「アセットアロケーション2019」で注目すべき7つのポイント
トウシル / 2018年12月4日 17時0分
「アセットアロケーション2019」で注目すべき7つのポイント
公的年金の基本ポートフォリオ改定
来年は「アセットアロケーション(資産配分)の年」である。「アセットアロケーションの年」とは筆者が名付けただけの読者には耳慣れない言葉のはずだが、5年に1度の公的年金の運用方針が見直される年だという意味だ。厚生年金・国民年金の150兆円以上の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする公的年金の運用方針について、大規模な見直しが予定されている。特に、「基本ポートフォリオ」で示されるアセットアロケーションがどうなるのかが注目される。
公的年金のアセットアロケーションが注目される理由の一つは、運用されている資金が大きく、株式市場の需給に与える影響に関心が集まるからだ。しかし、この点に関して個人投資家が注目する必要はあまりないと筆者は思っている。大きな資金主体が動くときは、短期的にある程度株価に影響するのだが、影響としては外国人投資家の売買動向のほうが影響力は大きい。また、短期の株価変動は市場全体の株式価値への評価によって後で調整されるので、中長期的な資産形成を目指す個人が「公的年金が買うから(売るから)買い!(売り!)」と反応することはやめたほうがいい。
あくまで注目して欲しいのは、公的年金がどのような前提条件からどのように作るかという「アセットアロケーションの作り方」だ。いうまでもないが、アセットアロケーションは資産運用の成否に対する影響が大きい。特に個人の場合は、アセットアロケーションを決めると、これを実現する運用商品でベストなのはどれかということがほぼ自動的に決まるので、アセットアロケーションを適切にかつ十分納得して作ることの価値のほうが大きい。
公的年金にあってどのようなアセットアロケーションが作られるのか、今から決めつけることはできないが、来年一年を通じて行われる検討について、注目して欲しいポイントをいくつか挙げてみよう。
7つのポイント
公的年金の「基本ポートフォリオ」は、現在「国内債券35%、国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%」でいずれの運用主体も共通だ。個々の運用主体が個別に検討したのではあるが、結果的に、最大の運用主体であるGPIFの基本ポートフォリオと共通のものを使うことになった。
今回の基本ポートフォリオ見直しにおいても、結果的に共通の基本ポートフォリオに落ち着く可能性はある。
しかし、筆者としては、GPIF、KKR(通称、国家公務員共済組合連合会と呼ばれ、筆者はこの連合会の運用委員会の委員を務めている)、地方公務員共済組合連合会、私立学校共済組合など、個々の運用主体がどのような理屈・前提条件・計算からアセットアロケーションを作ったのかを個別にながめてみて欲しいと考える。方針が決定されると、それぞれの運用主体のウェブサイトに「中期運用計画」のようなタイトルで、検討のプロセスと、基本方針を説明した書類が掲載されるはずだ。
こうした書類を読み込んで、その内容の適否を徹底的に考えると、個人投資家もアセットアロケーションで何がポイントなのかが分かってくるだろう。いささか厳しい言い方になるが、このような思考を通じてでしか真に自分で納得できるアセットアロケーションを作ることはできない。プロセスを理解できなければ、結局「誰か」が言うことを「信じる」しかなくなるが、これではつまらないと思う投資家も少なくない。
アセットアロケーションで何がポイントなのかを考えるためには、プロ(正確には、基金の運用担当者、年金コンサルタント、委員会の委員である有識者)の作成プロセスはいい材料となる。
もちろん、プラス面で参考になる知識やデータもあるし、おそらく「これは真似しないほうがいい」という反面教師的な要素もあるだろう。
以下、公的年金のアセットアロケーション策定を検討する上でのポイントを7つ紹介しよう。
1. 国内債券の期待リターン
公的年金のアセットアロケーションの作成プロセスで一番興味深いのは、少し意地が悪いかもしれないが「国内債券」の期待リターンだ。
これを、(1)現状で得られる債券利回りに従って「ほぼ0%」と見るのか、(2)「20年」といった運用計画期間を想定して1〜2%程度の現状よりも高い長期平均利回りを想定するのか、(3)政府が目指すデフレ脱却が上手く行った場合の債券利回り上昇(価格は下落)を予想してマイナス利回りを期待リターンとするのか、いずれであるかが大変興味深い。
現時点での筆者の意見を言うと、運用方針を将来20年間の平均で考えるような想定はいかに公的年金の資金が大きいとはいえ「明らかに間違っている」ので、(2)は却下されるべきだ。(1)と(3)のいずれか、あるいはその間を取るのが現実的だが、加減が難しい。
運用計画期間の想定、政府の経済見通しに対する態度などにより答えは変わる。さて各々の基金はどう考え、どう説明するのか興味深い。
なお、個人投資家の大半は、ポートフォリオを低コストで素早く動かすことが可能なので、1年程度の計画期間のもと、ほぼ(1)を前提として考えていいだろう。
2.政府の中期経済見通しの扱い
公的年金のアセットアロケーションは、まず内閣府が中期経済見通しを作成し、各基金の主務大臣(GPIFであれば厚生労働大臣)が、この経済見通しを参考に運用計画を作るように指示することで検討開始される。
経済見通しの前提がケースAからケースHまで8通り提示される。これが話題となった前回の検討プロセスを覚えている読者もいるだろう。
しかし、率直に言って、政府の中期的経済見通しは運用計画の基礎とするには「全くアテにならない不確かなもの」だ。
