個人投資家が公的年金について知っておくべき3つのポイント
トウシル / 2016年12月6日 0時0分
個人投資家が公的年金について知っておくべき3つのポイント
公的年金については、年金制度の将来像や、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による運用の是非や市場への影響など話題に事欠かないが、自分のお金を自分で運用している個人投資家は、何を知っておくといいのだろうか。筆者は、最近、年金に関して取材を受ける機会が多く、幾つかお伝えしておきたいポイントが溜まってきた。今回は、主に3点お伝えしたい。
その1.公的年金はどの程度あてにできるか?
さて、公的年金について、知っておくべき事、さらに知りたい事は、個々人の事情によって異なるだろうが、普通の個人投資家の場合、将来、特に老後の必要に備えるために投資を行っているのだろうから、公的年金が将来どの程度頼りになるのかが、現実的には、最も知っておくべきポイントだろう。
ところが、将来の公的年金支給額がどの程度のものであるのかを予想することは、そう簡単ではない。ある程度の「見当を付ける」ことで満足せざるを得ないのが実情だ。
見当を付ける前に、先ず、世間によくある年金が破綻するのか否かという議論について、明確にしておきたい。公的年金は、現在よりも使いでが減ることは確実だが、破綻して無くなってしまうことは(国が残って、現状の制度が維持される限り)あり得ない仕組みになっている。
たとえば、現在、130兆円以上ある公的年金の積立金がゼロになっても、毎年入ってくる年金保険料と国庫負担の金額を年金受給者に配ることが出来るので、支給される金額が減ることはあっても、会社の倒産のようにポッキリ折れて破綻してしまうことはない。
2014年に厚労省から発表された年金財政に関する検証でも、8通りの想定のうち最悪のケース(ケースH)では、将来、年金積立金が枯渇することになっているが、その場合でも、「仮に、機械的に給付水準の調整を続けると、国民年金は2055年度に積立金がなくなり完全な賦課方式に移行。その後、保険料と国庫負担で賄うことのできる給付水準は、所得代替率35%〜37%程度」と想定されている。完全な賦課方式とは、積立金を給付財源とせず、その時々の年金保険料を(日本の公的年金の場合、加えて国庫負担を)財源として、年金給付を支払う財政方式のことだ。
公的年金を通しての世代間格差で不利になる若い世代の方の中には、公的年金は将来破綻すると決めつけたがる方が時々いるが、公的年金はスッキリ無くなるようなものではないので、「年金からの離脱」は考えない方が得な場合が多いはずだ。好きにはなれなくとも、利用できる部分は利用したい。
ここで言う所得代替率とは、現役世代の所得に対する年金受給額の比率のことで、いわゆる「標準世帯」(国民年金を40年間支払い続けた夫婦のサラリーマン世帯。妻は専業主婦を想定しているので、必ずしも平均的な世帯ではないが)について計算したものだが、実は、現在厚労省が計算している所得代替率は、年金受給額に関して税金と社会保険料の差引前の額である一方、現役の所得に関しては税金と社会保険料を差引いた後の可処分所得で計算された、端的に言って「大き目の数字が出るもの」になっている。
2013年度では、現在の厚労省流の計算だと62.6%とされているが、年金受給額に関しても可処分所得で計算すると53.9%になるという。人生計画に於いて考慮すべきは、明らかに「手取額」の方だ。
これまでの厚労省流の数字は、ざっと0.86倍で読み替えなければならないということだ。公的年金の支給額は、今後、「マクロ経済スライド方式」と呼ばれる調整方式によって「実質で」(物価上昇率を差引いて)毎年約1%ずつ減額され、年金財政が均衡するところまで調整されることになっている。
2014年の財政検証では、8ケースのうち、好都合な方から5つのケースA〜Eにあって、所得代替率が50%以上を維持できるとされているが、手取りの所得ベースで先の掛け目を考えるとすると、50%は43%にしかならない点に注意が必要だ。
また、経済の前提はケースA〜Eよりも、もっと厳しく見ておくことが妥当であるように思われ、想定の中で最もリアリティがあるのは、先のケースHだ(筆者個人の意見である)。この場合、0.86倍して将来の所得代替率を推計すると約30%前後となる。
現在の「現役の可処分所得の53.9%」は、実質マイナス1%の調整が30年続くと約40%になり、その後も更に下落する可能性がある。加えて、将来、現在以上のスピードで給付を削減するような制度変更が行われる可能性も十分あるだろう。
現在、50歳以上の方は、年金定期便に記載されている年金給付額の予想数値を、毎年マイナス1%ずつ減らす計算で将来の公的年金額を見積もるといい。また、もっと若い方、例えば30代くらいの方は、将来の不確実性は大きいが、厚生年金で現役時代の可処分所得の30%程度を見込んでおくのがいいのではないだろうか。
楽観は禁物だ。但し、普通の所得水準の人の場合、それでも公的年金によって老後の生活費の無視できない相当部分が賄われることは間違いない。事態の変化を織り込みつつ、冷静且つ保守的に、将来の年金額を計算しておきたい。
その2.公的年金積立金の位置づけ
巷間よく話題になるGPIFの運用について論ずる前に、GPIFが運用する公的年金積立金の位置づけを確認しておきたい。
GPIFは先般「平成27年度 業務概況書」を発表したが、この書類の14ページにある「年金財政における積立金の役割」というコラムが興味深い。
