ジャック・マーはいまどこで何をしている?アントの行方と共産党の真意

トウシル / 2021年1月14日 5時10分

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ジャック・マーはいまどこで何をしている?アントの行方と共産党の真意

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[動画で解説]ジャック・マーはいまどこで何をしている?アントの行方と共産党の真意」
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ジャック・マーはいまどこで、何をしているのか?

「ジャック・マー(馬雲)はいまどこにいるのですか? 生きているのですか?」

 年末年始にかけて、マーケット関係者から最も頻繁に聞かれた質問です。

 2020年11月、マー氏が創業したアリババ社の傘下にあるアントフィナンシャルの史上最高額によるIPO(株式の新規公開)が突如延期(詳細記事はこちら)。また、IPO前夜に物議を醸した10月24日の上海でのスピーチ後、マー氏が公の場に姿を見せていないことから、市場や世論ではさまざまなうわさや臆測が飛び交ってきました。

 冒頭の直接的な問いかけは、マー氏本人の去就や生存という次元を超えて、「独占禁止法」違反で当局から調査を受け、罰金が科されたアリババ上場“復帰”に向けて、当局からの「指導」を受け、現在ビジネスモデルの刷新を迫られているアントの今後がどうなるか、より根源的にいえば、中国当局が民間のIT大手、ネット金融、プラットフォーム企業をどのように扱うか、その過程で、海外投資家たちの目をどこまで気にかけるのか、といった関心を体現しているといえます。

 マーケットという本来的にクロスボーダーの産物を、中国当局がどこまでグローバルスタンダード(世界基準)で見て扱うかという、今後における中国市場の在り方、中国経済の成長の仕方にまで関わってくる重大なテーマです。

ジャック・マーが姿を見せないワケ

 この間、私もこの問いを巡って、中国の党、政府関係者と議論を重ねてきました。

 中国証券監督管理委員会の幹部は「アリババとアントの経営層は現在、12月下旬における我々との面談を受けて、一分一秒を惜しみながら、全勢力を挙げて企業再建を行っているはずだ」と現状を描写します。

 一方、数年前に公安部を定年退官した元局長級幹部は、「馬雲は国内にとどまって企業再建に尽力すべきと指導された。今後も一人の中国人として、中国の起業家として、中国市場で活動していくつもりなのであれば、そうすべきだ」と私に静かに語りました。

 さらには、俗に「太子党」「紅二代」などと称される、日中戦争や国共内戦を経て、中華人民共和国建国に貢献したとされる共産党や解放軍の高級幹部の子孫数名は、私に「馬雲はしばらく何も語らないほうが身のためだ」「彼がいま公の場に出ることによるメリットは何もない。馬にとっても、党にとってもだ」「アリババ、アントにとって、目下最大の課題は、我々からの指導に忠実に、中国の金融市場の健全な発展に符合する企業になるために、自らがリーダーシップを執って企業再建に努めること以外にない」などと、話してくれました。

 これらの言説に加えて、馬雲やアリババ社を長年取材してきた中国の経済記者、そして私自身のマー氏への理解を総合すると、馬雲は現在、中国国内で、公の場に姿を見せず、アリババ、アント社のコーポレートガバナンス、ビジネスモデルを含めた企業再建に集中しているのでしょう。アリババ創業前からマー氏と親交のある某企業家は、「さまざまな臆測を呼んだとしても、いまは公の場に出ないことが、彼にとって合理的な選択だ」と私に語りました。

チャイナ・フィンテックの今後を占う

 11月3日、IPOを目前に控えたアント社の上場延期が発表された背景と理由については、11月12日に掲載したレポート「中国アント、史上最大規模のIPO延期の理由。ジャック・マーは誰を怒らせた?」で扱った通りです。2日、中国人民銀行、中国証券監督管理委員会、中国銀行保険監督管理委員会、国家外貨管理局という4つの金融当局がマー氏らアリババ幹部を召喚し、業務指導、命令を下した経緯も紹介しました。この面談を経て、両者は上場延期という一点で合意を形成し、前述したように、マー氏率いるアント社は、仕事の重点を企業再建にシフトしていくことになります。

 具体的に、どのように再建していくのかを知る上で、極めて重要な意味を持つのが、昨年12月26日、11月2日と同じ4つの金融当局が再びアント社を召喚し、面談を行った事実、およびその内容です。

 面談ではまず、最近の中央政治局会議、中央経済工作会議にて、「反独占、資本の無秩序拡張防止を強化」すること、関連当局はこの方針に基づいて、金融分野における市場のプレーヤーを監督し、法律やルールへの違反行為が見られれば、厳格に処罰していくことで、公平な競争と金融市場における秩序が守られるという、党指導部が下した原則が伝達されました。

 面談において、当局側はアント側に次のように警告しています。

「アントグループは設立以来、フィンテック、金融サービスの効率と普及面でイノベーションをもたらしてきた。フィンテックとプラットフォーム経済の分野で重大な影響力を誇る企業だからこそ、アント社は国家の法律とルールを自覚的に順守し、自らの企業を国家の発展という大局に適応させ、企業の社会的責任を請け負わなければならない」

 アント社のフィンテック分野における貢献と実績を評価しつつも、同社が今後引き続き、上場も含めて発展していくのであれば、中国企業としての自覚を持ち、現在急ピッチで整備されている関連法律、制度、ルールを守らなければならないと言いたいのでしょう。

 4つの金融当局を代表して中国人民銀行の潘功勝(パン・ゴンシェン)副総裁が、面談の具体的な中身について一部を披露しているので、以下、私から見て重要な部分を紹介しつつ、分析を加えたいと思います。アント社、そして「チャイナ・フィンテック」の今後を占う上で重要だと思われます。