見通し策定の主体が政府であってもなくても「経済の予想」は難しい。まして、中長期の予想など、前提条件と数字付きの「創作物語」に近く、政府が発表する予想には政治的な建前が入る。たとえば、前回の予測では、デフレ脱却が上手くいって2%のインフレ目標が達成されるシナリオのウエートが大きかったが、現実はそうなっていない。
常識のあるファンドマネージャーなら、特定のマクロ経済の見通しを100%信じてアセットアロケーションを作るようなことはない。
公的年金は、政府の経済見通しに気を遣う必要がある一方で、運用計画は現実的なものを作らなければならないので(筆者は100%後者に集中したいと思っているが…)、この辺りのバランスをどう取るのかは、部外者から見て面白いはずだ。
個人投資家は、ここでは「見物」するだけでいい。「経済予測に基づく(と称する)運用計画」が頼りないものであることを実感してくれるとなおいい。
3.内外株式の期待リターン
株式というアセットクラスの期待リターンがどのくらいなのかということに、ほとんど全ての投資家が興味を持っているのではないだろうか。公的年金の「コンサルタント」や「有識者」その他が、どのような数字をどのような根拠で持ってくるのか注目しよう。
しかし、実のところは「株式の期待リターン」について自信を持って提示できる人など(少なくとも知識が確かな専門家は)どこにもいないのが現実だ。
過去のケースから判断すると、リスクフリー金利に4%から6%を足したくらいのリターンがおおよその「相場」である。
個人投資家は、「大変大きい訳ではないが、ある程度の大きさのプラス」が株式の期待リターンだと考えるしかない現実を受け入れて、世間の「相場」を眺めてみるといい。
4.「リスク」の扱い方とデータ
アセットアロケーションは期待リターンだけでは決められない。リスクの前提条件が必要だ。
リスク(各資産クラスのリターン標準偏差と相関係数で表すことが多い)の推計では、ある程度過去のデータが参考になるというのが運用業界のコンセンサスだが、どこからどのようなデータを持ってくるのかについては、公的年金でも運用主体によって差がある。
筆者は、自分が運用委員を務めている国家公務員共済組合連合会が使っているリスクの数字が、個人投資家の参考にもなるのではないかと思っているのだが、投資家の皆さまには、この際「リスク」についても、前提条件は一通りでないことなど、アセットアロケーションの前提条件に関する現実を知っていただけたらいいと思う。
5.外国債券の扱い
先ほどご紹介した現在の公的年金の基本ポートフォリオにあって、筆者が「弱点」かもしれないと思うのは「外国債券」に割り当てられた15%だ。率直に言って、現状で外国債券は、リスクに見合うほど期待リターンが高くないように思われる。筆者は、現状で個人投資家に外国債券への投資配分をすすめない。円安への備えは、外国株式と国内株式で十分であるばかりか、現実的にはむしろ実質的な為替リスクの大きさが現在の基本ポートフォリオの大きな悩み所の一つになっている。
もっとも、前提条件の置き方や計算の考え方によっては、債券を組み入れるべきだという結論もあり得るので、各運用主体の外国債券に対する考え方に注目してみて欲しい。
6.外国株式と国内株式の扱い
アセットクラスとしての「外国株式」と「国内株式」の期待リターンを比較した場合に、外国株式に対してより高い期待リターンを想定している運用主体が多い。リスクの前提にもよるが、外国株式に対する配分ウエートが国内株式に対する配分よりも大きくなる場合があってもまったくおかしくない。
最適な配分を計算する際に「国内株式≧外国株式」という条件を付けるのは、運用の考え方として明らかにおかしい。しかし、そうした考え方をアセットアロケーションに持ち込む運用主体があるかもしれないので、その際の理由も含めて、運用計画に注目して欲しい。
7.オルタナティブ運用・ESGなどの扱い
運用計画を策定する度に「変化」を作るのは大変なのだが、基金の関係者は自らの存在価値をアピールするために「新しいアイデア」を運用計画に取り込みたいと思う傾向がある。そして、それ以上に、そうした傾向をより利益性の高いビジネスにつなげたいと意図する運用会社や広義の年金サービス業界(運用コンサルタントなど)が存在する。
新しさがあって手数料率が高いのは、たとえば、ヘッジファンド、プライベートエクイティ、商品ファンド、仕組み商品などの「オルタナティブ運用」だ。こうしたものの一部には、(1)単なる投機でなく投資と位置づけることができる、(2)手数料率がリーズナブルで、(3)年金基金側で運用者の管理が十分できる、(4)年金加入者に対する説明責任を完全に果たせるようなものが「あるかもしれない」。
しかし、企業年金などを見ると、しばしば年金運用として最低限必要な上記の4条件を満たさない運用が採用されることがある。端的にいうと「ビジネスに取り込まれた」ということだ。
また、ESG投資(社会的責任投資)などのポートフォリオの効率性を損なう可能性がある「新奇なコンセプト」に公的年金が取り込まれないかという点についても注目しておきたい。
個人投資家の運用の参考になるテーマではまったくないのだが、運用関連業界のビジネスの(必ずしも良くない)たくましさを理解する上で注目すべき材料になる可能性がある。
もちろん、筆者個人は、公的年金の運用がこの種のビジネスに取り込まれないで、説明責任を十分果たすことができ、さらに低コスト運用に集中することを望んでいる。
オルタナティブ運用などについては、個人はただ見物するだけでいい。運用業界のビジネス構造を理解する上での参考になるかもしれない。
今のところ、追加的に運用への一部組み入れを検討するに値するのはREIT(不動産投資信託)くらいだろう。
(山崎 元)
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