サウジ記者殺害でリスク上昇も、上がらぬ原油価格のナゾの裏側
トウシル / 2018年10月29日 7時0分
サウジ記者殺害でリスク上昇も、上がらぬ原油価格のナゾの裏側
「中東情勢が悪化すると原油の供給量が減少する懸念が高まり、原油価格が上昇する」というこれまでの教科書どおりの説明が成り立たない場面が目立ち始めています。
サウジアラビア人記者殺害事件は、昨夜25日、事件に計画性があったとするトルコ側の調査内容を、サウジの検察当局が認めたと報じられました。少しずつ事件解明が進みつつありますが、やはりまだ、釈然としないムードが立ち込めています。サウジ、トルコはもとより、米国、欧州など、地理上や政治上の関わりが深い国々に波紋を広げ、サウジに投資をしている国や企業からも、その動向を案じる声が聞かれます。
このような中東情勢の混乱の中で、冒頭で指摘したように、なぜ原油価格が「中東情勢悪化→供給懸念の発生→価格上昇」という、これまでの価格上昇のシナリオ通りにならないのかと疑問に思われる方も少なくないと思います。
原油価格が上昇しない理由として考えられるのは、石油制裁開始を前にイランの原油生産量が減少傾向にある中、今週、サウジがイランの減少分を補うために増産する用意があると発言。また、米国金利の引き上げを強く意識した株安によって、将来の原油消費量が落ち込むのではないかという懸念も生じました。確かにこれらは、ここ2週間の原油相場の下落要因になったとみられます。
筆者はこれらの点に加え、原油価格を下落させている要因はもう一つあると考えています。サウジ人記者殺害事件です。つまり、中東情勢を混乱させている事象そのものが、原油価格下落の一因の可能性があるということです。
まずは、サウジ記者殺害事件が持つ特性と、事件が起きたタイミングを整理します。
図1:WTI原油価格(先物 日足)の推移 単位:ドル/バレル
サウジ記者殺害事件が持つ特徴、事件が起きたタイミングを整理することが重要
この事件は前回のレポート「サウジ・記者殺害疑惑が世界のリスクに。株価、原油、金に影響か」 の「サウジの記者殺害疑惑が世界規模のリスクに発展した過程」の項で指摘したとおり、単なる中東リスクではなく世界的な懸念に発展しました。世界的な懸念に発展したことが、この事件の特徴です。
そしてこの世界的な懸念が今後どうなるのか、重要なカギを握っているのが他でもないサウジです。懸念が払しょくされるのか、逆に影響が広がるのか、サウジの動向次第なのです。
そのサウジですが、実にさまざまな顔を持っています。例を挙げると「中東の大国」「世界屈指の原油生産国」「米国の同盟国」などです。
このため、サウジが懸念を払しょくすれば、中東の大国としても、世界屈指の原油生産国としても、米国の同盟国としても、さまざまな意味でサウジの国際的な立ち位置が上がるとみられます。逆もしかりです。
さらに留意したいのは、原油に関わる重要な2つのイベントが目前に迫っている点です。
11月5日のイラン石油制裁再開と、2019年1月の減産体制終了に伴う新しい産油国の体制のスタートです。
これらの重要なイベントを「安定した状態で、想定通り」始められるかどうかが、その後の世界の石油の需給バランスが引き締まるのか、緩むのかに影響を与えます。
そして、「安定した状態で、想定通り」始められるかを左右するのが、サウジが事件を好転させるか悪化させるかということになります。
これらの流れを示したのが図2です。
図2:サウジ記者事件の今後と原油相場について想定されるシナリオ
さまざまな顔を持つサウジへの信用度の上下が、原油価格の変動要因になる
「米国の同盟国」としてのサウジの立ち位置が不安定化すれば、ペルシャ湾をはさんでイランに睨(にら)みを利かせるサウジの圧力が低下し、イランの制裁逃れ(ヤミ増産・輸出)が起こる可能性が生じます。
「世界屈指の産油国」としてのサウジの立ち位置が不安定となれば、12月3日のOPEC(石油輸出国機構)総会、4日のOPECと減産に参加する一部の非OPEC諸国との会合で決定される、2019年1月以降の産油国の体制が、世界の石油需給を引き締めるものにならない可能性が生じます。
イラン石油再制裁、新体制スタートに、サウジは深く関わっています。そのサウジの事件への対応次第で、2つのイベントが展開する方向が変わるとみられます。
このように考えれば、事件がこれ以上の事態悪化を招くことなく解決、つまりトルコとサウジの認識が一致すれば原油価格は上昇。逆に事態が悪化、つまりトルコとサウジの認識の不一致がさらに深まれば、原油価格は下落、というシナリオを描くことができると思います。
つまり、現在の原油市場はこのような連想を織り込みつつあるため、中東情勢が混迷期にあっても原油価格が上昇していない、という事態になっていると筆者は考えています。
イラン石油制裁開始が、新しい産油国の体制の足並みを乱す可能性に留意
現在行われている減産(※)は2017年1月に始まり、2度の延長を経て2018年12月に終了する予定です。
※「減産」とは…複数の産油国が意図して同時に原油生産量を減らし、世界の石油の需給バランスを引締める施策。過剰在庫の削減などに効果有。現在、OPECと一部の非OPEC合計25カ国(米国は含まれない)は減産に取り組んでいる。
先述のとおり、12月上旬にOPEC総会およびOPEC・非OPECの会合があり、そこで来年2019年1月からの新体制が発表されるとみられます。このとき、サウジが記者殺害事件の影響を好転させ、収束に向かわせることができていれば、「世界屈指の産油国」「中東の大国」のリーダーとしてサウジが主導する体制となることが見込まれます。
逆に事態が悪化していれば、サウジに代わって例えばロシアなどが主導する体制ができる可能性が出てきます。
また、OPECの一員であるイランが石油の制裁に入るため、他の産油国と足並みが揃わず、体制全体が同じ方向を向かない懸念もあります。イランの石油制裁とOPEC総会で決まる新体制が関わっている点にも留意が必要です。
サウジ記者殺害事件の経過と、主なイベントのスケジュールの両方に注視する必要があります。
関連記事≫≫【特別対談】サウジ人記者殺害事件がリスク化!今後の世界経済と中東の真実
(吉田 哲)
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