OPEC増産見送りの摩訶不思議。「関係筋情報」のウラを解き明かす
トウシル / 2018年10月1日 8時0分
OPEC増産見送りの摩訶不思議。「関係筋情報」のウラを解き明かす
OPECに増産お預けくらう消費国
9月23日(日)、OPEC(石油輸出国機構)加盟国であるアルジェリアで、減産(※)に参加する国々が集まり、産油国会合が開かれました。
※「減産」とは…複数の産油国が意図して同時に原油生産量を減らし、世界の石油の需給バランスを引締める施策。過剰在庫の削減などに効果的だが、原油価格を上昇させる一因に。現在、OPECと一部の非OPEC合計25カ国(米国は含まれない)は減産に取り組んでいる。2017年1月に始まり、2度の延長を経て2018年12月まで原油生産量を一定以下にすることが決まっている。
この会合の前から、今回の会合ではOPECおよび減産に参加する非OPECは「“増産”を決めるのではないか」と報じられていました。これは、米中間選挙の前々日にあたる11月4日に、世界規模のイラン産石油(石油関連)の本格的な制裁(不買運動)が始まるためです。
増産を決めるかもしれないという憶測が出たのは、日本を含む消費国では、入手できなくなるイラン産石油の穴埋めを誰がするのか、石油調達量が大幅に減ってしまった場合、どうするのかといった不安が高まり、消費国の救世主になるのはどの国か決まることに期待が集まったためです。
しかし、実際には今回の会合で増産が決まることはありませんでした。
“増産見送り”と報道されていますが、会合後に公表された声明文を読むかぎり、「増産を見送った」というよりは、“現状維持”のまま会合が終わったというのが正しい見方だと思います。
会合のちょうど3カ月前の6月23日のOPEC総会で、OPECと減産に参加する産油国は事実上の増産を決定。それなのに、この9月23日、今度は現状維持(増産見送り)を決めたわけです。方針を転換することになったこの3カ月間にいったい何があったのでしょうか。
本レポートではこの3カ月間に起きた出来事の中でOPECなどが増産を見送った理由について、そして年末までのさまざまなイベントを迎えるにあたり留意すべき事項について、現段階の筆者の考えを述べます。
会合はトランプ大統領への明確な反発を示しOPECの存在を示すチャンスに
前述のように、今回の会合は消費国から見れば会合は期待外れという印象が残りました。それだけでなく、増産を見送ったことが、マーケットでは「供給増が避けられた」と解釈され、原油価格が上昇する事態となりました。供給不足への懸念を払しょくできなかっただけでなく、原油価格のさらなる上昇を招いたイベントとなったわけです。
国際的な原油価格の指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物価格は会合前後で72ドル台、ブレント原油先物価格は80ドル台(ともに1バレルあたり)まで上昇。ブレント原油においては2014年11月以来となる高値水準です。
さらに今年年末までの3カ月間、表のように目の離せない重要イベントが予定されており、原油を取り巻く環境は大きく変化する可能性があります。
図1:WTI原油とブレント原油の値動き(ともに先物価格 中心限月)
“the supply-demand balances remain satisfactory”、“the current situation is satisfactory”などの言葉が、会合の後にOPECのウェブサイトに掲載されたチェアマンのスピーチをつづった記録が踊りました。「今の状態で満足している」と繰り返されています。
原油生産量の重要な調整役として共同で減産に勤しむ非OPECを含む産油国25カ国が望むのは、生産量を増やすことでも減らすこともでもない“現状維持”というわけです。
今回の会合、正式には第10回共同減産監視委員会(the Joint Ministerial Monitoring Committee 以下JMMC)は、減産がはじまった2017年1月以降、随時行われている会合で、今回で10回目です。共同(Joint)というのは、この委員会がOPECだけではなく、減産に参加するロシアなどの非OPECと一緒に行われているためです。
図2:第10回JMMCについて
“共同”に関連して、減産参加国は「Declaration of Cooperation(共同宣言)」として、25カ国(※)が強く結びついていることを幅広くアピールしました。
