこれまでは投資コンサルタントなどから価値の高い情報を入手しようとしたら、それ相応の対価を払う必要がありました。だから、一部の富裕層しかそうしたサービスを受けることができませんでした。
しかし、今後はAIが専門家の仕事の一部を代替して、どんな人でも高品質なサービスを受けられるようになるでしょう。
──最近、資産状況や投資金額などのデータを入力すると機械がその人に適したポートフォリオを組んで運用してくれる「ロボアドバイザー」が人気を集めていますが、これもその一つといえそうですね。
そうですね。ただし、今のロボアドバイザーはAIを活用しているといっても、さほど高度な技術を使っているわけではありません。今後、機械学習、特にディープラーニングの技術が進化し、「こういう属性の人はこういう投資行動を取る」といったデータを大量に集積できるようになれば、さらに精度が高まるでしょう。
──個人が自分でAIを使って株価の動きを予測するといった時代も到来するのでしょうか。
すでに一部の個人投資家はそれに近いことを行っています。もちろん、自分でゼロからAIを開発しているわけではなく、グーグルやアマゾンなどが提供するAIツールを利用していると思われます。
最近は多くの企業がAI開発支援ソフトなどをオープンソース化しているので、それらを用いれば個人でもAIを利用できるんです。
──誰でも簡単に使えるのですか。
いえ、残念ながら誰でもというわけにはいきません。それ相応の知識と技術が必要になります。ただし、ゆくゆくはコンピュータプログラミングの経験がないような人でも扱えるAIツールが現れるでしょう。そうなれば裾野はどんどん広がるはずです。
──AIは答を導き出すだけで、その根拠は説明できないといわれます。つまり、その銘柄が上がるかどうかを尋ねるときちんと答えてくれるけれど、なぜそういう結論にたどり着いたのかはいっさい教えてもらえない。いってみれば機械に下駄を預けるしかないわけで、それが気に入らないという人もいるようですが……。
その点はたしかにAIのウィークポイントの一つです。ただ、これも近い将来、解決される可能性があります。
というのも、AIがアウトプットしたものを人間にわかるように説明する、人間向けに翻訳するという技術の研究が進んでいるからです。実は、その技術もAIの一つです。つまり、まずはAというAIを使って答えを導き出し、次にBというAIを使って根拠を探るわけです。
──それが実現したらなんら人間と変わらなくなりますね。高いお金を払って投資コンサルタントを使う必要もなくなる──。
投資コンサルタントの需要がなくなるかどうかはわかりませんが、とりあえず投資判断をAIに頼ろうという人は間違いなく増えるでしょう。
さまざまな種類のAIが誕生する
──個人が気軽にAIツールを使えるようになったり、AIが根拠を説明できるようになるのはどれくらい先のことなのでしょう。
そう遠い先のことではないと思いますよ。5年、10年先には実現しているのではないでしょうか。
──では、もっと先、例えば20年、30年後にはどのようなことができるようになると思われますか。
正直、それくらい先になるとなかなか予測が難しいんです。
──というと?
ここ十数年の間にAIが急速に進化を遂げたのは、機械学習、特にディープラーニングという新技術が誕生したからです。これによって画像と音声に関してかなり正確に認識できるようになり、その結果、実用性が高まりました。
──この連載でもディープラーニングを取り上げました。
ディープラーニングは、かなり画期的な技術です。一つユニークな例を紹介すると、昨年秋、マイクロソフトと野村證券金融経済研究所のメンバーが、日銀の黒田東彦総裁の記者会見の映像をディープラーニングを使って分析するという実験を行いました。
具体的には黒田総裁の表情と金融政策の変更の相関関係を探るというもので、黒田総裁が「怒り」や「嫌悪」の感情を見せたときには、数日内にマイナス金利政策導入などの重大な政策変更に踏み切るということが分析によって導き出されたのです。ディープラーニングが生まれ、こんなこともできるようになってきたわけです。
──面白い試みですね。
今後もディープラーニングの技術が進展すれば、いろいろなことが可能になるでしょう。ただし、それはあくまでも画像認識、音声認識という分野においてです。ディープラーニングにそれ以上のことは期待できません。人間でいえば「目」と「耳」の機能を持っただけであり、「脳」の代わりができるわけではない。
ディープラーニングは物事を論理的に考えるとか、ロジックを積み上げていくといったことは得意ではないんです。
──なんとなくわかってきました。つまり、20年後、30年後どうなっているかは、今後ディープラーニングを超える技術が誕生するか否かによって違ってくると──。
そういうことです。ディープラーニングを超えるというより、ディープラーニングとは違う種類のAIといったほうがいいかもしれません。そういう新技術が生まれたら、一気に次のステージに進む可能性が高い。でも、それがいつかは読みにくいんです。
──先生はいつくらいに新技術が生まれると思いますか。
私はわりと楽観的で、あと10年くらいで、それなりにインパクトのある、何らかの新技術が誕生すると思います。ただし、人間の脳に限りなく近い、つまりは高いレベルで論理的に思考できるAIとなると、もう少し先になるでしょう。
──結局、AIは人間の脳を超えることができるのでしょうか。
これはあくまでも私個人の感想ですが、ありとあらゆることができる神のようなAIって、あまりイメージが湧かないんです。
それよりもいろんな種類のAIがあって、それらを目的に応じて組み合わせて使うというスタイルになると思います。何十、何百ものAIを合体させて「スーパーAI」をつくるなんてこともあるかもしれません。それが結果的に人間の脳を超えたとしても不思議ではないでしょう。
──これからどうなるか考えるだけでもワクワクしてきますね。では、最後に現在、株式投資を行っている、あるいはこれから始めようとしている人たちにメッセージをお願いできますか。
最新技術を知らずして投資はできないとばかりに、あわててAIやフィンテックの勉強を始めた人も少なくないと思いますが、私はこんな時代だからこそ原点に立ち返ってほしいと思います。
そもそもAIというのはツールに過ぎないし、先ほど話したようにいずれは誰でも気軽に使えるようなAIツールが世にあふれることになるでしょう。そうしたら、AIに詳しくなっても、たいした強みにはなりません。
では、何が大事かというと、どんなデータをAIに与えるか、そのデータをどうやって探すかなんです。そのためには、相場というものがどんな要因でどう動くのかをよく理解していなければなりません。今後、AIに頼ろうとする人が増えれば増えるほど、そうした原理原則に通じている人こそが優位に立てるのではないでしょうか。
<プロフィール>
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻教授
和泉 潔氏
1998年に東京大学大学院総合文化研究科広域学専攻博士課程修了後、電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所) に勤務。2010年より東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻准教授。2015年教授に。金融テキストマイニングから人工市場シミュレーションまで幅広く研究する。
記事提供元
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(東証マネ部)
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