なぜ長期投資家はGPIFへの「悪口」に学ぶべきなのか?
トウシル / 2020年9月22日 6時0分
なぜ長期投資家はGPIFへの「悪口」に学ぶべきなのか?
過去最大の下げ幅を記録したGPIF2019年度第4四半期
過去何度も繰り返してきていることですが、国の年金運用の上げ下げはニュースの格好のネタです。
そして、一般的な印象は「国の年金運用はしばしば大きく損失を出している」というものでしょう。資産運用に関心がない人ほどそのような印象を持っています。年金運用が失敗して、公的年金が破たんすると信じている人すらいます。
ある程度運用について承知している人であれば、国の年金運用を行うGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は世界最大規模の機関投資家であり、また中長期的には堅調な成績を上げている団体でもあります。
しかし、市場の平均的騰落と無関係に稼いでいるわけではありません(運用の中核もインデックス運用である)。2019年度第4四半期、つまり2020年の1-3月期には運用で17.7兆円の損失を出し、利回りでは▲10.7%となりました。これが過去最大であると報じられました。これはもちろん、新型コロナウイルスの影響で市場が大きく下げたことによります。特に3月末はまだ新型コロナウイルスの脅威が未知数である中、世界的にパンデミックの様相を呈しており、年初から大きく下げました。
といっても、実は第3四半期までに9.4兆円稼いでいたので「年度」としてみれば、▲8.28兆円にとどまるのですが、ニュースはやはり「17.7兆円の損」に集中しました。
社会に漂っていた不安感ともあいまって、公的年金不安も意識させるニュースが記憶にある人も多いと思います。
過去最大の上げ幅を記録したGPIF2020年度第1四半期
執筆時点では、新型コロナウイルスの影響を受ける前の株価を回復したと話題になっています。今年度の第1四半期である6月末時点でも株価の回復基調は鮮明になっています。そして、6月末時点での運用状況を報告したGPIFの数字も驚くほどの好成績となりました。この3カ月の運用収益額は12兆4,868億円となり、期間収益率は+8.30%という高い成績となりました。2016年10-12月期が過去最高の収益だったようですが、これを上回る過去最高を記録しており、その大きさが分かります。
ところが、多くのメディアは回復したこと、過去最大の上げ幅であったことについては、その3カ月前ほどには報じませんでした。経済誌では記事になっていますが、これも下落時ほどの大きさはありませんでした。
確かに、前四半期の下げを取り戻しただけ、と言われればそうかもしれませんが、そう説明するわけでもありません。
リーマン・ショックのときもアベノミクスが一時期下落に転じたときも、「下がったときは声を大きく批判し、上がったときは黙殺」するという傾向が繰り返されています。
いやそれってただ戻っただけじゃない!と思えるアタマがあるかどうかは大事な分岐点
さて、こういうふうに文章をまとめると「いや、それ、下がって戻っただけのことじゃないですか!」という感想を抱くことでしょう。実はそのとおりです。
しかし、3月末の数字は多くの人の目に触れ、多くの人が批判をしました。対して、6月末の数字は多数の目に触れたとはいえず、また3カ月前に見合うほどの高評価を得ていません。
この半年間は、メディアリテラシーの教科書としても、資産運用の教科書としても興味深い時期となったように思います。
この半年間が分かりやすい示唆となったのは、「17兆円下げた」というのと「12兆円上げた」というのが連続して起きたからです。
短期的には株式市場は30%以上値下がりすることもありますが、1年以上続くことはリーマン・ショック時でもありません。たとえば「2019年度」としてみれば、GPIFの運用成績はマイナス5.20%に収まります。
短期的には値動きは上下動する、という事実は教科書的には言われますが、今回具体的な形で示されることになりました。
「株式市場は短期的には大きな上下動をする」
「未来のことは確実ではないが、中長期的には経済は回復する」
このことを学べた人とそうでない人には、大きな違いがあるでしょう。
長期投資家ほど、GPIFへの悪口を反面教師にしよう
もし、あなたの運用方針が長期投資家を志向しているのなら、GPIFへの悪口は基本的に反面教師としてたくさんの示唆を得られるでしょう。
下がったときだけ批判をし、回復・上昇に転じたときはそれを無視するというのは運用状況をチェックする際におかしなルールです(個人の場合は逆に、損失が生じているときだけ見て見ぬふりをし、ときどき上昇をしたときだけ自分を褒めるような人もいますが、これもおかしなルールです)。
また、「含み損」の概念がない投資に関するニュースも疑ってかかることが必要です。それが実際に売って確定させた損失なのか、保有資産に対する時価評価によるものなのかはきちんと峻別(しゅんべつ)して議論するべきです。
GPIFについていえば、3月末に全資産を売って17.7兆円の損を出したわけではなく、そのほとんどすべては保有銘柄の時価の減少によるものです。そして6月末にはほとんどすべての収益を時価の回復によって得ています。極端な話「何もしていなくてもそうなる」類いのものです。
長期投資家として資産形成を行う場合は、「売っていないが、値下がりして含み損」という状況ときちんと向かい合いつつ、「売っていないが、値上がりした含み益」という状況とつきあっていくスキルが欠かせません。
特にさらなる値上がりの可能性、値下がり時期の終わりを乗り越えていくために、長期投資家は「持ち続けていく」ことが必要だからです。
そして、そのマイナスは一時的なものであってこれから市場の回復可能性があるのか、という点で納得が得られるのであれば、含み損は許容されます。そしてむしろ、積立投資による新規購入の継続は好機といえます。
今回のGPIFのニュースになぞらえれば、「3月末に絶望して、6月末に大喜びする」ことを長期投資家はしないのです。
本サイトをご覧になっている読者の多くは、GPIF批判のニュースが的外れだと言うことをご承知だと思いますが、ぜひ自身の運用方針を強固なものとするために、今回のニュースを肥やしとしてほしいと思います。
(山崎 俊輔)
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