「つみたてNISA」を巡る、金融機関のつばぜり合い
トウシル / 2017年8月1日 18時0分
「つみたてNISA」を巡る、金融機関のつばぜり合い
来年から、「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」という新制度がスタートする。読者は、すでにご存知かもしれないが、
(1)年間40万円の利益が非課税の投資枠
(2)投資可能期間20年(従って非課税投資枠の上限は800万円まで)
(3)定期的積立投資に限定
(4)対象商品には厳しい制限あり
(適格商品は公募の投資信託・ETFなど100本程度ではないかと言われている)
という独特の制度だ。
金融庁は、特に、今後の資産形成に取り組む層の利用を期待しており、「長期投資」「積立投資」「分散投資」の三つの理念を体現する制度として、広報活動に力を入れている。その一環として、7月26日(木)には通算4回目となる一般投資家(主に投資ブログを書いているブロガー)を招いての意見交換会が開かれた。この日は、販売会社から代表者を呼んで、投資家との議論と、その後に懇親会が行われた(金融庁の会議室で飲食する変わった趣の会だ。ちなみに会費は2千円の実費負担だ)。
販売会社からは、対面営業の大手証券2社、メガバンク1行、ゆうちょ銀行、地方銀行1行、地方の対面営業証券会社1社、ネット証券2社、の主に営業企画担当者が出席した。筆者は、この意見交換会に出席する機会を得たので、会のやりとりも踏まえつつ、今後「つみたてNISA」について、注目したい点を4つ取りあげる。
各社、”儲からない”つみたてNISAをどれだけやるのか?
意見交換会の出席者の最大の注目点は、販売会社側が圧倒的に儲からないビジネスに見える「つみたてNISA」を、各社は、本当にやるのか、やるとしてどの程度やる気なのか、ということだった。
つみたてNISAは、取り扱うにはシステム対応や販売員のトレーニングが必要でコストが掛かる一方で、ETF以外の商品はノーロード(販売手数料ゼロ)だし、資産の積み上がりはゆっくりだし、対象商品は信託報酬が相対的に低い投資信託に限られているし、「抜群に儲かりにくい」新ビジネスだ。
しかし、「社員のどれくらいの割合がつみたてNISAに積極的か?」という出席者の質問に対しては、金融庁の手前もあってか、「100%」という声が圧倒的に多かった(特に勇ましい会社が最初に回答する順番だったことが影響したかもしれない)。「当社は120%です!」(ネット証券)と答える要領のいい回答もあったが、「社内では議論があったが、採算を度外視して取り組む」(地方証券)という声もあった。
会の議論から本音を探ると、結局、多くの会社にあって、「つみたてNISAでは、獲得した新規顧客の取引が拡がることによる付随的効果に期待する」という辺りに本音がありそうだった。
現実に各社が、つみたてNISAにどの程度本気で取り組んで、「顧客の資産形成のお手伝い」に注力するのかが、金融機関のビジネスに対する姿勢を評価する格好のリトマス試験紙になりそうだ。よく見ておこう。
各社の商品ラインアップはどうなるか?
第二の注目点は、つみたてNISAを取り扱うとして、販売会社がどのような商品を対象にするかだ。意見交換会に出席した各社は、取扱商品のラインアップについて、「検討中」「コストの安い物中心に」など、「対象となるファンドはすべて扱います」といさぎよく答えた一社(ネット証券)を除いて、言葉を濁した。
かくいう筆者もネット証券の社員なので少々書きにくいことながら、対象商品すべてを扱うのは「顧客に最大限の商品選択肢を提供する」という筋は通っているが、他方で、顧客の側では、不適切な商品(相対的に手数料が高い商品。iDeCo(個人型確定拠出年金)のラインアップの中にもあり、筆者は個人的に「地雷」と呼んでいる)を選んでしまうリスクが生じる。
対面営業の金融機関などで、真に顧客の利益の立場から、つみたてNISAの提供商品を、カテゴリー別にもっとも手数料の安い物に絞って提供するような販売会社が現れるなら、まさに金融庁が推す「フィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)」を地で行くすばらしい見識だと思うが、果たしてどうだろうか。
フィデューシャリー・デューティーの観点では、
(ⅰ)販売会社と同系列の運用会社に取扱商品が偏っていないか
(ⅱ)手数料の高いアクティブファンドを並べていないか
(ⅲ)インデックス・ファンドでも相対的に手数料の高い商品を選んでいないか
などが注目点だ。
「顧客向けに解説の冊子を作ります」と言った金融機関の担当者に対して、一般参加者から投げかけられた質問を紹介しよう。
「冊子を作ることは大変結構だと思うのですが、冊子の中では、アクティブファンドの正しい選び方について、どう説明するおつもりでしょうか。あるいは、よいアクティブファンドを事前に選ぶことはできないのだから、アクティブファンドは取扱商品ラインアップに含めないということなのでしょうか?」
実は、iDeCoを含む確定拠出年金にあっても、「アクティブファンドの選び方は、投資教育で伝えることが可能か?」(注:金融論的には不可能だ)という点は問題であり、企業型確定拠出年金を導入する際に事務局に責任意識の高い企業では、ラインアップからアクティブファンドを外す動きがある。
