老後のお金と必要貯蓄率の計算式。運用利回りとインフレ率はどう反映する?
トウシル / 2016年8月16日 0時0分
老後のお金と必要貯蓄率の計算式。運用利回りとインフレ率はどう反映する?
運用よりも、先ず貯蓄!
最近、筆者は、セミナーや講演などで、「老後という人生の大問題を、運用だけで解決しようと思わない方がいい」と述べることが多い。老後の問題は、主として異時点間、即ち現役時代と老後の支出の配分問題として考えるべきであって、これを考えずに、「老後に必要な資産を、運用を上手くやって確保しよう」と思うのは間違いの元だ、というのがその主旨だ。
さて、先日、人生相談を得意としているあるファイナンシャル・プランナーと教育投資の考え方について一緒に検討した際に、「教育費に限らず、家計にとって、掛けていい費用なのかどうかは、その支出を行った上で、必要貯蓄額が確保できるかどうかで判断します」というノウハウを伺った。
確かに、将来を展望した上で必要と考えられる貯蓄額が確保できるのであれば、細々とした節約に煩わされずに生活を充実させることができる。あとは、金融機関に余計な手数料を払ったり、怪しい投資話に騙されたりしないように、貯金の運用に気を付けたらいい。
マネープランニングにあって、「必要貯蓄額の確保」という判断基準は汎用性があって大変優れているように思う。
そこで問題になるのは、必要貯蓄額の計算だ。
FPなどのお金の専門家は、「老後の生活費は幾ら(くらい)欲しいか」といった質問に対するアンケートなどで集めた平均値を使う場合が多い。しかし、現役時代の所得の高い人は、老後にも多くのお金を使いたいだろうし、逆も然りであろう。また、現役時代の所得も変化するし、現役・老後を通じて生活の仕方も変化する。
所得の中からどれくらいの額を貯蓄したらいいのかという問題は大変重要だ。筆者は、この問題に対して簡単な目処を提示する方法はないかと考えるようになった。以下は、その試みの一つだ。
必要貯蓄率の計算式
分析のために、幾つかの仮定を設ける。
先ず、分析対象者の今後の現役時代の可処分所得(税引きの手取り収入)をY(年間、円)として、これを一定と仮定する。例えば、「向こう5年働くと役職定年になり現在の1,000万円の年収が800万円になって10年続き、その後は600万円程度の収入の職を得ることができそうで5年間働いて65歳でリタイヤする」と想定する45歳の男性会社員がいるとすれば、この人は将来の平均年収である800万円をYだと考えて、将来を想定してみるといい。(経済学部出身者はミルトン・フリードマンの「恒常所得」をイメージされるといい)
次に、運用利回りとインフレ率を共に0と考える(この仮定は後で緩める)。これは、たまたま現在の経済環境に大変近いが、資産について「インフレ率並みの運用が出来た場合」を計算しているのだと理解すれば、金融・経済環境が変化した場合にも応用が利く。
分析対象者の人生の残り時間を、現役期間a年と老後期間b年に分割するとしよう。例えば、先の45歳の会社員であれば、65歳まで働くつもりなのでaが20年、老後は少し余裕を見て95歳まで生きるとしてbが30年といった具合に設定する。
そこで、Yに対してsの率(0<s<1)で貯蓄をし、老後は現役時代の生活のx倍の金額で生活すると考えるなら、現役時代の生活費はY(1-s)、老後の生活費はxY(1-s)と計算できる。
老後の問題を、貯蓄が全く無い新入社員のような人が真剣に考えることは稀だろう(考えてもいいのだが、稀だろう)。たいていの場合、資産を既に幾らか持っているだろうから、分析対象者がその時点で持っている資産をAとしよう。
また、老後には主に年金であろうが、定期的な収入がある場合が多いだろうから、これをP(年間、円)としよう。これに、資産の取り崩し額D(年間、円)を加えたものが、老後の生活費だ。
すると、現役時代の生活費のx倍で老後を暮らそうとする人の必要生活費は、以下の式1のように計算できる。
(式1)
次に、取り崩し額Dは、利回りとインフレをゼロと考えているので、今後の貯蓄額に現在持っている資産額を合計した金額を老後期間b(年)で割り算したものだと考える事が出来る(式2)。
(式2)
ここで、式2を式1に代入して、sについて解くと、分析対象者が、現役時代の生活費のx倍の老後を暮らそうとした場合に、現役時代に可処分所得のどれだけの比率で貯蓄しなければならないかという「必要貯蓄率」を求めることができる。計算の結果、以下の式3を得た。
必要貯蓄率sの計算式(運用利回り、インフレは相殺されてゼロ)
