山崎元流!働き方改革「美しい転職4つの作法」
トウシル / 2018年8月1日 8時59分
山崎元流!働き方改革「美しい転職4つの作法」
「ホンネの投資教室」は、一月に2本投稿する事になっているのだが、今月は前半に2本掲載されたので、必ずしも投資の話ではなくてもいいので、もう1本原稿を書かないかとトウシル編集部のKさんに提案された。確かに、読者に忘れられると寂しい。Kさんと話し合った結果、「転職」について、初心者向けの注意事項をまとめてみることにした。
転職は、自分自身の将来の働きという商品の売り先を変える行動であり、多くの働く人にとって最大の資産である「人的資本」を運用する行為なので、投資に無縁という訳ではない。
「働き方改革」と転職
いわゆる「働き方改革法案」が成立するなど、働き方に対する関心が高まっている。法案は、直接転職を後押しするものではないが、方向性として、転職の活発化による人材配置の適正化は、改革全体の趣旨に沿ったものだ。加えて、政府も旗を振る「人生100年時代」にあっては、職業人生に転職を組み込む方がむしろ普通だろう。
また、現在、有効求人倍率は未曾有の高水準にあり、全般に人手不足で、転職したい人にとっては、チャンスを掴みやすい環境にある。
まとめてみると、転職には、
- 仕事を覚えるための転職
- 仕事を活かす場を得るための転職
- 自分のライフスタイルを変えるための転職
のおおむね3つの前向きな意義がある。結果的に転職がない職業人生でも悪いことはないのだが、転職を選択肢に入れることで、人生の可能性は大きく拡がると強調しておく。
さて、とはいえ、失敗もあるのが転職だし、そもそも元々の就職が失敗であった方もおられよう。人生にあっては、就職(新卒の就職者の3割以上が就職3年以内に辞める)、結婚(3組に1組が離婚する)、などの大きな選択はおおよそ3分の1くらい失敗する。そしておそらく転職にも、おおよそ3分の1くらいの失敗の確率がある。ちなみに筆者は、過去に12回転職しているが、自己評価に基づく転職の星取りは「7勝4敗1引きわけ」である。ただし、就職や転職の失敗はリカバリーが可能だ。端的に言って、転職すればいい。過ぎた時間は取り返せないので、一定の無駄はあるが、チャンスには何度もトライすることができる。
とはいえ、事前に知っていると防ぐことができるような無駄な失敗は避けたい。転職の主に初心者向けに、注意事項を4つ述べてみたい。順番は、重要な順に並べてみた。
【心得その1】次の職場を確保する前に、辞めない
転職希望者が陥る失敗で、数が多く、初歩的だがなかなかなくならないものに、転職先を確保する前に現在務めている職場に辞意を伝えることがある。
転職したいと思う人の、本音の理由は「現在の職場から離れたい」ということにある。人間関係の問題(実質的にはこれが最も多いかも知れない)、仕事のつまらなさ、収入への不満など、理由は様々だが、「辞める」というオプションを先に行使してから、次の職を探す人が少なくない。
あるいは、次の行き先で明確に採用してもらえる保証が無いのに、現在の職場に辞意を伝えてしまう人が少なくない。
これは、端的に言うと「人生のリスク管理上問題がある」。
筆者は、よく「転職は猿の枝渡りだ」と言う。その心は、「次の枝を掴んでから、今の枝から手を放せ」ということだ。自然番組などを見ると現実には、軽やかに飛ぶようにして枝から枝に渡る猿も存在するようだが、働く人間は、きちんと次の職場を確保してから辞表を書くべきだ。
先に辞めてしまってから次の職場を探すのは、地上に落ちた猿が無防備で、捕食者に対して弱いのと同様に大変不利だ。大きな不利が3つある。
まず、職歴に空白ができることは人材価値を損なう。トウシルの読者なら、たとえば、マーケットの仕事からしばらく離れたファンドマネージャーやディーラーが、元の職に就こうとした時に不利であることを想像できよう。また、「年次」を単位に人事を行う日本的な会社の場合、採用されても「換算年次」を一つ下げられて給与や人事で不利になることもある。
次に、次の職場との給与交渉にあって不利だ。現在勤めていて収入があると、その収入を次の職場の報酬の交渉の際の基準にすることができるが、辞めてしまって無職・無収入の状態になると、交渉の足場がない。
さらに、無職で休職している期間が長いと、精神的な焦りにつながり、面接などでの印象が悪くなることが少なくない。「貧(ひん)すれば、鈍(どん)す」ということわざは残酷だが、転職にあっては本当だ。
