ガバナンスのいい企業と悪い企業、投資するなら?「ガバナンス・リターン」を考える
トウシル / 2021年6月8日 12時18分
ガバナンスのいい企業と悪い企業、投資するなら?「ガバナンス・リターン」を考える
「ガバナンスのいい企業」に投資すると儲かるか?
投資家、あるいは株主は、企業に対して、良いコーポレート・ガバナンスを求めるのが普通だ。では、コーポレート・ガバナンスの良い企業の株式は、良い投資対象なのだろうか。
簡単な思考実験をしてみよう。同じ程度に稼ぐことができるビジネスを有していて、同じような財務内容の会社A社とB社があるとしよう。A社は、委員会等設置会社で取締役会のメンバーには社外取締役も含めて多様性があり、株主還元に積極的で、今期も自社株買いを発表しているとしよう。一方、B社は、同族中心の取締役会で、現預金等の形で内部留保を手厚く持ち、株主還元には消極的だとしよう。
仮定により「同じ収益力」のA社とB社だが、A社の方が株価は高く形成される可能性が大きい。金融論的にも、少なくとも自社株買いは債権者の資産の価値を株主に移転する効果があるし、ESG投資などがテーマとなると先進的な取締役会の構成は市場の参加者の受けがいいだろう。この時の、A社の株価をa、B社の株価をbとしよう。a>bだ。
日本の投資家は、長年に亘ってA社的な企業経営を良いものとして、上場企業に対して「より株主本位の経営」を求めてきた。筆者も、過去にそうした方向性の論考を何度も書いてきたし、上場会社にとって「望ましい方向性」だとの考えに大きな変更はない。
だが、ここでA社の方が、B社よりも「投資対象としていいのか?」と問われると、「そうだ」とは言いにくい事情がある。
B社が方針変更すると?
思考実験の続きだ。
同族経営で保守的な経営をしていたB社の経営者が「心変わり」したとしよう。経営者の「急死」とか「失脚」といった大きなドラマを設定しなくとも、企業の経営方針が変わることはよくある。例えば、海外留学から戻った孫に米国流のファイナンス理論を吹き込まれたとか、証券会社の投資銀行部門が知恵を付けたとか、占い師に影響されるとか、「社長の心変わり」は、起こるときには、案外簡単に起こる。
B社が、A社的な「先進的なコーポレート・ガバナンスを目指す会社」に方向転換することにしたとしよう。何が起こるか?
取締役会の改革と大規模な自社株買いをしたB社の株価は、おそらく上昇し、思考実験的にはA社の株価に並ぶ。
この株価上昇は、B社の「ビジネスが稼ぐ力」が改善することによってもたらされるのではなく、同社が「ガバナンス」を改善することによってもたらされたものだ。この株価上昇によって投資家が得るリターンを「ガバナンス・リターン」と呼ぶことにしよう。数式的には(a-b)/bだ。
優等生よりも劣等生の改善!
A社は優れたガバナンスが評価されて既に株価が高く形成されている。ガバナンスの改善だけで株価を上昇させる余地は乏しい。
一方、B社は、経営者が良い方向に心変わりするだけで、ビジネスが改善しなくとも株価を上げることが出来る。ガバナンス・リターンが発生する余地がある。
世間的には、ガバナンスが既にいいA社のような会社に投資するのがいいと言われる可能性が大きいが、実は、何社に1社あるのかは分からないが、ガバナンスを変えるだけで改善の可能性があるのはB社的な企業だ。
筆者が投資家なら、B社的な企業にこそ投資したいと思う。もちろん、B社に何の改善も起こらない可能性はあるが、経営者の「心変わり」だけで株価を上げられるポテンシャルには魅力がある。同様に考える読者は少なくないのではないか。
他方、現時点で株主から見たガバナンス状況が良くない企業への投資に対して苛立つ人もいる。いわゆる、「ESG投資」を推進しようとするような人々だ。
経営者を動かす方法
さて、B社的な「ガバナンス劣等生」企業に実は案外投資妙味があると理解したとして、問題はB社の経営者にA社的な経営を目指すようにさせる動機付けだ。
先ほど、B社の経営者の心変わりの原因として、証券会社の入れ知恵を取り上げたが、B社に食い込んだ証券マンが経営者に何を入れ知恵すると、B社はA社的な経営を目指すようになるだろうか。
その方法は案外簡単だ。B社の経営者や、経営者の一族・側近などに、自社株や自社株を原資産とするストックオプションを持たせて、株価を上げる操作に対して動機付けを行うといい。特別に強欲な人でなくとも、経営者には「自分が経済的にもっと報われてもいい」と思っている人が多いので、この画策は上手く行く公算が大きい。
知恵を付けた証券会社としては、B社の株価を上げることに成功しそうだし、経営者一族の資産運用に食い込むことができそうだ。また、その過程でB社に社債発行で資金調達を行わせるなど、証券会社のビジネスに貢献する可能性が大きい。
因みに、近年導入の重要性が強調されている社外取締役は、現実的には経営者によって選ばれるので、経営者への報酬を増やすことに対して正統性を裏書きする賛同者になりやすい。率直に言って「社外の人」はビジネスの機微が分からない。社外取締役は、経営者への報酬増加に賛成する「応援団」になりやすい。社外取締役を導入することが、業績の改善につながっているとするような研究結果は殆ど見たことがない。
経営者の経済的な利害を自社の株価の上昇に強くリンクさせる方法は、株主から見て、経営者を「買収」することを実現したに等しい。
ガバナンス・リターンは一回限り
さて、投資家の立場に戻ろう。
B社的な企業がA社的な企業を目指す過程で生じる「ガバナンス・リターン」は、毎年継続的に発生させられるようなものではない、一過性のリターンだ。そうであるが故に、投資家にとっては、B社的なガバナンス・ダメ企業の方が、A社的なガバナンス優等生企業よりも投資の点で魅力的である可能性が生じる。
実際には、B社的な企業がそのまま株主から見て非効率的な経営を続ける可能性もあるのだが、A社的な企業は単にガバナンスを改善することによっては株価を上げることが出来ない。
さて、強引な当てはめだが、例えば近年株価が好調な米国の企業がA社で、株価の動きがパッとしない日本企業がB社なのだとすると、読者はどちらに投資したいだろうか。当面の気分がいいのはA社的な企業への投資かも知れないが、長期的にはB社的な企業への投資が優れている可能性がある。ガバナンス・リターンを先に使った米国株よりも、まだ使っていない日本株に投資する方が有利である可能性があると思うのだが、どうだろうか。
何れにせよ、ESG、SDGsなどの世間的な正義の観点が企業価値の評価として有効であればあるほど、優等生への投資が必ずしも有利ではないという皮肉な構造が市場に埋め込まれていることは覚えておきたい。
尚、投資のセオリーとしては、A社にもB社にも投資する分散投資が正しいことを申し添えておく。
(山崎 元)
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