資産運用で人格を磨く(1)「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」

トウシル / 2020年7月30日 5時10分

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資産運用で人格を磨く(1)「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」

投資は自我が強いほどうまくいかない

 これから「資産運用で人格を磨くシリーズ」と題して、投資の失敗の原因である一喜一憂の心理を脱するための考え方をお伝えしていきます。今回はその第1回目になります。まずは、このシリーズを始めたいと思った経緯について、お伝えをさせていただければと思います。

 私自身、中学3年(1987年)からいかに自分の資産を増やすかを考え自己投資をし、2000年からは証券マンという立場でいかにお客様の資産を持ち上げるかを考え、様々なやり取りをしてきました。その中で、資産運用でうまくいく人といかない人とでは決定的な違いがあり、その違いは心理にあるという考えに至っています。

 マーケットが上昇して資産が増えると「もっともっと」となり、現金を投じ、結果として高いところを買ってしまい、下落すると怖くなり踏み込めない、もしくはまだ下がると思うと売ってしまう。うまくいかない人は、これを繰り返しているように私には見えます。

「もっともうけたい!」「絶対に減らしたくない!」という思いが強ければ強いほど、一喜一憂は強くなり、より資産を減らしてしまう。うまくいかない人の共通点は、この一喜一憂の心理にあるとみています。

「もうけたい」「減らしたくない」という思いは、自分の利益を考える自我からくるものです。逆に言うと、資産運用で成功するには、いかにこの自我を横に置くことができるかが鍵になってきます。自我を横に置き、「欲」や「恐れ」といった一喜一憂が出てこない境地に、資産運用で成功する世界がある。そうだとしたら、資産運用で成功するには、人格を高めてしまったほうが早いのでは? さらにその考えを深め、逆に、資産運用を通して人格を高めることができる! という思いに至ったのが、このシリーズを始めたいと思ったきっかけです。

 自分の利益を考える自我が強ければ強いほどうまくいかない。人生の構造と資産運用の構造はとても似ているように思います。自分の資産を増やすためだけの運用ではなく、運用を通して自らの人格を高め、結果として資産が増え、人生も充実したものとなる。そのような世界を創ることができたら、素晴らしいなと思っています。

自分の運用が、世の為、人の為になっているか

 今回のテーマは、「君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩る」です。これは、論語にある孔子の言葉で、「徳のある人は、それが正しい道であるかどうかを考えの根本に判断しているが、小人はそれが自分の利益になるかで判断している」という意味です。

 多くの人は自分の資産を増やすために運用しているので、増やそうと思うこと自体は当たり前であり、悪いことではありません。ただ、自分の資産を増やそうという思いだけだと、それは自分の利益になるかどうかの「利」=自我ということになります。

 自我は一喜一憂のもとであり、資産運用において、うまくいかない方向に向かってしまいます。一喜一憂の心理から抜け出すためには、自我ではない考えを根本に持つことです。それが「義」につながるもので、「自分の運用が、世の為、人の為になっているかどうか」で考えることです。

自分の運用における「義」は何か、考えてみよう

 私の「義」は何かというと、私自身は、下がったら段階的に買い、上がったら段階的に売るという手法を基本に提案していて、この根底には、「下がった時に買い支え、上がりすぎを抑えることによって、市場の安定、世の中の安定に貢献する」という思いがあります。バブルが大きくなると、その後の恐慌につながります。この思いを根底にした運用が、世の為、人の為になっているので、きちんと資産が増えるという報酬につながっていると考えています。

「義」は、当然ながら、その解釈を含め、人それぞれでよいと思います。
「この会社は世の中に良いことをしているから応援したい。だからこの会社の株を買う。」
「社長の熱意に感動した。」
「○○国が好きだから、その国の債券を買いたい。」

 など、何でもよいと思います。何か自分の損得以外の思いが運用の根本にあると、目先の上がり下がりに一喜一憂することなく、心が落ち着いた状態でいられると思っています。

 ご自身の運用において、これまでに「義」を意識したことがないとしたら、この機会に、自分の運用における「義」は何だろうかと考えてみてはいかがでしょうか? それが明確であれば、資産運用もうまくいき、その「義」を人に話した時に、「いいことしているね!」ときっと言われることでしょう。

(白石 定之)

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