なお、「辞めたいと思っている」、「転職先を探している」といった言葉は上司にも同僚にも、転職が確実に決まるまで、決して口にしてはならない。「辞めたい社員だ」と思われることには、メリットが何もなく、デメリットしかないからだ。
しかし、「辞めたい」と言うと周囲の注目を惹いて「構ってもらえる」ので、転職活動の途中で「辞めたい」と職場で言う人が案外少なくない。これは、不利益なのだし、大人として見苦しいので、止めておこう。
【心得その2】転職を決める際に仕事の内容を確定する
「猿の枝渡り」は転職者が守るべき初歩の基本だとして、もう一歩突っ込んだことが重要だと強調しておきたい。
先に述べたように、転職にもたぶん3分の1くらいの確率で失敗があり得る。たとえば、転職先の職場に、どうにも感じの悪い人物がいたり、経済的な条件を詰め切れていなかったりする場合がある。
こうした場合には、「もう一回転職する」ことが最有力の解決策なのだが、この際に、職場はダメでも、仕事の内容が自分の想定通りのものであれば、人材価値を大きくは落とさずに転職することができる。
転職活動の際に、求職者は早く次の就職先を決めたいと思うし、採用側も早く人材を確保したいと思うことが多い。こうした場合に、「どのように働くかは、入社してから話し合って決めましょう」という話になって転職が決まる場合が少なくない。
そして、転職者の側では、希望していた仕事に就けなかったり、仕事をする上での権限や資源(部下の数や使えるデータや予算など)が不十分だったりすることがしばしばある。
たとえば、調査が専門の人材が、意図しない営業職に回されるようなことがあると、この人の調査マンとしての人材価値は大いに損なわれるので注意したい。
転職するに当たって、相手先との交渉力が最も強いのは、入社するかしないかを決める時だ。この時が、相手側が採用候補者に対して持つ期待値が最も高く、候補者を採用し損なうリスクに対して最も敏感な時なのだ。
雇われてしまうと、上司・部下の関係になるし、組織の論理で動かなければならなくなり、立場は弱くなることが多い。
転職を早く決めたいという欲求をぐっと堪えて、少なくとも、転職先で自分がどのような仕事をするのかについては明確にしておきたい。
【心得その3】転職先での丁寧な定着を心掛ける
一般に、転職の話は、転職先をどう見つけて採用されるかという話が多いが、現実の転職者にとっては、転職先を見つけて採用された時点では、転職の「前半分」程度が成就したに過ぎない。転職は、快適な職場として転職先に定着できてはじめて完結する。
転職先には、できる限りの予備知識と十分な余裕を持って赴きたい。
前職の退職と次の就職の間として適当な期間は、筆者が思うに、多分2、3週間だろう。一週間よりも休んでいいと思うが、一カ月休むのは仕事から離れすぎであるように思う。
次の職場に行く前には、心身を休めつつも、次の仕事に役立つ基礎知識を吸収するなど、次の職場で順調なスタートを切ることができるように努力したい。適度な休息を取って前職の疲れを払拭し、転職が決まったことを喜びつつも、ほどほどの緊張感を持って新しい職場に臨みたい。
職場が変わることは大きな環境変化なので、本人が気付く以上のストレスがかかることが少なくない。
「丁寧な定着」の必要性は、大いに強調しておきたい。
新しい職場に好ましい形で定着するための留意点はいくつかあるが、最も強調しておきたいのは、「自己主張よりも、相手を知ることを優先すべきだ」という点だ。
転職者は、新しい職場の上司や同僚に早く自分のことを知って欲しいという気持ちを持つ。そこで、「自分は、このような人です」という説明を過剰に行う傾向があり、これが裏目にでることが少なくない。
たとえば、前の職場の批判を痛烈に行った場合に、新しい職場が同様の欠点を持っていたり、上司や同僚が批判されることに対して極めて敏感であったりするケースが少なくない。
新参者である転職者は、ただでさえ注目されているので、周囲がどのような人たちなのかを理解する前に自己アピールをする必要などない。周囲に「引かれる」ような「自爆」は慎重に避けるべきだ。
新しい職場では、まず座席表を手に入れて、周囲の人の名前を早く覚えるなどの細かなテクニックがあるが、その知識は転職の本を読んでいただくとして、「新しい環境が自分にとって意外にストレスになっていること」に十分に注意しておきたい。
参考書籍:一生、同じ会社で働きますか?