(式3)
具体例を一つ考えてみよう。可処分所得が500万円の35歳の会社員がいるとしよう。この収入が65歳まで続くとして、彼(彼女)が95歳までの老後を現役世代時の生活費の60%で過ごしたいと考えているとする。年金額を150万円と想定し、現在600万円の資産を持っているとしよう。
式3に当てはめると、必要貯蓄率は約16.3%(s=16.25)と計算された。
数字がぴったり合うようにs=16.25で計算すると、年間の必要貯蓄額は81万2,500円になる。現役時代の生活費は500万円×(1-0.1625)=418万7,500円だ。老後は、この0.6倍だから、年間251万2,500円で暮らしたいという希望だ。年金額が150万円なので、年間101万2,500円を30年間取り崩すだけの資産を65歳時点で持ちたい。現在持っている資産600万円は年間20万円の取り崩し額に相当するので、65歳の30年間の間に101万2,500円から20万円差し引いた81万2,500円を30年間貯めなければならないという計算になり、辻褄が合っていることが確認できた。
仮にこの人が現役時の70%の老後生活費を望むなら、同様に計算して、約21.2%(s=0.02117…)が必要貯蓄率となる。
貯蓄率から老後生活費を求める
人生の正しい計画性という意味では、老後にどのような生活を望み、そのために幾ら貯蓄しなければならないかと考えるのが堅実な考え方であり、正道だろうが、「無い袖は振れない」と感じることが多いのも事実だ。先ほどとは逆方向に「可処分所得の何%を貯蓄すると、老後の生活費は現役時代の何%になるか」、即ち、貯蓄率sを前提とした時の老後生活費の掛け目xも分かると便利だ。式4がその計算式だ。これは、直感的にも、年金額と資産の取り崩し額の合計を、現役時代の生活費で割り算した結果なので、納得しやすいだろう。
(式4)
具体例を一つ計算してみよう。これから20年働くつもりの45歳の会社員がいて手取り年収を600万円としよう。彼(彼女)が現在1,000万円持っていて、現在の手取り年収の15%(90万円)を貯蓄しようと考えており、年金額を150万円と想定するなら、老後の生活費は今後の現役生活の生活費の何倍(x)になるか。計算結果は、x=0.495となり、今後の現役時代のほぼ半分の生活が可能だということになった。
これでよしと見るか、もう少し貯めなくてはと考えるかは、人それぞれだろうが、自分の収入額や生活費を基準に老後の生活費と現役時代の貯蓄率の関係が大凡計算できることは有益だ。
筆者がこれまで、いろいろなケースを想定して必要貯蓄率(s)を計算してみると、「これくらいであってくれたらいいなあ」という数字よりも高めの数字が出ることが多かった。これは、現役時代に考える「安心な老後生活」のイメージが高めであることの反映だろう。
必要な貯蓄率が簡単に計算できてしまって、現実を突きつけられると息苦しいと思われる方もいるかも知れないが、家計の現実を知らずに、何となく誤魔化しながら時を過ごすのは良くない。現実は直視すべきだ。
運用利回りとインフレ率の反映
さて、人生には多大な不確実性があり、先の計算も、将来の稼ぎや生活設計の前提を含めて、大きく変化するかも知れない前提条件を含んでいる。率直に言って、「運用利回りがインフレを相殺した場合」を考えた、先の式3と式4で十分に実用的だと思うのだが、本稿は、せっかく投資に関心のある方に向けて書いているのだから、「運用利回り」が結果に反映しない計算式だけで済ませるのでは、少々物足りないと思われる読者がいらっしゃるだろう。
現在の資産額(A)と今後の貯蓄額の運用利回りを結果に反映させることを考えてみよう。
老後の生活費に備えるような長期の運用にあっては、名目の運用利回りとインフレ率の両方が重要な影響を及ぼすが、これらをまとめて、名目の運用利回りからインフレ率を差し引いた実質利回り(i)で考えることにする。
老後の生活費を年金等の定期収入Pと資産の取り崩しD(共に年額)で考える事は先ほどと同じだ。
(式1・再掲)
次に、取り崩し額Dだが、これは、今後の毎年sYの積立貯蓄のa年間の運用結果と、分析者が現在持っている資産額(A)をa年間複利運用した合計額を、b年掛けて取り崩すと考えた。前者は毎年の積立額を利回りiで運用した場合の「年金終価係数」を掛けて求め、後者はAに(1+i)のa乗を掛け合わせる形で求める。
