日本の物価は上がるのか、下がるのか?
トウシル / 2017年8月30日 18時0分
日本の物価は上がるのか、下がるのか?
金融政策発言なしでも動く、為替市場
マーケットが注目していた8月25日の米ジャクソンホールでの講演。イエレンFRB(連邦準備制度理事会)議長、ドラギECB(欧州中央銀行)総裁からは、マーケットが期待していた金融政策についての踏み込んだ発言はなく、無風でした。しかし、為替のほうは風が吹いたようです。
ドル/円は、イエレン議長が利上げに触れなかったことからドル安に、ユーロ/円はドラギ総裁からユーロ高懸念が示されなかったことで、ユーロ高となりました。
しかしこれは、ドル/円も、ユーロ/円も期待が外れたことへの動きであり、積極的な反応ではないようです。
CME(シカゴ先物市場)のIMM(国際通貨市場)の通貨ポジションから見ると、円は積み上がっている売りポジション解消の方向ですが、ユーロは買いポジション積み増しの方向です。ユーロは行き過ぎであり、やや買い過ぎかもしれません。今後、ユーロ高けん制発言が出れば、積み上がり過ぎたポジション解消の動きが出るかもしれません。ユーロが売られると、ユーロ/円も売られ、その影響でドル/円も売られる可能性があるため、今後はドラギ総裁や欧州金融当局者の発言には注意が必要です。
世界の物価動向は今
さて、イエレン議長もドラギ総裁も金融政策への言及を避け、出口戦略に慎重な姿勢を見せたのは、市場に動揺を与えることを避ける狙いだけではなく、物価の上昇にまだ確信を持てないことが背景にあるようです。
米国は春から物価が鈍化しており、ドラギ総裁も欧州の物価停滞を懸念している状況です。やはり、今後の金融政策は物価動向が最も大きな要因になりそうです。日米欧の物価は上がるのか、上がらないのか、あるいは下がるのか。その動きによって金融政策の方向や政策決定ペースが決まってきますが、この8月後半に入って、次のような物価動向を左右する記事が新聞をにぎわしています。
物価が上がりそうな話
- 8月に入り、関東や東北を中心に記録的な長雨と日照不足が続いたため、野菜の価格が上昇。平年と比べてピーマンは86%高、キュウリは79%高。ネギやキャベツも20~30%高となっている。9月に入るとキャベツなどは値が下がり、例年並みとなるそうだが、ピーマンやキュウリは9月に入っても高止まりとのこと。
- 焼き鳥居酒屋チェーンの「鳥貴族」は8月28日、全品を10月1日から値上げすると発表。フード・ドリンクとも280円均一を298円に引き上げるとのこと。安さを売りに成長してきたが、人件費の高騰や、天候不順で国産食材の仕入れ価格が上昇したことが値上げの背景。値上げは、1989年以来、28年ぶり。
これらは、天候不順と労働力不足が値上げの背景です。
日本のCPI(消費者物価指数)は、生鮮食品を除く物価指数が最も注目されています。生鮮食品は天候によって左右されるため、物価の基調を見るためには生鮮食品を除いた物価指数が重要との考え方です。しかし、9月も野菜価格が高止まりとなると、物価押し上げが続く総合指数への注目も高まりそうです。
また、人出不足は賃金を上げ、製品や販売価格を押し上げる要因になりますが、いまだ正規雇用者の賃金上昇が十分でないことから、日本の物価全体を押し上げることには至っていません。
黒田総裁もジャクソンホールでの講演の出番はなかったようですが、直近の日銀金融政策委員会で2%目標達成時期を先延ばししたばかりであり、まだまだ2%達成は遠いとの認識のようです。一方で、値下げの話も相次いで新聞紙面をにぎわしています。
物価が下がりそうな話
- 家具チェーン世界最大手のイケアの日本法人イケア・ジャパンは、8月24日から全商品の9%に相当する約890品目を平均22%値下げすると発表。住宅着工数が減少し、家具市場が伸び悩む中、ニトリとの競争も激しくなってきたため、2016年8月期の売上高が前期比2% 減と苦戦したことが背景。
- スーパーのイオンも8月23日、グループの約2800店でプライベート・ブランドの食品や日用品114品目を値下げすると発表。下げ幅は平均で10%とのこと。イオンは、昨年の秋と今年の春にも約520品目を値下げしている。
