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資産運用の個人最適化への疑問。他人に任せるのは、実は難しい?

トウシル / 2021年7月6日 6時0分

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資産運用の個人最適化への疑問。他人に任せるのは、実は難しい?

※本記事は2017年12月21日に公開したものです。

「先入観タマネギ」の皮をむく

 筆者は、いろいろな場所で、様々な人を相手に、長年、運用に関する話をしたり、文章を書いたりしている。それが仕事である。ところが、運用に関するごく基本的な内容について、自分が何らかの先入観に囚われていることに気がつく場合が時々ある。

 近年の例を挙げると、筆者は、「お金の運用には、さまざまな方法や投資対象があり得て、個人個人の事情によって、最適な方法(たとえばアセットアロケーション)や商品が異なるものなのだ」という通念に過剰に自らが縛られていることに気づいた。

 しかし、よくよく考えてみると、お金の運用の目的は、誰でも「無理のないリスクの範囲で、なるべくお金を増やすこと」が共通であり、最も効率のいいリスクの取り方(たとえば運用商品の組み合わせ)がわかっているとすると、初心者でもベテランでも、運用金額が大きくても小さくても、運用方法は同じでいいのだ、ということに思い至った。「顧客タイプ別の運用」という概念は、金融業界が、商売のために作り上げたフィクションだったのだ。この作り話はなかなか強力で、金融商品取引法のような法律を含む法と規制もその影響下にある。

 このことに気づく前は「個人の経済的な属性を複数のファクターで分析すると、個人個人の事情に従って、異なる最適な運用があるのではないか」という問題意識をなかなか捨てることができなかった。金融ビジネスの世界においては、年金運用のような機関投資家の世界には年金のALM(資産と負債を統合的に分析する手法)のような手法があるし、個人向けのビジネスの世界でも個人個人に合った運用方法をファイナンシャル・アドバイザーがコンサルティングするような手法が一般的なので、世の中で行われていることを理論的に理解して、簡単にできないか、という方向にばかり頭を使っていた時期がある。

 しかし、近年、ビジネスとしての「ファイナンシャル・コンサルティング」の胡散臭さを感じるケースが増え、その世界で「当たり前」とされている前提を疑ってみると、少なくとも普通の人にとって、お金の運用というものは、もっとシンプルで、かつ同じ方法のものでいいのだということに気づいた。お恥ずかしい話であるが、筆者の中では、こうした理解の進歩はごくゆっくりとしたペースで進んでいて、いわばタマネギの皮を、一枚に何年も掛けてむいているような案配で、自分の運用常識をアップデートしているのが現実だ。

バランス・ファンドやラップ口座は初心者向きなのか?

 今回むこうとしているタマネギの皮は、「運用を他人に任せる」ということの価値評価の問題だ。たとえば、「バランス・ファンドは初心者に向いている」とよく言われるが、これは本当なのだろうか、といった問題をどう考えるのが適切なのかということだ。筆者は、バランス・ファンドやラップのような「お任せ商品」を扱っている会社に所属している身であるが、本件については、自分の利害(会社の利害はひいては自分の利害でもある)を離れて「投資家にとって正しい」という観点から考えを述べてみたい。

 例えば、バランス・ファンドについて、詳しい論点は、本連載の前々回に書いたが、例えば投資家が集まる場所でお金の専門家と意見を交換すると、次のように言われることがある。「人は、特に運用の初心者は、ヤマザキさんのように合理的に運用を考えられる訳ではないので、運用を他人に任せるというのは『あり!』なのではないですか」といった意見だ。

 この意見は、「ヤマザキさんは、合理性や論理にこだわるうるさい人だ」という印象の操作とともに用いると、なかなか効果的に響く場合があって油断できないのだが、根本的な価値観の方向が間違っているのではないだろうか。端的に言って、バランス・ファンドやラップ口座のような、「他人に運用を任せる」行為は、本来は難しいことであって、少しも初心者向きではない。

他人任せが実は「難しい」8つの理由

 他人に任せることが実は「難しい」のだという理由は複数ある。

1.    任せた運用の中身の把握が「難しい」
2.    任せた運用の中身を思うようにコントロールすることが「難しい」
3.    運用の一部に他人任せの部分ができると全体の把握とコントロールが「難しい」
4.    任せる他人の運用能力を評価することが「難しい」
5.    任せた他人と自分との利益相反(経済的利害の対立)の発見と制御が「難しい」
6.    他人に自分の状況を正しく伝えることが「難しい」
7.    他人の側で顧客の状況に合わせて運用することが(実は!)「難しい」
8.    任せることによる手数料の増加を抑え込むことが「難しい」

 数え上げてみると、当初思っていたよりも多くの「難しさ」がリストアップできた。

「カモ」の先輩は企業年金

 実は、上記のリストを考えるに当たって脳裏に浮かべた事例がある。それは、1990年代の「厚生年金基金」という制度を中心とした企業年金の状況だ。彼らは、たとえば、「我々は運用の素人だし、十分な数のスタッフもいない。たとえば、アセット・アロケーションのような高度な意思決定を自前でやることは難しい」と言って、たいていは複数の、信託銀行や生命保険会社、あるいは内外の投資顧問会社にバランス型で運用を委託して、多くの場合、基金全体のアセット・アロケーションも把握することができない状況に陥り、アセット・アロケーションを適切に動かすこともできず、余計な手数料を払っていた。

