トランプ式・世界同時株安のトリセツ。基準はS&P500の年初来成績。用法ミスで大統領陥落も
トウシル / 2019年8月7日 16時37分
トランプ式・世界同時株安のトリセツ。基準はS&P500の年初来成績。用法ミスで大統領陥落も
再び世界株安。トランプ大統領には想定内?
米国と中国の貿易摩擦が再燃し、8月5日は米ダウ工業株30種平均が今年最大の急落に見舞われるなど世界同時株安となった。6日のダウは6営業日ぶりに反発し、世界の株式市場はいったん落ち着きを取り戻した形だが、米国が対応を誤れば日本も含めた世界経済の混乱に陥りかねない。
混乱の発端はトランプ米大統領による中国への制裁関税「第4弾」の発動表明であり、混乱の原因は人民元レート低下による「通貨戦争」への恐怖感だった。
トランプ氏は8月1日に突然、中国からの輸入品3,000億ドル相当に9月から10%の関税を課すと発表した。中国政府は強硬姿勢に傾き、中国企業による米国産農産品の一部輸入停止に言及したのだが、これだけでは貿易摩擦の長期化が懸念されても、世界中で株式の投げ売りを誘うほどのインパクトはなかったかも知れない。
投資家が驚いたのは人民元の対ドルレートの低下である。中国の通貨当局が毎日公表する「基準値」が5日、1ドル=6.9225元の元安・ドル高に設定し、取引レートは市場で絶対防衛ラインとされてきた1ドル=7元の節目を2008年5月以来およそ11年ぶりに割り込んだ。
米政府はすかさず、中国が貿易のために通貨を操作しているとして「為替操作国」に認定すると発表した。中国政府は為替操作国の認定に反発しているが、中国人民銀行(中央銀行)は米国の保護主義に言及しており、米国に対抗する意図は明らかだった。
これを受けて金融市場はリスク回避一色に振れ、米ダウは767ドル安と今年最大の下げ幅を記録。欧州や中国、日本でも株価が下落した。韓国ウォンが3年半ぶりの安値を付け、フィリピン・ペソやマレーシア・リンギ、メキシコ・ペソなども新興国通貨も軒並み下落する一方、退避先通貨として先行される円が買われ、1ドル=105円台まで円高が進んだ。
中国制裁の伏線は、米国株の最高値?
世界の金融市場は大混乱したが、トランプ氏には全て想定内だったのだろう。
というのは、米国が中国製品に10%の輸入関税を掛けた場合、米国内での競争力を保つには人民元安・ドル高に誘導するのが手っ取り早い。米国は対中貿易戦争を仕掛けた時点から中国政府による人民元安政策をしばしば牽制しており、人民元レートの安値設定を予想していた可能性が高い。高関税を課すことで中国を為替操作に追い込む戦略だったと考えれば、人民安を仕掛けたのは中国ではなく米国とみた方が自然ではないか。
一見唐突に見える対中関税第4弾の発表だが、伏線はあった。米国株の史上最高値更新とその後のFRB(米連邦準備制度理事会)の金利引き下げの「出し惜しみ」である。
米国では大統領支持率と株価が強く連動する。しかも実業家出身のトランプ氏の周囲を固めるのは金融業界と軍関係者と言われ、株価の動向を政策運営に反映させる点では、歴代大統領の中で筆頭格だろう。
S&P500は暴落の8月5日でも年初来+13.5%
7月23日にはダウが史上最高値を更新し、26日にはナスダック総合指数とS&P500種指数も最高値で引けている。一方、米国株が急落した8月5日時点でも、ダウは昨年末比10.3%、ナスダック総合指数は16.4%、S&P500は13.5%の値上がりで、いずれも2ケタ上昇をキープしている。7月下旬の株価上昇がショック安の「のりしろ」となった形だ。
しかも、FRBは7月31日に0.25%の金利引き下げを実施し、市場に年内追加利下げ観測を強く植え付けた。トランプ氏による0.5%の金利引き下げを拒んだ点だけをみれば、トランプ氏の敗北と解釈できるが、株安時の緩衝材となる追加利下げ観測の強まりはトランプ氏にとって好都合でさえある。
今年5月も同様の展開だった。5月3日公表された4月の雇用統計は失業率が49年ぶりの水準に低下し、景気の目安とされる非農業部門の新規雇用者数は市場の事前予想の1.5倍だった。その3日後にトランプ氏は制裁関税を発表している。まず「のりしろ」を確保し、その上で市場の混乱を招く施策を打ち出すのがトランプ氏の戦術と言えそうだ。
トランプ氏の対中戦略のベースが景気や株価だとすれば、注目すべきはS&P500だろう。投資大国の米国で最も大きいETF(上場投資信託)は「スパイダー(略称SPDR)」。米ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズが運用するS&P500連動型ファンドで、純資産額は約30兆円と世界最大を誇る。
来年11月の再選を目指すトランプ氏にとってSPDRの運用成績がマイナスに転落することは支持率低下に直結しかねず、S&P500の前年割れ回避は隠れた至上命題だろう。一方、株価が上昇すればするほど、トランプ氏には強硬な対中政策が可能になるとも言える。
最悪のシナリオはトランプ氏が株価動向を読み違えた場合だろう。これまでは株価を味方につけてきたが、米国の景気指標は徐々に悪化している。株価下落の「のりしろ」を確保したつもりで対中攻勢を強め、株価が下げ止まらなかった場合、トランプ氏は支持を失う。トランプ氏が進めてきた株高政策への信頼感が後退すれば、株価の大幅下落が待っている。
株安を受けた政府・日銀の緊急会合の中身は?
一方、政府・日銀は急激な円高など市場の混乱を受けて8月1日と5日に緊急会合を開いた。財務省に日銀と金融庁の幹部が合流し、対策を話し合ったことになっているが、関係者によれば「デモンストレーションのようなもので、実効性はゼロに近い」という。
会合では、日銀と金融庁から海外市場の現況や主要金融機関の資金繰りなどについて報告があり、円高が政府の成長戦略のリスク要因になり得る点を財務省が指摘。その後は緊密な情報交換を確認する――というのが緊急会合の流れだ。
G20(主要20カ国)首脳会議などで為替介入が事実上封じられており、円売り・ドル買い介入は現実的ではない。「政府と日銀が一体になっていることを示す儀式」との指摘もあり、「政府・日銀が緊急会合開催」の一報だけでは相場は動かなくなりつつある。
(トウシル編集チーム)
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