菅首相が命じた1ドル=100円の防衛ライン:為替介入を満たす3つのポイント
トウシル / 2020年12月23日 15時37分
菅首相が命じた1ドル=100円の防衛ライン:為替介入を満たす3つのポイント
日本政府が注視する為替の防衛ラインは?
前回、想定為替レートのお話をしましたが、今回はさらに、企業の採算ラインである「採算為替レート」、そして日本政府が注視する為替の防衛ラインについて、解説したいと思います。
想定為替レートとは?
想定為替レートとは、企業の事業計画の前提となる為替レートのことです。
例えば、輸出企業の場合、決算期間中に想定為替レートよりも実勢レートが円安に推移すれば、収益の押し上げ要因になりますが、逆に円高になれば収益の押し下げ要因になります。決算説明では「為替益○○億円」「為替損○○億円」と説明されています。
想定為替レートで注目されているのが、日銀短観の調査による想定為替レートや企業の想定為替レートがあります。12月調査の日銀短観の想定為替レートは1ドル=106.42円(2020年度下期 大企業・製造業)。企業の想定為替レートでは3月期決算の企業102社の平均値は1ドル=105円40銭、トヨタやホンダなど自動車会社などの主要輸出企業の下期の想定レートは1ドル=105円と、より円高方向に設定されています。
採算為替レートとは?
そしてこれら企業の収益を圧迫しない、ぎりぎりの為替水準となる為替採算レートというのがあります。その採算ラインを割ると収益が出ないという為替水準のことです。
内閣府が今年1月に実施した調査によると、上場する輸出企業の採算ラインとなる為替レートは1ドル=100.20円となっています。この水準以上に円高が進むと輸出企業の収益を圧迫します。
想定為替レート以下では、まだ収益を押し下げても利益は出ているため、再び円安に動いて想定為替レート以上に戻るのではないかと様子見ができました。しかし、採算ラインを割ると収益が出なくなるため、採算ラインに近づいてくると確実にドルを売ってくることが予想されます。この場合はかなりドル売りが集中するかもしれません。
1ドル=105円、100円と5円刻みの節目であり、心理的にも重要な節目は、想定為替レートでも採算レートでもやはり重要なテクニカル・ポイントとなっています。そして100円はさらに日本政府の防衛ラインとして意識されている重要な水準となっています。
11月上旬に米大統領選でバイデン氏の勝利確実と報じられた時に、菅義偉首相が財務省幹部に「100円を割らないようにしてくれ」と伝えたと言われています。このことは、菅政権は100円が防衛ラインということをマーケットに知らしめました。
現在のドル/円の水準は103~104円台。勢いがあれば、あっという間に100円トライとなる水準です。アベノミクスは1ドル=80円台をなんとか100円以上に持っていこうとした政策であり、円安に進むことによって株価上昇の起爆剤となりました。従って、一度、1ドル=100円を超えると、何とか100円を死守しようと為替動向に神経を使っていたと思われます。菅首相は安倍晋三前政権時代に8年近く官房長官を務めたことから、円相場の動向に神経を使っているのは当然と思われます。
これからクリスマス休暇や年末年始を迎え、マーケットが閑散となっていきます。マーケット参加者が少なくなる閑散相場では、相場が動きやすい環境となるため、菅首相も気が気ではないと想像されます。
菅首相が100円を為替の防衛ラインと意識していることから、100円近くになれば、100円を割らせないように介入をするのではないかとマーケットの警戒心が高まってくることが予想されます。財務省も当然、為替介入の準備をしていると思われます。この場合の為替介入とはドルを買って円を売り、円高を止める、あるいは円高のスピードを抑えることです。
ただ、為替介入は日本の独断だけでできるものではありません。円の反対取引であるドルの発行国、米国の理解を得る必要があります。また、G7(主要7カ国)では為替介入は控えるべきとされているため、G7の理解も得る必要があります。各国に理解を得るために介入が正当化されるポイントは以下の3点が考えられます。
日本の為替介入が正当化される3つのポイント
1:ドル/円の動きが投機的かどうか、急激な動きかどうか
例えば、今年2月から3月にかけて3週間という短期間の間にドルは11円以上動き、ボラティリティーが急上昇するような局面がありました。あのまま円高が進めば介入は正当化できたかもしれませんが、すぐに反発したため介入までには至りませんでした。その時の動きと比べると、現在はそういう急激な円高ではありません。ジリジリと円高が進んでいる状況です。
2:円高主導かどうか
現在のドル/円相場の下落は円高主導ではなく、FRB(米連邦準備制度理事会)の超金融緩和によるドル安主導が背景となっています。従って、日本の当局が介入によってドル安・円高を止めるというのは米国をはじめとしたG7諸国に対して説明が難しいということになります。特にバイデン氏の民主党政権は伝統的にドル安志向を打ち出してくる可能性があるため、介入を認めないことが予想されます。
3:円が過大評価されているかどうか
ドル/円の均衡レートについて、日本経済新聞社と日本経済研究センターは日経均衡為替レートを公表しています。各国の実質実効為替レートを対象に、各国のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映した理論値が推計されていますが、11月に算出された2020年4-6月期の対ドル/円レートの均衡値は1ドル=103.70円となっています。現在の実勢レートとほとんど変わらないため、円が過大評価されている状況ではないようです。
OECD(経済協力開発機構)なども今年の年末の購買力平価は1ドル=100円近辺としていますので、100円を割った程度では国際的にも円の過大評価とはみなされない状況です。
閑散相場の口先介入に要注意
このように現時点では介入が国際的に正当化される環境が整っていないため、実際に介入することはかなり難しい状況といえます。
そうはいっても財務省や日銀からの口先介入は予想されますので警戒する必要があります。
財務省が100円割れをけん制する発言だけでなく、日銀が銀行に「今、ドル/円はいくらですか」と聞くこともあります。この「日銀のレートチェック」は介入の準備段階かと思い、相場が反発する可能性もあるため注意が必要です。1ドル=100円が近づいてきたときに、何の材料もなく急反発したときは、このレートチェックの可能性が考えられます。実際に介入がなければ、相場は元の水準に戻ってくることが多いですが、注意が必要です。
特にこれからの閑散相場では、いつも以上に値が飛びやすいので、より注意する必要があります。
(ハッサク)
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