※25カ国とは…サウジアラビア、イラク、イランなどのOPEC加盟国の他、ロシア、カザフスタンなどの減産に加盟する非OPEC(米国は含まれない)など合計25カ国。
今回の“現状維持”の決定は、9月20日のトランプ大統領のOPECが原油価格を引き上げていることを批判する(増産を要請する)ツイートに対し、明確に反発の意思表示をしたかっこうになりました。世界屈指の影響力を持つトランプ大統領に真っ向から対立する姿勢を示し、産油国25カ国は結束の強さ、意志の強さをアピールしたい狙いがあったと考えられます。
減産成功の象徴「OECD石油在庫の減少」は、サウジの増産開始以降、停止していた
結束や意志の強さのアピール以外に、“現状維持”決定の背後には現実的な事情もあったと考えられます。止まったOECD石油在庫の減少を再開するためです。OECD石油在庫の減少が止まったタイミングは、サウジが増産を示唆し生産量を大きく増加させた、OPEC総会で事実上の増産が決定した2018年5~6月ごろでした。
減産参加国が行う減産の具体的な目標の一つに、しばしばOPECの声明文に登場する「OECD石油在庫の減少」があります。
図3:OECD石油在庫の推移 単位:百万バレル
図3のとおり、2017年1月の減産開始以降、減産参加国の目標どおり、OECD石油在庫は減少し始めました。2016年半ばに31億バレルを超えていたOECD石油在庫は、2018年5月時点でおよそ28億バレルにまで減少。
急増前の平時の水準は25億5,000万バレルから27億5,000万バレル程度であるため、この状態に戻るには、少なくともあと5,000万バレル、欲を言えば、1億から2億バレル程度の減少が必要です。
しかし、2018年5月以降、OECD石油在庫の減少は止まっています。
制裁再開によるイランの生産減少分を見越して、6月のOPEC総会では減産順守率を100%まで引き下げる、つまり限定的ではあるものの、増産できることを決定。これを受けて、サウジは5月ごろから徐々に生産量を引き上げ、6月に急増、7~8月は急増した水準を維持。また、7月以降、イラクやUAE(アラブ首長国連邦)やクウェートも生産量を増加しています。
イランの生産量は確かに減少しているものの、相次ぐ増産国の出現のため、在庫が減少しにくくなっているようです。
このような状況において、“増産”を決定し、さらなる増産を推し進めれば、過剰在庫を減少させて、「世界の石油需給の安定化を図る」という元々の減産方針に反することになります。
これはすでに6月、事実上の増産を決定したことで形骸化の様相を呈しているものの、減産は2018年12月までは続くことになっています。ここで増産を決定すれば、自ら減産が名ばかりになっていることをなおのこと認めることになり、イラン制裁で消費国側の増産要請があったとしてもできなかったのだと思います。
自ら決めたことを自ら反故にすれば、発言力の低下につながるリスクがあります。
12月で減産が終了し、2019年1月から新しい体制が望まれる重要なタイミングだからこそ、発言力の低下リスクを避けたという意味もあると考えられます。
OECD石油在庫の減少が停止したことについて、米中貿易戦争の激化が消費を減らしたのではないかという考えもありますが、今のところ世界の石油消費は長期的には巡航速度で増加しており、2018年8月はこの20数年間の8月の中で最も多かったことが、EIA(米エネルギー省)のデータで確認することができます。
図4:世界の各年8月の石油消費量
減産順守率も増産への温度感低下を示す
JMMC(減産共同閣僚監視委員会)では、前月までの減産体制全体の減産順守率(※)が公表されます。
※減産順守率とは…2016年11~2月に減産実施が決定した際、ほとんどの減産参加国が各々生産量の削減量を決めており、その削減量をどれだけ守っているのかを示す値のこと。
減産順守率が100%であれば、決めた削減幅と同じ量を削減していることを意味し、100%を超えれば決めた量以上の削減を行っていることを、100%未満であれば決めた量の削減を行っていない、つまり減産を守っていないことを意味します。
図5はOPECのウェブサイトに掲載された過去のJMMCに関するニュースから抜粋した減産順守率の値をつないだものです。いずれも減産体制全体の減産順守率です。(2017年10月分は筆者推定)
図5:減産体制全体の減産順守率の推移