 まず、金融当局から見て、目下、アント社の経営における主な問題点は以下の6点です。

(1)コーポレートガバナンスのメカニズムが不健全である
(2)順法意識に乏しい
(3)ルールに基づいた監督管理を蔑視(べっし)している
(4)監視管理に違反する形で収益を高めようとする行為が見られる
(5)市場における優位性を利用して、同業者を排斥している
(6)消費者の合法的な権益に損害を与え、消費者からの告発などを引き起こしている

 かなり明確な指摘であると私は受け取りました。例えば、(5)などは、親会社であるアリババ社も調査、処罰を受けた「独禁法」に引っかかるというものです。

 そして、(6)ににじみ出ているように、金融当局として最も懸念するのは、一民間企業に過ぎないアント社の金融サービスが引き金となり、市場の秩序が乱れることで、広範な消費者の利益が損なわれ、結果的に、マーケットがパニック状態に陥り、金融当局の管理責任が問われる事態に他なりません。

中国金融当局がアント社に伝えた「業務改善命令」

 その上で、金融当局はアント社に5つの要求を伝えています。

(1)支払い手段としてのアリペイという本業に回帰し、取引の透明性を向上させ、不正当な競争を厳しく禁止すること
(2)法・ルールに基づいて営業許可証を持ち、個人の信用情報を収集、管理すること、ユーザーのプライバシーを守ること
(3)法に基づいて金融ホールディングス(持株会社)を設立し、監督管理の要求を実践し、自己資本の充実とルールに沿った関連取引を確保すること
(4)コーポレートガバナンスを改善し、慎重な監督管理要求に基づいて、ルールに背いた信用、保険、理財などの金融取引を厳格に改めること
(5)法とルールに基づいて証券ファンド業務を展開し、証券に関するコーポレートガバナンスを強化し、合法的に資産証券化業務を展開すること

 これらの指摘にも、金融当局がアント社に何を求めているのかを把握する上で示唆に富む情報が含まれていますが、中でも、私が特に目を引いたのが(3)です。

 要するに、インターネット会社としてフィンテック事業に参画するアント社が、銀行、証券、保険、理財を含めた、リスクの高い信用取引に従事するのは、「経営システム自体が混乱しているという意味で問題」(中国証券監督管理委員会幹部)ということ。アント社が自らの金融イノベーションを通じて、銀行が有してきた「特権」(同幹部)を享受することは、未整備の法律の狭間(はざま)をくぐり抜ける行為であったこと。そこで、昨年9月、中国人民銀行が「金融ホールディングス会社監督管理試行弁法」を公布し、非金融系企業が金融業務を行う場合には、金融ホールディングス会社として事業に従事することを求め、関連当局にも相当する監督や管理を命じました。

 また、(3)と(5)に関わりますが、金融当局はこれまでも、アント社の貸し付け原資を問題視してきました。

 同社は、金融当局からの規制や監視をかいくぐりつつ、利潤を最大化するための常とう手段として、貸し付けた債権をもとにABS(資産担保証券)を発行して資金を調達する手法を取ってきました。その小口融資は2兆1,000億元(約33兆円)という残高に達しているものの、同社の自前資金による融資は2%にとどまっています。これを30%に引き上げろというのが、今回の面談で金融当局が命じた「自己資本の充実」に当たります。

 今回の面談を通じて、金融当局がアント社に「業務改善命令」として伝えた内容は、組織とガバナンスの在り方、ビジネスと収益モデルを含めた、総合的かつ抜本的な修正と再建を迫るものです。それが改善されなければ、違法、ルール違反の状態は変わらないというのですから、事態が深刻ではないといったら、うそになるでしょう。

 このような状況下で、アント社にとっての精神的支柱であるマー氏には、公の場に出てきて何かを語る時間も余裕もないはずです。もちろん、マー氏が出てこない背景には、上記で述べたように、そうすることには高度に政治的なリスクが伴い、実質それが許されていないという事情も深く関係しています。

IPO延期の裏に中国共産党の真意

 潘中銀副総裁は、チャイナ・フィンテックの未来について、次のように述べています。

「フィンテック及びインターネット上のプラットフォーム企業というのは新たな事物であり、イノベーションや進化は迅速で、多くの新たな特徴が見られる。金融管理機構として、引き続き、国際的に管理監督をめぐる交流や協力を強化していくつもりだ。フィンテックのイノベーションと金融システムの健全な発展を、国際社会と共同で推し進めていきたい」

 金融当局として、アント社を含めたフィンテック企業、分野を重視し、新たな事象だからこそ、情勢や問題を密に分析しながら、必要な法整備をしていく、その過程で、「先駆者」として突っ走ってきた同社には、先駆者ゆえの責任を担ってもらいたいということなのでしょう。私自身は、中国共産党指導部は、フィンテック、金融イノベーションといった分野を高度に重視し、経済成長のための原動力だと見なしていると確信しています。

 上記の点が修正されれば、アント社の上場復帰に向けて、金融当局が全面的に背中を押していくとも考えています。潘副総裁は、「引き続きアント社と密に意思疎通をし、同社の意見にも耳を傾けていく」とも言っています。ただ、今後、アリババ社やアント社は、ジャック・マーが作った、育ててきた、内外にアピールしてきた、中国が世界に誇るイノベーション企業という色彩を薄めていく、創業者の発信力ではなく、組織とビジネスの成熟性で勝負していくことを義務付けられると私は考えます。

「ジャック・マーのアント」ではなく、「アリババのアント」となり、馬雲がどこにいるかなんていう問題を誰も疑わなくなったとき、この企業は、真の意味で、中国が世界に誇る上場企業へと羽ばたくのではないでしょうか。

(加藤 嘉一)

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