 つまり、何百億円、何千億円といった運用金額の大きさは違ったかも知れないが、やっていることは、金融機関のすすめに従ってバランス・ファンドを買ったり、ラップ口座にお金を預けたりしている今日の個人投資家と変わらない、金融機関の「カモ」(「顧客」と書いて「カモ」とフリガナを振るのが筆者のかつての常だったが、愚かにも儲けられているという意味で「カモ」と呼んでいいと思う)の典型的な先輩なのだった。また、企業年金というカモの先輩は、年金コンサルタントと称するアドバイザーをわざわざお金を払って雇い、上手くできるあてのないアクティブ・ファンドの運用会社選びを行って、コンサルタントとアクティブ運用の会社の両方に余計なコストを払う人達でもあった。

 1990年代から2000年代にかけての時代が悪かったという背景はあるが、こうした企業年金の運用は、「もちろん!」上手くいかなかった。多くの厚生年金基金の解散や、国から預かって国の代わりに運用していた厚生年金の一部の運用資産(「代行」部分と称する)を返上して資産を縮小して看板替えをするような状況に追い込まれた。

 個人投資家の皆さんには、彼らの轍を踏んで欲しくないと筆者は思う。

 付け加えると、筆者は、かつての厚生年金基金の人達に、「自分が取っていいリスクの求め方と、説明の仕方(企業年金は、主に母体企業の経営者に運用方針を説明しなければならない)」と「アセット・アロケーションの方法」、さらに個々の資産分類の運用を「インデックス・ファンドだけで行うこと」を、もっと真剣に教えてあげたら、彼らはもっと上手く運用をコントロールできたはずだし、少なくとも、余計な支払手数料が大幅に節約できたのに、との残念な感情を禁じ得ない。当時、バランス運用の形式で、特に複数の会社に運用を委託することの難しさや無駄は年金基金の関係者に対して力説したように思うが、自分がアクティブ運用好きであったこともあり(今でも、好き嫌いで言うと、アクティブ運用の方が好きだ)、企業年金の人々には現実的に扱いきれない「難しい話」をし過ぎていたことを、今は、反省せざるを得ない。

「お任せ運用」をすすめる人は腹黒い

 結局の所、投資家は、(1)自分の運用のリスクの大きさと内容を自分で決めて、(2)常に現状を把握できて、必要な場合には(3)自分の思う通りにコントロールできなければならない。初心者であろうとなかろうと、このプロセスを手放してはいけない。「わからない」なら、投資金額を小さくすればいい。バランス・ファンドにせよ、ラップ口座にせよ、他人に運用を任せると、これらがすべて「難しく」なってしまうのだ。

 そうであるにも関わらず、「初心者や運用が面倒くさい人は、他人任せの運用もアリだと思う…」というようなことを言うアドバイザーは、運用がまるでわかっていないか、「任せられることで儲かる人」の手先になっている腹黒い人だと疑って警戒するのが、「大人の経済常識」というものだろう。

鍵は「後悔回避」の克服

 ここまでの話は、それほど難しくなかったと思うのだが、それでも、多くの個人が、自分の大切なお金の運用を「他人任せ」にしてしまう原因は、行動経済学で言うところの「後悔回避のバイアス」にあるように思われる。後悔回避のバイアスとは、「自分が決定したことが将来失敗して、自分が自分の決定を後悔することが嫌であるために、自分で意思決定することを避けようとする人間の傾向性」のことだ。

 たとえば、複数の人とレストランに行った場合に、自分でメニューを決めずに、先にオーダーしてくれた他人のオーダーを真似して、「私も、同じの」と言うのが気楽であるような心理を想像して頂けるとわかりやすい。人は、こと投資のように、将来の結果が不確実で、失敗した場合に後悔をともなう行為に対して、「自分で決めないで済むと気が楽だ」と思う傾向がある生き物なのだ。この心理を克服することが、お金の運用全般にあって大切だ。

 しかし、「任される側」の能力や利害、「任せる側」の判断能力や支払いコストなどを考えると、自分のお金の運用方針を他人に決めてもらうように任せるという行為は、運用が余程詳しく、かつ相手に対する立場が強いのでない限りできるものではない。

 おおまかだが、結論を言おう。

 個人は、内外の株式のインデックス・ファンドと個人向け国債・変動金利10年満期の、3つの運用商品を知っていると、それで十分だ。それ以外の余計な運用商品を知る必要はない。その代わり、自分が取ることが適切なリスクの大きさについてだけは、他人に任せようとするのではなく、自分で考えて欲しい。リスクはリスク資産への投資金額の大小で調節するといい。そのほうが、ずっと簡単でかつ安心なのだ。

【コメント】

 2017年公開の記事で、それほど時間が経っていないということもあり、本文の趣旨に訂正箇所はない。敢えて付け加えると、お金を他人に「任せる」といっても、全財産を一人に任せるケースは珍しいだろうが、自分のお金の一部を預けた場合、「自分の運用資産全体の問題」を再度自分で考えなければならないという問題の重要性を強調しておきたい。任せる相手が、人間のアドバイザーであっても、AI(いわゆるロボアド)であっても、問題は同じだ。お金の運用に関しては、「専門家」に任せたことで、問題は解決しないのだ。

 もちろん、全財産を一人のアドバイザーに任せたら上手く行く訳でもないことは、本文を読んで頂けたらご理解頂けるだろう。(2021年7月1日 山崎元)

(山崎 元)

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