今や大豆は政治的武器。米中貿易戦争に翻ろうされる大豆の行方は?
トウシル / 2019年9月30日 15時4分
今や大豆は政治的武器。米中貿易戦争に翻ろうされる大豆の行方は?
米中貿易戦争の激化をビジネスチャンスととらえる“ブラジルのトランプ”
先週、ブラジルの大統領ボルソナロ氏が国連総会で行った演説が話題になりました。
8月に国際的な問題として大きく報じられた後も、いまだに鎮火が宣言されていない大規模なアマゾンの熱帯雨林のおける森林火災に関連し、ブラジル国内での森林火災は国内問題であり、他国に干渉されるものではない、アマゾンの熱帯雨林を「地球の肺」とする表現は誤りである、などと発言しました。
“ブラジルのトランプ”と呼ばれる同大統領は、地球規模の環境問題に発展しているにも関わらず、これまでも、森林火災について内政不干渉を訴えたり、アマゾンの熱帯雨林は同国経済が発展するための資源だと発言したりしてきました。
耕作地や放牧地を開墾するために行われる“野焼き”が火災の直接的な原因とされていますが、経済発展を重視するボルソナロ氏が昨年2018年10月に就任して以来、この野焼きが急増しています。
一部の報道は、“野焼き”の急増は、米中貿易戦争の激化が一因にあげられるとしています。
政治問題を背景に米国産大豆の輸入量を激減させた中国が、ブラジルに代替を求め、ブラジルがさらに中国の大豆消費を満たすべく、耕作地拡大を目的とした野焼きを活発化させたというのです。
その意味では、ボルソナロ大統領は米中貿易戦争の激化を、中国に対してブラジル産大豆の輸出を拡大できる大きなビジネスチャンスととらえているとみられます。
環境よりも経済、地球全体よりも自国の問題解決を重視する同氏にとって、野焼き→大豆生産拡大→中国向け輸出拡大、という流れは自身の考えに沿ったものといえます。
現在、同国における野焼きは禁止されています。
しかし、熱帯雨林にある保護区でさえ経済資源だと発言していた同大統領の下では、野焼きの横行は止むことはないと指摘する声があがっています。
次より、米中貿易戦争が激化し始めた2018年5月ごろからの、中国における大豆の輸入状況を確認します。
米中貿易戦争の激化で増加した中国のブラジル産大豆輸入量と米国の大豆在庫
以下は、中国の大豆輸入量です。
米国の穀物年度に準じ、9月を期初、翌年8月を期末としているため、例えば2018年=2018年9月から2019年8月までの合計です。
2018年度は前年度比、およそ800万トン減少しました。米中貿易戦争が激化した2018年5月ごろから同年8月までは2017年度に含まれるため、実際には貿易戦争の影響は17年度から出ていたと考えられます。
このおよそ800万トンの減少分の内訳を確認するため、地域別の輸入量を確認します。
2010年度までは両半球からの輸入量は同じくらいでした。中国は増大する国内の大豆消費に対し、季節が逆の北半球と南半球から交互に輸入し、おしなべて年間を通じて安定供給ができる体制をとっていたとみられます。
2011年以降、南半球からの輸入量の増加分が北半球からの輸入量の増加分を上回る状況が続きました。南半球の国からの輸入拡大の方が、都合がよかったのだと考えられます。
そして2018年度、前年度に比べ、南半球の国からの輸入量の増加が継続、北半球からの輸入量が減少するという、米中貿易戦争が主因とみられる変化がみられました。
2017年度から2018年度にかけて、北半球からの輸入量はおよそ1,670万トン減少、南半球からの輸入量はおよそ823万トン増加しました。差し引きすれば、およそ840万トン減少です。
もっと詳細に見ていきます。半球別に月単位の相手国別輸入量を確認します。
月単位で見ると、大豆の生産サイクルに応じて、中国は北半球からと南半球から、大豆を調達していることがわかります。南半球からの輸入のピークは毎年6月ごろ、北半球からのピークは12月ごろです。生産国で収穫期を過ぎ、輸出が最盛期を迎える時期です。
半球ごとに、国別の輸入量を見てみます。以下は北半球です。
次は南半球です。
図:中国の相手国別大豆輸入量(南半球)
北半球からの輸入量が大きく増加するはずだった2018年12月に増加しなかったこと、そして南半球からの輸入量が大きく減少するはずだった2018年と19年の2月頃に減少しなかったことは、まさに米中貿易戦争の激化で中国が米国産大豆の輸入を減少させ、その代替をブラジルに求めたことによって起きたことと考えられます。
このような変化を反映したのが、大豆在庫です。以下のとおり、中国向け輸出が急減した米国産大豆の在庫は記録的な水準まで積み上がり、中国向け輸出が大きな減少とならなかったブラジル産大豆の在庫はやや減少しています。
米中貿易戦争が目立った激化傾向となりおよそ1年半が経過しようとしています。この間、中国は米国産大豆の輸入を大きく減少させたわけですが、その影響で中国はブラジルにその代替を求め、その結果、北半球と南半球の主要大豆生産国の在庫の状況を大きく変貌させました。
大豆相場への影響は、米国産大豆の記録的なモノ余りが、頭を抑える重石として作用しているとみられますが、逆に、この重石が取れれば、長期的に低迷している大豆相場の大きな反発要因になると考えられます。
米国の大豆在庫減少のための施策は“農家票”獲得、相場反発の契機にも!?
上記のとおり、米中貿易戦争の激化の影響で米国の大豆在庫が高水準にあります。米国の農家においては販売が減少し大きな痛手となっています。大豆のみならず、トウモロコシも同様です。
このような、農家が苦境に立たされそうな状況において、例えば、過剰に積みあがった大豆の在庫を減少させる具体的な施策がなされた場合、農家の心配事は軽減され、引いては来年2020年の米大統領選挙において“農家票”を増やす施策になるとみられます。
米国における農業は、米国の古き良き伝統的産業です。伝統的産業を味方につけて票を獲得しようとする傾向があるトランプ大統領にとって、2020年11月の選挙に向けて、在庫を削減する具体的な策を施す可能性があります。
また、今年9月から11月ごろに米国産大豆の収穫が行われますが、米農務省の需給見通しでは、作付面積が減少したことなどを背景に、今年の米国産大豆の生産量は昨年に比べおよそ20%程度減少するとされています(2019年9月時点)。
今年、米国産大豆の生産量が減少した場合、質の問題はあるものの、在庫を減少させるには追い風といえます。
以下のように、大豆価格の国際的な指標であるシカゴ先物市場の大豆価格は、足元、1ブッシェル(およそ27 kg)あたり880セント近辺です。これはリーマン・ショック直後の安値水準です。
2000年代前半より、新興国の台頭による消費急増観測で大きく上昇し、それまでの長期的な価格水準を切り上げました。リーマン・ショックで下落したものの、それ以降、同ショック直後の安値を長期的な底値水準とする状況が現在も続いています。
目下、米中貿易戦争の協議の中で少しずつではあるものの、中国が米国産の農産物を購入する話も聞こえてきています。また、今年は昨年に比べ、米国における生産量が減少する観測があり、価格は長期的には底値水準にあります。
このような状況の中、具体的に現在の米国の大豆在庫が減少する施策が行われれば、大豆価格は反発する可能性があると筆者は考えています。
来年の大統領選挙を念頭におきながら、今後も米中貿易戦争にかかわる要人の発言、今年の米国産大豆生産の状況、そして在庫の状況に注目していきたいと思います。
(吉田 哲)
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