ESGが投資基準として重要な時代に。既存のESGファンドは玉石混交
トウシル / 2021年4月20日 7時50分
ESGが投資基準として重要な時代に。既存のESGファンドは玉石混交
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の窪田真之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 [動画で解説]「ESG」が株価に大きく影響する時代に 既存のESGファンドは玉石混交」
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ESG重視が時代の流れに
欧州の年金基金は、投資先企業を選別する際にESGスコアを重視します。ESGスコアとは、非財務情報の中核と考えられているEnvironment(環境)・Social Responsibility(社会的責任)・Governance(ガバナンス)の3項目を数値化したものです。
これに対して、日本では数年前までESG投資は不人気でした。当時の投資家の声を総合すると以下のようになります。「いくら社会的責任を立派に果たしている企業であっても、株価のパフォーマンスが良くなければ投資家として積極的に投資する気にはならない」。
ところが、近年風向きがはっきり変わりました。日本では年金基金など機関投資家が、株式運用をする上でESGスコアを重視するようになりました。投資信託でも、ESGを重視するファンドが個人投資家に人気を博し、大きな金額を集めるようになりました。
なぜでしょう? パフォーマンス(運用成績)を犠牲にしてでもESGを重視すべきだと考える投資家が増えたということでしょうか? そうではありません。パフォーマンスを重視する投資家が、パフォーマンスを高めるためにESGを重視せざるを得ない時代になったからです。
ESGで問題を起こした企業の株価暴落が頻発し、ESG無視で高パフォーマンスをあげるのが難しいことに機関投資家は気づいています。また、ESGで高スコアの企業の株価が継続的に市場をアウトパフォームするようになり、機関投資家ではESGを専任に分析するアナリストを置くところが増えてきています。
投資家は、財務とつながる非財務情報に関心
近年、企業分析に占める「非財務情報」【注】の重要性がきわめて高くなっています。
【注】非財務情報
上場企業が開示する情報に、財務情報と非財務情報があります。財務情報とは、会社の財政状況・経営成績等を表すものです。代表的なものに、損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー表(以上を財務3表といいます)があります。
非財務情報とは、それ以外の情報で企業の価値変動に影響するものを言います。具体的には、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスにかかる情報、従業員に関する情報などが含まれます。ESGも、非財務の重要情報となりつつあります。
ただし、投資家は、非財務情報なら何でも関心を示す、というわけではありません。投資家が関心を示すのは、以下2種類の非財務情報に限られます。
【1】近い将来、財務に影響を与える非財務情報
【2】遠い将来、財務に大きな影響を与える非財務情報
財務に影響が及べば、株価にも影響します。つまり言い方を変えると、投資家は、短期的または長期的に株価に影響を及ぼす非財務情報にだけ、興味を示すようになったのです。
短期的にも長期的にも財務・株価にほとんど影響を与えない非財務情報には、投資家は関心を示しません。
それでは、ESG情報についてはどうでしょう? ここまで、ESGとひとくくりに話していましたが、実はEとSとGで、財務に与える影響は異なります。
近年の傾向でいうと、日本の機関投資家は、E(環境経営)とG(ガバナンス)を明確に重視しています。ともに、財務に与える影響が大きいからです。
S(社会的責任)については、評価が分かれます。社会貢献活動が、企業の社会との共生に役立ち、長期的な企業価値を高めるという見方と、社会的コストを支払っているだけで、それ自体が企業価値を高めるわけではないとの見方が対立しています。
私は、Sについては短期的に財務に大きな影響を及ぼすことが少ないので影響が見えにくいだけで、長期的には大きな影響を及ぼす可能性が高いと考えています。
日本の投資家は、古くから省エネ・環境技術を重視してきた
欧米でESG投資が脚光を浴びるよりもはるかに昔から、日本の投資家は、投資対象を選別する際に、E(省エネ・環境技術)に注目してきました。なぜならば、E重視が直接、企業の利益に結び付いてきたからです。
日本の自動車産業が世界でシェアを伸ばし続けてきた背景として、日本車が省エネ・環境技術で優れていた事実が大きいと言えます。原油価格が継続的に上昇していた2000年代の始めには、省エネ・環境技術が日本企業の重要な武器でした。今でも日本企業は、省エネ・環境技術では、世界トップクラスを維持しています。