- 8月25日には、総務省がCPIに格安スマートフォン(スマホ)の料金を反映させる検討を始めるニュースが掲載された。記事によると来年1月分のCPIから反映させる意向。現在、NTTドコモなど大手3社の料金をもとに、携帯電話の通信料がCPIに反映されている。2014年4月時点では0.6%だった格安スマホのシェアが、2017年3月時点では7.4%と急増しているため、格安スマホの通信料金も反映させるとのこと。
携帯電話の通信料がCPIに占める割合は生鮮食品を除くベースでは2.4%と、家賃や電気代に続く大きさで、物価に与える影響は大きい。しかし、総務省は「(調査対象を入れ替えても水準が変動しないように調整するルールがあるため)ただちに物価水準が下がることはない」と説明。
野田聖子総務大臣は8月21日のインタビューで、「格安スマホが急激に増えている。(値下げ競争が激しくなっており)結果は出ている」と評価。その上で「利用者の立場に立った値下げはまだ可能だ」との認識を示し、携帯大手3社に対し通信料のさらなる値下げを促す考えを強調。
- ハリケーン「ハービー」がテキサス州メキシコ湾を直撃。メキシコ湾岸地域は製油所が集中しており、米国の石油の約半分を精製。エクソンモービルやシェルなど複数の製油所が閉鎖され、米精製能力の約15%が停止の状況。製油所の停止によって原油需要が減少することと、精製所の原油在庫が減らないことから原油価格は下落。一方で製油所からの供給が絞られる懸念からガソリン価格は上昇した。
格安スマホの料金をCPIに反映させるという話は、調整ルールがあるため影響はないとのことですが、来年1月から格安スマホの料金がさらに下がれば影響は出てきます。野田大臣も値下げはまだ可能との認識を示していることから、携帯大手3社も含め、もう一段の値下げはあるかもしれません。そうなれば来年以降のCPIの押し下げ要因になるかもしれません。
ハリケーン「ハービー」の影響によって原油価格が下落したのは驚きました。2005年にメキシコ湾を直撃したハリケーン「カトリーナ」のときは、原油は上昇しました。なぜ、今回は原油が下落したのでしょうか。
「カトリーナ」の時は原油リグ(掘削装置)が影響を受けたため、供給懸念から原油が上昇したのですが、今回は精製施設への打撃だったことから、精製所の原油需要が減るため、原油価格が下がるとの見方です。しかし、それだけではないようです。シエールオイルの生産が当時と比べて1.7倍に急増していることも背景にあるようです。
一方でガソリン価格は一時7%上昇し、今後も上昇するとの見方が大勢です。車社会の米国ではガソリン価格が1セント上がると、個人消費が年間10億ドルの影響を受けると言われています。今後も大雨が長引けば、被害も拡大し経済への影響も大きくなってきます。そこにガソリン価格の上昇による消費への影響、加えて原油下落による物価への影響となると、米国の景気は足踏みし、物価は上がらず、FRBの出口戦略にも影響が出てくることが予想されます。ハリケーン「ハービー」の影響や原油動向は今後も注目していく必要があります。
物価は上がるのか?
値上げと値下げ、逆方向の話が同じ時期に出ています。おもしろい現象です。
今後もこういった値上げや値下げの話題が出ることは予想され、今後の物価動向を探るためには注意しておく必要があります。物価動向が金融政策決定の時期や内容に影響を与え、為替相場に影響を与えてくるからです。
しかし、どちらの現象が正しいのでしょうか。値上げや人出不足の話も多いですが、黒田総裁が物価の上がらない要因として挙げている携帯料金低下と、原油下落が再び登場しようとしています。
このような状況をみると、何となく物価はまだまだ上がらないのだなと思わせる話が多いような気がします。こういった思い込みは、相場に臨む姿勢としてはご法度ですが、値上げと値下げ、どちらかに軸足を置いて動向を探っていくのも、相場観を鍛えるひとつの方法かもしれません。
(ハッサク)
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