【心得その4】余裕とプライドを持ってきれいに辞める
多くの転職者にあって、現在勤めている職場をいかに辞めるかは、精神的にもプレッシャーが掛かる一大イベントだ。
辞め方については、以下の3点に留意するといい。
まず、転職では、次の職場に良いコンディションで向かうことが大事なのだから、日程的に余裕を持って退職手続きに入るべきだ。世間の会社には、「退職願いは退職希望日の30日以上前に提出すること」といった就業規則がある場合が多いが、慰留の説得や、仕事の引き継ぎなどに時間が掛かることを計算に入れて、30日に加えて10日程度余裕を持って意思表示するといい。
転職の意思は変わらないとしても、慰留に対しては誠意と謝意をもって対応することが、気分良く退職することと、後の人間関係を悪くしないことのためには好ましい。
典型的には、金曜日の午後に直属の上司に退職の意思を告げるとスムーズに進みやすい。慰留の説得がある場合、これを丁寧に聞いて、「大事な問題なので、週末によく考えてみます」と引き取るといい。週末の間に、上司は、さらに自分の上司と相談したり、慰留が難しい場合の対応策(後任者の選定など)と覚悟を決めてくることが多いので、翌週の月曜日に爽やかな顔で「やはり転職の決意は変わりません。これまで、大変お世話になりました」と述べると、スムーズに転職手続きを進めることができる場合が多い。慰留の説得が長引いた場合には、「話は聞くが期限は区切る」という態度で臨もう。
何度も言うが、次の職場に良いコンディションで赴くことこそが大切なのだ。
なお、辞意は原則として直属の上司に伝えるべきだ。「上の上」あるいは人事部などに直訴したいと思う場合があるかも知れないが、直属の上司の顔を潰すことになるので、仕事の引き継ぎがやりにくくなったり、周囲との後の人間関係が悪くなったりする場合がある。
次に重要なのは、自分の仕事の引き継ぎに関して具体的なプランを予め考えておいて、主導権を持つことだ。もちろん、仕事を引き継ぐ相手や方法は上司の指示を尊重しなければならないが、漫然と指示を待つと余計な時間が掛かったり(気分のよい有給休暇の消化期間が短くなることがある)、過度な負担を強いる引き継ぎを命じられたりすることがあるので、こうした事態に対抗できる具体案を自分で持っている必要がある。
「辞める」という意思を示した社員は、組織として「ウチの人」ではないので、お互いにとって仕事の引き継ぎは手短であることが望ましい。上司がしっかりしたマネージャーならこの事をわかっているはずだ(ダメなマネージャーである場合は、転職の置き土産に教育してやるといい)。
第3のポイントは、職場の「個人」との関係を良好に保って辞めることだ。もちろん、将来付き合いたくない相手とまで仲良くする必要はないが、同じ時に同じ仕事に関わったという人間関係は人生にあって貴重だ。転職の大きなメリットの一つは、そうした人間関係を拡げられることにもある。
転職後に「前の職場」と良好な関係を保っていることについては、様々なメリットがある。前職の職場の翌年の忘年会の幹事から「せっかくだから、あいつも呼んでやろうか」と思われるような印象を残して辞めることができると理想的である。
(山崎 元)
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