この1ページの小コラムは、厚生年金の支給の財源を説明したものだが、次のような記述がある。
「年金給付の財源(財政検証で前提としている概ね100年間の平均)は、その年の保険料収入と国庫負担で9割程度が賄われており、積立金から得られる財源(寄託金償還又は国庫納付)は1割程度です。」
つまり、巨額に思える公的年金積立金だが、平均的に見て将来の年金支給額に対する貢献として見込まれているのは、年金支給財源の1割程度に過ぎないのだ。このことからも、年金積立金の枯渇が公的年金の終焉を意味しないことがよく分かる。同時に、公的年金のスケールの大きさもよく分かる。
それでは、公的年金積立金の役割は何かというと、このコラムでは、「少子高齢化が進む中で、現役世代の保険料のみで年金給付を賄うこととすると、その負担が大きくなりすぎることから、一定の積立金を保有し、急激な負担増とならないようにしています。積立金はいわば『緩衝材』の役割を担っています。」と説明されている。
厚生年金の保険料は2004年の法改正で18.3%までの引き上げ(2017年度に到達する)で止めることになっているので、今後に、「急激な負担増」が想定されていては困るのだが、保険料及び国庫負担と年金給付のバランスが長期的に取れるということなら、「緩衝材」は国庫との貸し借りでも十分に出来るはずであり、制度を運営する資金繰りのために持たなければならない積立金は公的年金の年間給付額(55兆円くらい)の半分程度で十分以上だろう。
現在の公的年金は、良くも悪くも、国民から制度運営に必要な金額以上の資金を預かって、運用益を稼ごうとしている。
現在、国民1人当たり100万円以上のお金を預かって、バランス・ファンドのような運用しているのがGPIFの実質的な姿だ。
「頼んだ覚えはないのに、ずいぶん大きな額だ」と思う人がいるかも知れないし、逆に「老後に必要な資金の額から見ると微々たる金額だ」と思う人もいるかも知れない。
その3.巨額の公的資金運用の功罪
GPIFが巨額の公的年金積立金を運用することについて、国民の間には、批判もあれば、期待もある。「弊害」として挙げられるポイントを列挙してみよう。
- 巨額の資金をまとめて運用することで、その動きを市場参加者に利用されやすくなり、また、情報管理が難しくなっている。運用計画の説明責任を十分果たそうとすると、市場で不利な立場に立ちやすい。
- 株価や為替レートに対する影響力を政府に利用されやすい。
- 株価の引き上げ等に使われた場合、自然な株価形成を歪める。
- 政府機関が民間企業の大株主になることの弊害。
監督者としての政府と株主としての政府の利益相反
政府の民間企業経営に対する介入
(1)公的年金の動きが市場参加者に注目され、利用もされやすいことは、日々市場を見ておられる読者には、実感できるところではないだろうか。例えば、運用計画とポートフォリオの状況を照らし合わせると、GPIFが市場に登場するとすれば、売り買いどちらの方向か、ということは、相当程度予想が付く。また、運用資金が巨額なので、資金が動く場合に、情報を完全に管理することは難しそうだ
この弊害は、大きな資金の運用を一箇所に集めてしまった制度的な建て付けにある。
(2)当事者に聞くと、「政府による圧力のようなものは一切無い」と答えるのだろうが、少なくとも可能性としては、政府の意図が運用に反映することは「あり得る」(注:現在、確かにある、と言っているわけではない)。
(3)公的年金積立金は、かつて(1990年代に)、大っぴらに株価対策に使われたことがある。現状及び近い将来に関しては、GPIFよりも日銀の方がより問題かも知れないが、巨大な資金の意図的な買いないし売りが続いた場合、株価形成が歪められて、「自然な株価」が分からなくなる弊害がある。
(4)GPIF及び政府は、むしろ株主としてのGPIFが日本企業の経営に積極的に関与して、経営の改善に向けて積極的な役割を果たそうと覚悟を決めたように見える。これに「期待できる」と見る向きもあるだろうし、「止めた方がいい」と思う向きもあるだろう。
一方、国民にとっての明確なメリットも指摘しておこう。GPIFが支払っている運用手数料は運用資産額に対して年率0.03%程度だ。ETFの運用管理手数料よりも安い。「バランス・ファンドを0.03%で保有できているのだから、得だな」と思う投資家がいてもおかしくない。
補足:個人的な意見
公的年金の制度のあり方にも、積立金のあり方、さらには積立金の運用のあり方に対しても、各方面に様々な意見と議論がある。
本稿は、何らかの意見の方向に、読者を説得することを目指してはいない。読者がめいめいで、それぞれが、どうあるべきか考えてみて欲しい。
参考までに、筆者の個人的な意見を言うなら、公的年金の制度に関しては、現状で予定されているよりももっと早く給付の削減を行うべきであり、そのための手段としても支給開始年齢の引上げの早期実施が望ましいと思っている。また、年金保険料の徴収は税金と一体で行うべきであり、年金保険料を税金化するか、少なくとも歳入庁による徴収に一本化すべきだと考えている。
また、年金積立金とその運用に関しては、年金積立金の縮小が最も好ましく技術的には十分可能であると考えている。それでも残る積立金の運用にあっては、リスク資産での運用は必要ないと考えている。
もちろん、現実には、積立金の縮小も、リスク資産投資の減額あるいは廃止は起こりそうにない。この場合、GPIFその他の関係者には、現状を前提として、弊害を取り除く努力を期待したい。
(山崎 元)
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