消費税増税の延期はあるか?前編:物価と経済成長と財政運営から考える
トウシル / 2019年5月20日 16時39分
消費税増税の延期はあるか?前編:物価と経済成長と財政運営から考える
トランプショック、景気動向指数悪化で飛び出した増税不要論
10連休明けから、トランプショックで株式市場も為替市場も揺れています。マーケットだけでなく、日本国内の景気も不安な状況で、内閣府「景気動向指数」が6年2カ月ぶりに「悪化」に下方修正されました。
2019年1-3月期の実質GDPの成長率(年率)は年率2.1%と思いのほか強い数字になりましたが、内需は振るわず、外需は輸出以上に輸入が減少している心許ない内容です。
「このタイミングで消費税を10%に引き上げて大丈夫か?」という声が強まっています。こうした経済情勢に加えて、「MMT」という聞き慣れない理論を背景にした増税不要論も飛び出し、消費税増税を巡る議論は複雑になっています。
■消費税増税の延期はあるか?
前編:物価と経済成長と財政運営から考える
後編:財政問題と国債格付けと景気悪化を再検証
消費税、タバコ税、国民年金保険料・・・国民の負担を整理
100ドル札の肖像になっているベンジャミン・フランクリンは「死と税金からは逃れられない」と言ったそうですが、消費税だけではなく、酒やガソリンなど、個々に税金が課せられている品も多々あります。タバコは現在千本当り1万3,244円のタバコ税が課せられていますが、2020年10月1日から1万4,244 円に、2021年10月1日から1万5,244円に引き上げられ、増税率は2年間で15%にもなります。
こうした商品は購入者が限られていたり(酒やタバコ)、価格変動が激しかったり(ガソリン)、あるいは、そもそもの税負担額を把握している人が少ないので、課税があまり議論になりません。
また、多くの国民が支払っていて、しかも、じわじわと支払額が増えているのに、国民年金保険料は消費税ほど議論が盛り上がりません。前回、消費税が引き上げられたのは2014年4月。当時の国民年金保険料(2014年4月~2015年3月)は1万5,250円でしたが、2019年4月~2020年3月は1万6,410円と5年間で7.6%上昇しています。
負担額を比べると、国民年金保険料や厚生年金保険料、国民健康保険料などの家計負担(被保険者拠出)は35.6兆円、消費税は17.6兆円なので、社会保険料の負担額と比べて、消費税は約半分の負担です(厚生労働省「社会保障の給付と負担の現状」、財務省「一般会計税収の推移」(2018年度予算ベース)。
消費税不要論とMMT(現代貨幣理論)って何?
消費税は分かりやすい形で課せられ、日々の買い物のたびに負担額に気づくので、様々な税金・公的負担の中でも特に不人気です。あまりに不人気のためか、とうとう、MMT(現代貨幣理論)と結びついて、増税延期論だけではなく、消費税引き下げやそもそも消費税は不要という意見まで出てきました。
MMTとはModern Monetary Theoryの略で、自国通貨建ての政府債務はデフォルトしないため、政府は財政赤字や債務残高などを気にせず、景気を安定させるために財政政策を行うべきで、留保条件として、インフレが進みそうだったら、財政政策を変更する、ということのようです。
“ということのようです”とは、歯切れが悪いですが、MMT賛成派の間でも整合的・体系的な理論が構築されておらず、近い意見を集めて、おおむねこういう感じというぐらいにしか纏められないからです。
賛成派の間で整合的・体系的な理論がない点については、いわゆるリフレ派も似たり寄ったりですが、MMTについてはリフレ派も主流派の経済学者も反対しているだけではなく、日本でも米国でも、政治家や中央銀行関係者、あるいはウォーレン・バフェットといった投資家、ラリー・フィンク(資産運用会社ブラックロックCEO)など、大御所・有識者がこぞって反対しています。経済学の議論は賛否両論あることがほとんどですが、ここまで圧倒的に反対派が多い理論も珍しいと思います。
雇用とインフレと徴税の調整・・・壮大な社会実験
マクロ経済学で景気を安定させるといった場合、失業率を重視します。世界恐慌を受けてケインズ経済学が誕生したという歴史的経緯と、影響力の強いFRB(米連邦準備制度理事会)が「物価の安定」だけではなく「雇用の最大化」も求められているという背景があります。
雇用を最大化すると言った場合、失業率をゼロにするのではなく、NAIRU(Non-Acceelerating Inflation Rate of Unemployment)という「インフレを加速させない適度な失業率」を想定します。ですが、MMTがNAIRUを目指すのか、それを多少超えても問題ないと考えているのか不明です。
そもそも、学派によっては、長期的に見れば、インフレ率とは関係なく失業率が決まるという説もありますし(人口動態などを考えると、日本では該当していそうです)、NAIRUの失業率が何%なのか、確定的な数値は分かりません。
だからこそ、明らかな不況の場合は積極的に財政支出を拡大しますが、それ以外の場合は、様子を見ながら少しずつ金融政策で調整するという経済運営が主流です。
ケインズの有効需要の原理は、大恐慌を背景に誕生した理論なので、深刻な不況には有効ですが、通常の景気循環や景気の微調整(ファインチューニング)に財政政策がどれだけ有効かは、意見が分かれるところです。財政政策は、認知ラグ・決定ラグ・執行ラグが大きいため、機動的な運営には限界があると考えた方が良さそうです。
積極財政でNAIRUよりも失業率が下がれば、インフレは加速しますし、予算は執行のタイミングがずれるので、財政政策を急転回しても慣性があるでしょう。また、経済には新陳代謝があり、生産性の低い会社から高い会社に労働者が移動する際は、どうしても摩擦的失業が生じます。それを無理に減らそうとすると、不採算企業が温存されて、経済全体の成長率が損なわれる可能性があります。
放漫財政の挙句、経済成長率が金利よりも低ければ、利払い費用で財政赤字はどんどん増加しますし、その際、いつまでも金融機関が国債を購入してくれるという保証はありません。中央銀行が国債を直接引き受ければ大丈夫という反論もありえますが、そこまで行ってしまうと、自国通貨ではなく、外国通貨での決済が好まれるようになり、急激な自国通貨安と輸入物価の上昇、インフレが進むでしょう。
国は徴税権を持っていますが、政治的な事情で特定の層の徴税が疎かになったり、あるいは、民主的な法の支配の下で、私有財産の保護が国家の強権発動を妨げたりと、好き勝手に税金を取れるわけではありません。古代から独裁的な国家でさえも、税収不足で財政破綻した例は枚挙にいとまがありません。
MMTはケインズ経済学の系譜という触れ込みです。「政治家も官僚も公正無私で優秀」というハーヴェイロードの前提が成立して、経済成長率が金利を上回り、通貨の信認が崩れないといった特殊な条件を満たし、それが継続すれば機能するかもしれませんが、日本は、すでに異次元緩和の短期決戦に失敗していますし、これ以上の社会実験は無謀でしょう。
■消費税増税の延期はあるか?
前編:物価と経済成長と財政運営から考える
後編:財政問題と国債格付けと景気悪化を再検証
(鈴木 卓実)
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