というと、日本企業がESGスコアのEで、軒並み高い値をとっているように聞こえますが、実際はそうではありません。現在のESGスコアで、日本企業はあまり高く評価されません。
近年のESG重視の国際的な流れの中で、日本企業は不利な立場に追い込まれています。日本企業は、「化石燃料の効率利用」で世界トップクラスの技術を持っています。ところが、今主流のESG基準は、どんなに化石燃料を効率的に使っていても、化石燃料を使う限り「悪」とみなす傾向があります。化石燃料の効率利用で世界トップの日本企業でも、ESG基準で「悪」とレッテルを貼られるリスクがあります。
たとえば、トヨタ自動車のハイブリッド車がそうです。ガソリン車に比べて、大幅な燃費改善・環境負荷の低下を実現しています。それでもガソリンを使うことが問題視されているため、欧米主要国では環境車として認められていません。
一方、EV(電気自動車)関連企業は、ESGで高く評価されます。EVは走る際に、一切排ガスを出さないからです。ところが、EVにも問題はあります。EVを動かすのに使う電気を作る時、大量の化石燃料を使うことです。今のESG基準は、そうしたEVにとっての不都合な真実には目をつぶっています。
私は、ESGを重視することは、地球にとっても運用にとっても重要だと考えています。ただし、既存の基準には異論があります。既存のESG基準が欧米、とりわけ欧州中心に作られているからです。日本から見ておかしいと思うところが、多々あります。
それでも、今はやりの基準を無視することはできません。今ある欧米の基準に基づいて世界のルールが作られているからです。環境スコアが低い企業がペナルティを支払わされ、環境スコアが高い企業がそれを受け取る時代となっています。ESGが財務・株価に影響を与える影響は、否が応でも大きくなってきています。
ガバナンス情報の重要性が高まる
ガバナンス情報が重要なことについては、ほとんど異論がありません。近年、ガバナンスの悪い企業の株価が暴落する事件が頻発しているからです。ガバナンスの良し悪しは、短期的に財務に大きな影響を与えるようになっています。したがって、ガバナンス情報には、年金のような長期投資家だけでなく、ヘッジファンドのような短期投資家も、目配りする必要が生じています。
たとえば、国際的なカルテルの疑いで取り調べを受けている企業について、「クロと判定された場合の課徴金がいくらか?」は、重大な関心事です。
日本企業には、古くから同業内で情報交換する習慣がありました。ただ、その慣行が、海外でカルテル(価格情報の交換により一定以下に価格を引き下げないようにする暗黙の協定)とみなされるようになりました。自動車部品では、幅広い分野で日本企業がカルテルでクロの判定を受け、巨額の課徴金を取られるケースが後を絶ちません。
カルテルの国際的な調査は、年々厳しく、また巧妙になってきています。カルテル行為に加担した企業のうち、最初にカルテルを認めて情報を提供した企業だけは、課徴金を免れ、それ以外の加担企業が莫大な課徴金を取られるという方法がとられることが多くなりました。こうなると、我先にとカルテルを認める企業が出て、連鎖して次々と巨額の課徴金を取られる日本企業が出るようになっています。
日本の製造業は今や日米欧含めて、世界的に業務展開しています。日本でカルテル課徴金を取られると、米国でも欧州でも、次々と制裁を課され、課徴金がどんどん膨らみます。そうしたコンプライアンスリスクを抱える企業への投資を、投資家は避けようとします。
働き方改革も、単なる従業員福祉の問題ではなくなりました。改革の遅れている企業がブラック企業として悪評がたつと、採用やビジネスで不利をこうむるようになります。また、働き方改革の遅れが労働生産性の低下につながると、直接企業業績に悪影響を及ぼします。
というわけで、年金など機関投資家は銘柄選別の際、違法残業の有無やダイバーシティへの対応にも気を付けるようになりました。働き方改革が遅れていて、ガバナンスに問題のある企業に投資すると、財務に大きなダメージを受ける可能性が高まってきたからです。
年金などの機関投資家は、近年、議決権行使を重視するようになりました。議決権行使を通じて、ガバナンスに問題のある企業に圧力をかけるようになりました。情報ソースとして、広く公開されているものに、東京証券取引所が求めるガバナンス報告書があります。ガバナンス報告書や、CSR報告書、統合報告書などに開示される非財務情報は、機関投資家にとって財務3表と並ぶ重要情報となりつつあります。
既存のESGファンドは玉石混交
今はまだ、ESG運用の創成期です。ESGといっても、あまりに幅が広すぎるので、何を重視するかファンドによってばらばらです。次々とESGを重視するファンドがリリースされ、巨額の資金を集めるようになりましたが、パフォーマンスもバラバラです。
今は玉石混交のファンドが次々と出てきている段階です。ESGを重視しつつ高いパフォーマンスをあげていくファンドが選別されていくには、まだ時間がかかりそうです。
(窪田 真之)
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