誰が得する?敢えて述べる、「アンチ株主優待」論
トウシル / 2020年2月29日 5時10分
誰が得する?敢えて述べる、「アンチ株主優待」論
※本記事は2018年8月22日に公開したものです。
人気の株主優待
株主優待は、個人投資家の間で人気のあるテーマだ。以前からそう感じているし、優待人気はますます高まっているように見受ける。「トウシル」でも株主優待を扱う記事はよく読まれている(個人的には、将棋ファンなので、桐谷広人さんが登場する記事を見るとうれしい)。
しかし、今回は、多くの優待好きの投資家を敵に回すかもしれないが、「アンチ株主優待」の側に立って論じてみることにする。
株式投資のいいところは、気に入らない銘柄は買わなくてもいいし、あるいは会社の業績や方針がダメだと思っても、「そのことを計算に入れた上で」株価が魅力的なら投資すればいいという自由さだ。従って、株主優待について、「いい」とか「ダメ」とか、一方的な結論を出す必要はないのだが、優待に関連する得失について考えてみたい。
マーケティング手段としての優待
株主優待の典型的なものは、メーカーが自社製品と交換できる優待券を配ったり、飲食業で食事券を配ったり、遊戯施設を営む会社が入場券を配ったりするような、会社が扱っている商品・サービスの提供だ。
仮に自社の商品を優待に使うとして、「株主に商品と交換可能な優待券を配布するコスト」と「同額の現金配当を行うコスト」とが同じだとすると、会社が商品券を配布する方がいいと判断できる場合は、自社商品の配布が、商品に対する追加的な需要を喚起する呼び水的な役割を果たすという見込みがある場合だろう。
特に、個人の株主は会社のファンである可能性が大きいから、自社商品の配布がマーケティング上、プラスの効果を発揮する場合はあるかもしれない。例えば、食品を食べてみて気に入って、追加で購入するようなケース、あるいは、遊園地の入場券を優待で1枚手に入れたことで、連れて行きたい家族や友人の分まで入場券を追加購入するような場合だ。
こうした効果が顕著にあることが明確なら、優待品を欲しない株主も株主優待に賛成できる場合があるように思われる。
もっとも、例えば遊園地の場合、年間に使いたい回数が決まっている顧客が、優待券目当てで株式を持って入場券を手に入れるなら、遊園地の売り上げに対してはマイナスの効果が発生する場合もあるだろう。
なお、株主優待が、業績と株価に対してどう働くのかの測定は、簡単ではない。優待導入の前後の株価比較だけでは、優待が長期的に及ぼす影響を捉えることができないからだ。
機関投資家はアンチ株主優待
筆者が、株主優待に対して「アンチ」である主な理由は、株主優待が機関投資家にとって不都合で何らかのロスが生じる仕組みだからだ。
写真は、国家公務員の年金を運用する国家公務員共済組合連合会の「平成29年度 業務概況書」の52ページにある記述だ。
国家公務員共済組合連合会は国家公務員の年金を運用しているが、年金資産による投資を通じて保有する株式から生じる株主優待券は、資産を管理する信託銀行によって、チケットの買い取り屋などに持ち込み換金して、ファンド資産に繰り入れたり、換金できないものについては、寄付をしたり、といった処理が行われる。前者では買い取りなどの際にコストが発生するし、後者では寄付の行為が感謝されるとしても、年金資産の運用としては明らかな無駄が発生する。
こうした機関投資家にとっての株主優待の不都合は、大半の外国人投資家にとっても発生するし、インデックス・ファンドなどを含む投資信託の投資家にとっても発生しているはずなのだ。
「投信投資家の皆さんは、株主優待があることで損をしています」ということは、この際申し上げておきたい。
株主優待は、これが有益な株主と、そうではない株主とを発生させる。株主を平等に扱わない点が、株主優待の最大の問題点であると筆者は考える。
「個人の安定株主」の功罪
視点を上場企業の経営者に変えて、株主優待を見ると、相対的に「個人投資家で安定的に株式を保有してくれる株主」を増やす効果がある点が大きな魅力だろう。個人の安定株主が多数いると、常にではないとしても、(1)株式をまとめて売られにくい、(2)企業買収の対象になりにくい、(3)個人株主の方が機関投資家株主よりも経営者に優しい、といった傾向が期待できる。経営者にとって、安心材料だ。この辺りが、株主優待を導入する経営者の本音ではないだろうか。
経営者が安心することについては、長期的な視野に立った経営が行いやすくなることと、株主によるチェックが甘くなるので経営効率の改善に対するプレッシャーが弱まることの、二つの効果が想定できる。
企業によって功罪は異なるかもしれないが、投資家一般の立場から見ると、経営者へのプレッシャーが弱まることのデメリットが、大きい場合が多いのではないだろうか。
仮に、株主優待を行っている企業が、優待を止めると、一時的には優待目当ての株主による株式売却が出て株価が下落するかもしれないが、株価が適正価値に戻った後の経営・業績に対する影響はプラスになるかもしれない。そして、少なくとも、外国人投資家を含む機関投資家から見ると、株主優待廃止でその企業の株式は以前よりも魅力的になる理屈だ。
投資家への影響
前記のような「べき論」とは異なり、以下の問題は、「好き・嫌い」の議論であるかもしれないが、筆者は、「投資のパフォーマンスが悪い場合でも、株主優待があるからいいと思える」といった、純粋な投資と、優待による精神的な満足とを使い分ける心理が、投資の心構えとして「好きではない」。損をした場合の言い訳を事前に用意するようなやり方では、投資判断が甘くなりそうに思える。
他方、「だからこそ、株主優待はいいではないか」という逆方向の意見が多数あることも承知している。その点に関して、他人の「好き・嫌い」を訂正しようとまでは思わない。投資家は、自分のお金と責任で投資する限り、好きにしていい。
筆者の個人的な価値観としては、投資は投資として効率を追求して、そうして得たリターンで、「好きな商品を、好きな時に、好きなだけ」買ったらいいではないか、と思うのである。
余計なお世話かもしれないが、株主優待で得たものが無駄になったり、他の好ましい消費を圧迫したり、消費生活を歪める原因になるケースもあるのではないだろうか。自分の将来の消費に関する判断を完全に予想することは、案外簡単ではない。「優待がお好きなのは構いませんが、ほどほどがいいのではないでしょうか」と最後に一言申し上げておく。
【補足】
読み返してみて、株主優待に対する自分の考え方を過不足なくまとめられた記事であるように思う。株主優待は「個人株主に対する優遇なので、個人は利用するといい」というのが一方の正論だが、「株主は平等に扱われるべきだ」という議論が本来はより重要だと筆者は思う。個人向けの株式投資の記事の大きな部分が「株主優待」や「チャート分析」が占めるようでは、株式投資が知的趣味として退屈ではないか(ちょっと言い過ぎかもしれないけど)。(2020年2月23日・山崎元)
(山崎 元)
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