2018年9月23日のJMMCでは前々月の7月と前月8月の減産順守率が公表されました。
100%まで低下させ、増産を限定的に可能にするとした6月のOPEC総会での取り決めどおり、7月は110%割れまで低下しました。
ただ、逆に8月は129%まで上昇。増産が可能な中、ベネズエラの自然減とイランの制裁を前にした生産減少以上の増産が行われなかったことが分かります。
会合を機に存在感を高めた“拡大”OPECは、“情報バブル”を醸成してしたたかに戦う
2017年1月、OPECと一部の非OPECは合計24カ国(現在は25カ国)で減産を開始しました。その後、徐々に結び付きを強め、これを正式に「Declaration of Cooperation(共同宣言、以下DOC)」として打ち出しました。
DOCのもと、今年6月の総会で事実上の増産を決定したり、今回の会合で現状維持を決定したとき、原油価格がそれらの決定を受けて動く場面が見られました。このような出来事から、OPECはDOCを旗印として“拡大”しており、その規模の大きさを背景に、発言で原油価格を動かすことができる状態にあるとみられます。
発言の内容が増産、現状維持(増産・減産見送り)、減産のどれであっても、拡大したOPECの決定が、そのままそのときの原油価格に影響を及ぼす状況になりつつあります。現在行われている減産が2018年12月で終わったとしても、この拡大したOPECが2019年1月以降の原油市場を席巻し続ける可能性があります。
OPECが出した声明文などを基に考えれば、減産や増産といった生産調整を行うことの大義名分は、世界の石油供給の安定化と言えます。安定化と言えば聞こえはいいですが、つまりは、石油を持つという利点を生かして、持たざる消費国を相手に世界の石油市場を牛耳り続けるため、需給を人為的にだぶつかせたり、引き締めたりして原油価格を動かし、またはこれをほのめかしたりすることで、消費国よりも心理的に優位にあり続けることを目指していると考えられます。
今回の“現状維持”を消費国は“増産見送り”と受け止めました。増産をねだる消費国の願いを突き返して立場の優位性を保つという、拡大したOPECの思惑通りの結果だったと言えます。
また、消費国よりも優位にあり続けるためには、情報戦に勝つことが重要です。情報を出し渋る、出すタイミングをはかる、出す相手を厳選する、盛るなどで情報を操作することで「石油しかない国」が情報戦を優位に進めることができます。
原油関連の報道で「関係筋が◯✕通信に語った」という文字を毎日のように目にしますが、明らかに株式市場における企業の情報開示と趣きが異なります。匿名を条件に一部の重要な事実を知り得る人物が、特定の通信社に語ったと言うことであり、このような情報が原油価格を動かすきっかけになる場合があるのです。
このような事象は、石油市場で情報操作が行われていることを示唆していると筆者は考えています。
あるはずのない信用が過大評価されて貸付けが増え、さまざまな金融商品への投資が急拡大して膨らんだバブル経済のように、出し渋りや“盛り”がある可能性がある情報が、石油がないと成り立たない消費国において過大評価され、その評価が市場に反映されていくとう構図があると思います。
サウジアラムコのIPO(新規公開株)が中止になったのは、IPOやその後の上場維持に必要な正しい情報が出せない(さまざまな意味で)ことが大きな要因だったのではないかと事情に精通する専門家は指摘しています。筆者もそう思います。
今回の会合を経て、トランプ大統領へ真っ向反発をして存在感を高めた“拡大”OPECは、大きな規模と強い情報統制力を武器に、消費国の弱みを逆手に向こう3カ月間で起こるさまざまな重要イベント乗り越え、減産が終わった後もしたたかに戦っていくと見られます。
産油国にとって原油価格は高い方がよく、産油国は常々、価格を高くする施策を行う機会を伺っているという定説めいたものがありましたが、今後は、価格よりも、優位に立つために必要な発言力を優先し、産油国が下がった方が良いと思えば、原油価格を下げる場面が増える可能性があると考えられます。
逆オイルショックのような大規模な下落は、産油国がこうむる痛手も甚大なものになりますが、そのような大規模な下落をさせないことを含み、拡大OPECが原油価格を操作する姿勢に注意が必要です。
(吉田 哲)
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