長短金利は11年ぶりの逆転。景気後退シグナル、今回は偽モノか?
トウシル / 2018年12月7日 15時12分
長短金利は11年ぶりの逆転。景気後退シグナル、今回は偽モノか?
長短金利逆転はリセッション入りの前触れか
12月4日の市場では、ダウ平均株価は約800ドルの急落となりました。米国債3年物の利回りが高く、5年物の利回りが低くなるという、長短金利の逆転が11年ぶりに発生。これが将来のリセッション(景気後退)入りのシグナルととらえられ、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領追悼で翌日の市場が休場だったこともダウ急落を後押ししました。リセッションによって貸し出しがこげ付いたり、長短金利差の縮小、逆転で金利収入が確保できなくなるとの懸念から、特に銀行株セクターは軒並み5%近く下落しました。
しかし、そもそもこの長短金利逆転、本当にリセッション入りを占うにあたって正しいシグナルなのでしょうか。
米国長短金利逆転と景気後退のメカニズムとは?
確かに過去50年を振り返ると、米国債2年物と10年物の利回りの逆転が起きると、しばらくしてリセッションが訪れるというパターンが繰り返されています。ただ私はこういうパターンが観測できるとき、単に「長短金利逆転=リセッション」と決め付けるのではなく、なぜ長短金利が逆転するとリセッションが訪れるのか、きちんと理解することの方が重要だと考えています。
それでは長短金利が逆転するとなぜリセッションが訪れるのか? それはズバリ「銀行が貸し出しをできなくなる=経済に血液が回らなくなる」からです。
ご存じの通り銀行というのは基本的に、短期の資金を調達して長期で貸し出すビジネスをしています。通常、短期金利が長期金利よりも低いので、これが銀行の利益につながります。しかし、短期金利が上昇し長期金利との差が縮小すると、銀行は貸しても利益が出ないので、貸し出しを控えるようになります。
前段に長短の利回りが逆転すると「しばらくして」リセッションが訪れると申し上げましたが、こうして銀行全体に貸し出しを控える動きが広がり、それが経済に影響を与えるようになるのに時間がかかるので、リセッションは「しばらくして」訪れるようになるというわけです。
これを理解した上で、米国債3年物と5年物国債の利回りや2年物国債と10年物国債の利回りが本当にリセッション入りのシグナルとなるかを考えてみたいと思います。
米国長短金利逆転=景気後退ジンクス、今回は当てはまるのか?
結論から申し上げると、私は「たまたまそうなっただけと言えなくもない」と考えています。というのは現在の経済状況で、本当に銀行が貸出しを控えていく可能性はあるのか?ということです。米大手銀行の直近の財務諸表を見ると、おおむね、調達金利は1%弱、貸出金利は4%弱というのが平均的な姿で、米国大手銀行は3%近い金利差を確保できています。そして景気が好調なため、金利上昇にもかかわらず貸し出しは順調に伸びています。
この3年近くでFF(フェデラル・ファンド)金利は2.25%上昇しましたが、銀行の調達金利はせいぜい1%弱の上昇です。その一方で貸出金利はほぼ政策金利に連動して上昇してきましたから、現在、銀行にとっては近年まれに見る、理想的な収益環境なのです。
大手銀行の総資産利益率は金融危機以降着実に上昇してきて、直近の決算ではJPモルガンで3.3%、バンク・オブ・アメリカで2.9%といずれも金融危機後の最高水準となっています。実際、その辺の米国の銀行に行っても預金金利はせいぜい0.5%しか付きません。しかし貸出金利は着実に上昇しているのですから、今、銀行の経営者は笑いが止まらないのではないかと思います。貸し出しを控えるどころか、「借りたいならいくらでも貸してやるよ」という状況でしょう。このような状況の中で近々リセッションが訪れるとはとても思えません。
要するに重要なのは、2.8%近辺の2年債利回りでも3年債利回りでもなく、現在銀行が調達できている短期の金利水準は0.8%近辺なのです。そして、3%割れで推移している10年債利回りではなく、貸し出しできている金利の水準は3.8%近辺だということです。
この先、数回の利上げが織り込まれて高い水準となっている2年債や3年債の利回りを見るのもミスリードなら、銀行に貸出先がなくなって10年物国債でしか運用できなくなっている状況を想定するのもミスリードだということなのです。そして過去、このような国債利回りの逆転からしばらくして、リセッションが訪れたのは「たまたま」その後も金利の動きが行き過ぎて、銀行の調達、貸出金利に影響を及ぼす水準にまで到達したから、と考えるのが自然だと思います。
偽のシグナルの中の注目すべきチャンスは?
株式相場が下落すると、人々は下落している理由を必死に探し始めます。「自分が知らない悪材料を先に知っている投資家が売ってるのではないか」と不安になるからです。
そしてその不安はメディアに対する情報提供の需要増加という形で表れます。視聴者も購読者もクリックも増えるでしょう。メディア業界が下落局面を優先的に取り上げるのはこのためです。そういう点では「11年ぶりの3年物と5年物国債の利回り逆転」はそのように不安になった人々の需要を満たすための格好の材料だったのでしょう。
しかしこのような偽のシグナルにだまされていては、投資家として長期的にリターンを上げることはできません。むしろ注目すべきは今回の銀行株下落によって提供されているバーゲンセールの機会だと思います。JPモルガンの時価総額の6%近くに及ぶ自社株買いと3%近い配当、バンク・オブ・アメリカの8%近くの自社株買いと2.2%の配当などなど。長期的投資の観点から見れば、これらこそ本物のシグナルだと考えています。
(2018年12月4日記)
▼いま警戒すべき市場リスクは?
特集・世界景気減速か!株安リスクを読む
(堀古 英司)
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