なお、先の質問を浴びた金融機関の担当者は、困った顔をしていた。同じ金融マンとして、筆者は、質問を浴びる側でなくてつくづくよかったと思ったことを付記しておく。
iDeCo、通常NISAなどとの使い分け
つみたてNISAが、これから資産形成を始めようとする人に向いた制度であるとしても、その人に給与所得などの課税所得があれば、おそらくその人は、まずiDeCoなどの確定拠出年金制度を利用するほうが得だ(掛け金所得控除のメリットが大きいから)。
金融庁の言うフィデューシャリー・デューティーに従うなら、販売会社もFP(ファイナンシャル・プランナー)のようなアドバイザーも、当然、正直にそうすすめなければなるまい。
もっとも、積立投資をする人は給与所得など課税される定期収入に合わせて積立を行う場合が多いだろうから、大半がつみたてNISAよりもiDeCoを先に使うべき人達だろう。
しかし、iDeCoは60歳未満でないと掛け金を拠出できないという大きな欠点がある。現状では、通常のNISAもそうだが、つみたてNISAも含めて、「NISA」全般が、案外、60代以降の高齢者に向いているのかもしれない。NISAは、成人に対して年齢差別をしない。
さて、現実的な問題として、つみたてNISAを利用する個人は、iDeCo、通常のNISA、あるいは一般の課税口座など、複数の「お金の置き場所」を持つ可能性が大きい。
ここで問題になるのは、
(ⅰ)どの口座から優先的に利用するのか
(ⅱ)全体(各口座の合計)をどう管理するのか
(ⅲ)個々の口座でどのような運用(主に商品選択)をするのかである。
金融庁主催の意見交換会でも、「複数口座の管理をサポートするような顧客サービスの方法について考えている」と言った販売会社があったし、「通常NISAとつみたてNISAの使い分けについて対面でコンサルティングする」と言った会社もあった。
商品ラインアップなどで他社との差を付けにくい(そして、儲かりにくい…)つみたてNISA関連のビジネスにあって、複数口座の管理のサポートは差を作るに当たっていい目の付け所かも知れない。
「コンサルティング」を警戒せよ!
対面営業の各社は、強調度合いの違いはあっても、各社が、顧客に対する対面でのコンサルティングの重要性と、この点に関する自社の取り組みの優位性を語った(そう言うより仕方がないのだろうが…)。
しかし、たとえば金融機関による退職金運用の「無料相談」などが典型であるように、対面営業の金融機関が言う「相談」は、同時に、顧客を手数料かせぎができる商品に誘導する「セールス」の場でもある。
金融庁の意見交換会でも、ある金融機関の担当者は、「お客様のお金を目的別に色分けして、それぞれに対して適切な運用をアドバイスする」と語っていたが、お金は「後から自由に使途を決められる」言わば「無色性」が大きな長所であり、運用は単に適切なリスクのもとに、最も効率的に運用すればよく、使途別に色分けする必要などない。「お金の色分け」は、非効率的な商品(即ち売り手側が取る手数料が大きい商品)を金融機関が売るための「腹黒い方便」の一つなのである。
つみたてNISA以外での運用にあっても同じなのだが、読者は、対面営業の金融機関に決して相談することなく、自分で判断して、あるいは少なくとも金融機関から利害上独立なアドバイザーの助言のもとに、運用の意思決定を行って欲しい。
(付録)つみたてNISAを含む、「骨太の運用方針」
主に、課税所得のある60歳未満の会社員・公務員に向けて、つみたてNISAを含む資産運用で間違えることのない「骨太の(=大まかに正しい)運用方針」をお伝えしよう。
大まかに正しい「骨太の運用方針」
- 課税される所得がある60歳未満の人はiDeCoから先に使う。
- すでにまとまった運用資金がある人は「つみたてNISA」より先に「通常のNISA」から使う。※
- iDeCo、NISA、つみたてNISAでは、どれも「外国株式(先進国株式)」6割、「TOPIX連動」4割の比率で、インデックス・ファンド(ETFを含む)で運用しておくと、ほぼ効率的で無難だ。
- 商品の選択にあっては「手数料」を最も重視しよう。
※つみたてNISAと通常のNISAの併用はできないが、年ごとの切り替えは可能。
筆者は、一般投資家に対する運用の簡便法として、「リスク資産」の金額を(主に最大損失額と平均利回りの予想から)決めて、これを外国株式(先進国株式)6割、国内株式4割(TOPIXに連動したETFないしインデックス投信で)の比率で運用し、残りの「無リスク資産」を個人向け国債変動金利型10年満期と普通預金で運用するとおおむね正解だと考えている。
厳密には、リスク資産は、手数料を勘案してどの口座に持ったらいいかを、「運用資産全体の合計として最適化し」「個々の口座に最適な資産の運用を割り振る」といった形で運用するといいのだが、それぞれの非課税口座にリスク資産を集中し、それぞれの口座で「外国株6割、国内株4割」と覚えておくと、間違えにくい。
これだけ覚えておくなら、対面営業の金融機関に「相談」する必要など一切ない。投資は「自分で納得して決める」ものであり、利害の異なる相手に相談して行うものではない。
(山崎 元)
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