取り崩しが始まってからも運用を続けるとそれなりの期待リターンがあるはずだが、先ほどの式3、式4と条件を揃えたいということもあり、「運用利回り=インフレ率」くらいの手堅い運用に切り替えるという保守的な前提条件で計算してみた。老後の年当たり取り崩し額は以下の式5の通りだ(但し、i≠0)。
(式5)
さて、この式5を式1に代入して、sについて整理して式6を得た。
(式6)
さて、先の具体例の35歳会社員が「実質利回り2%(i=0.02)で運用できるとして、必要貯蓄率sがどうなるか計算してみよう。会社員の条件を再掲すると以下の通りだ。
「可処分所得が500万円の35歳の会社員がいるとしよう。この収入が65歳まで続くとして、彼(彼女)が95歳までの老後を現役世代時の生活費の60%で過ごしたいと考えた場合、年金額を150万円と想定し、現在600万円の資産を持っているとする。」
計算結果は11.7%(s=0.1165…)となった。
ちなみに、老後の生活費を現役時代の0.7倍(x=0.7)とすると、必要貯蓄率は16.0%となった。
実質運用利回りゼロの前提の必要貯蓄率はそれぞれ16.3%と21.2%であったから、「可処分所得の約16%の貯蓄した場合、運用利回りが実質ゼロなら現役時代の6割で暮らさなければならないところが、実質運用利回りが+2%あれば現役時代の7割で暮らせる」と大まかには言える訳だ。
一応、運用を専門とし、証券会社に勤める筆者としては、「だから資産運用を頑張りましょう!」と言うべきなのかも知れないのだが、運用のリスクを考えると、「老後に現役時の7掛けで暮らしたいなら、ひとまず21%貯蓄しましょう」という選択肢もありだと感じる。
近時話題になることが多いGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオは「国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%、国内債券35%」というなかなかにハイリスクなポートフォリオだが、厚労大臣から与えられた運用目標は「名目賃金上昇率+1.7%」なのである。「インフレに2%勝つ利回り」というのは、なかなかに野心的な運用目標なのだと申し上げて置く(「止めておけ」とは言っていませんよ。念のため!)。
考えてみるに、リスクプレミアムだけで2%を目指すとすれば、内外の株式のリスクプレミアムが5%あるのだとしても、株式の組み入れ率が40%は必要になる計算だ。
現実的な資金管理方法
実質利回りを考慮する式6も、iPhoneの電卓アプリなどを使って(iPhoneを横に構えて電卓アプリを使うと結構便利な関数電卓が現れる)、その場で計算することができるが、実質運用利回りはゼロ、即ち「運用利回り=インフレ率」として式3で必要貯蓄率の目処を考え、適宜運用資産額Aを修正しつつ、リスクについてはマイナス2標準偏差のケースの損失を360(12カ月×30年間)で割って、最大損失額を毎月の取り崩し可能額に置き換えて見当を付ける方式で、貯蓄計画に関しては「やや保守的に」(=実質利回りゼロ)、リスクについては大まかに扱うと、総合的には考えやすいのではないだろうか。
尚、インフレにならないうちからインフレ・リスクに対して大慌てで備えない方がいいが(往々にしてダメな投資をする原因になりやすいので)、リスクフリーな運用対象で運用するだけでは、インフレに追随しきれなくなる可能性があることは一応頭に入れて置いて欲しい。
最後に、今回ご紹介した、お金の意思決定に使える式を3本再掲しておく。特に、現役時代の貯蓄と老後生活と簡便式については、手帳にでも書いておいて、貯蓄と支出を考える(多くの場合、たぶん「反省する」)材料として大いに使って頂きたい。
お金の意思決定に便利な計算式
諸変数の定義
Y:可処分所得(手取り年収、円。今後の現役時代の概ね平均を想定して下さい)
s:貯蓄率(現役時代に可処分所得の中から貯蓄に回す比率)
x:「現役の生活費」に対する「老後の生活費」の比率
a:現役期間(年数)
b:老後期間(年数。なるべく余裕を持って設定して下さい)
P:老後の定期収入(年額、円。主に年金を想定。Pensionの「P」)
A:現在の資産額(円)
必要貯蓄率sの計算式(運用利回りとインフレの差は0)
(式3・再掲)
現役貯蓄率から老後生活を想定する式(運用利回りとインフレの差は0)
(式4・再掲)
実質運用利回り「i」(将来の期待利回り-予想インフレ率)を前提とした、必要貯蓄率(s)を求める式
(式6・再掲)
(山崎 元)
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