「お金」と「幸福」に関する試論
トウシル / 2021年9月14日 9時54分
「お金」と「幸福」に関する試論
今回は、お金と幸福との関係について考えてみたい。大きなテーマなので、結論が出るとはとても思えないが、読者と書き手自身とがこの問題について考える手掛かりになるといいと思いながら書いてみる。
きっかけは「FIRE」
筆者がこの問題を考えようと思ったきっかけは、「FIRE」についてあれこれ検討してみたことにある。FIREとは大まかに言うと、若くしてリタイアできるような金融資産を築くことだが、筆者は、若い頃からこの状態を目指してお金を貯めて、投資に励む人生戦略に対して違和感を感じた。
若い時分には、金融資産に投資するよりも、自分自身の「人的資本」の拡大のために投資する方が、効果が高い場合が多いのではないか。
生活のスケールを切り詰めて、それこそ爪に火(FIRE!)を灯すような生活をしながら貯金と投資に励むと、一種の逃げ切り状態である「FIRE」に到達できるかも知れないが、その稼ぎと支出の経済的スケールは小さなものにとどまってしまいそうだし、FIREに達するまでの年数(順調で十数年)の経験がつまらないものになってしまうのではないか。人生全体がしぼんでしまうのではないかと心配だ。
一般論として、(1)自分の「教育」・「経験」・「人間関係」への“投資”は早い時点に行う方が効果的である。
図1のような損得勘定だろうか。
(図1)人的資本と金融資産への投資の年齢別累積損益
金融資産への投資は複利の効果が働くこともあり、若い頃に行い長期で運用することが有効だが、例えば、仕事のスキルにプラスになる投資(典型的には、いい学校に行く、資格を取る、修行のために外国に渡る、など)は、将来の収入を増やすことにつながるし、その効果を長く享受できる点で、早く行う方がより有効なのだ。
逆に、例えば、定年前に社会人大学院でMBA(経営学修士)を取るような自己投資は、本人の満足にはなるかも知れないが、そのスキルによる収入増加では掛かったコスト(直接的な学費の外に、働きが減って稼ぎが減ることの機会費用も含む)を回収できないかも知れない。金融資産に投資する方がマシだという状況は大いにあり得る。
「お金」と「時間の使い方」のトレードオフ
さて、前記の話は、お金を稼ぐ効率に関する比較だが、「お金」自体は「幸福」を生み出すための「手段」に過ぎない。一方、お金を稼ぐためには、しばしば自由な時間を犠牲にするような「幸福の犠牲」を伴う。
一般に、自分の行動を自分で決めることができる「自己決定性」は幸福を増進するとされる。日々の時間の「自由度≒幸福度」とお金を稼ぐか使うかの「収益性」の関係を図2に整理してみた。
(図2)収益性と自由・不自由による時間の幸福度の分類
例えば、この図の第1象限にあるような、自分にとって張り合いがあって楽しい行動が自分の仕事であり、自分に収入をもたらすような状況を作り出すことができると、人はかなり幸せだろう。雑な比較で恐縮だが、「やることのないFIRE」状況の人よりも幸せではないだろうか。この第1象限の時間を生み出すことが、言わば「人生勝利の戦略」にちがいない。
もっとも、仕事というものが楽しいばかりのものでないのは、多くの人が実感するところだろう。我慢して働き、しかしお金を稼ぐことができる第2象限の領域で多くの人が働いている。そして、お金を使って楽しい時間を買う第4象限の領域との間を行き来するのが、普通の暮らしであるかも知れない。
もちろん、不自由でしかも損をするような第3象限の状況は避けたいと誰しも思う。
フローからストックへ
先の図2は、時間の過ごし方と幸福感・有利感の関係を表した、言わば「フロー」の図だが、その時々の人生の状況をあたかもバランスシートのように捉えて、位置を把握する「ストック」の概念を考えてみよう。図3を見て欲しい。
(図3)「お金」と「自由」に関する現在のポジション(B/S的なプロット)
人は、図3のできるだけ右側のポジションに位置することができると幸せだ。しかし、金銭的な余裕がなくなると、左の領域に移動するような力が働きやすい。
例えば、就職活動に励む学生は、なるべく自分の好きな仕事で(なるべく右側で)、なるべく早く収入が増える(上に移動できる)ような就職先を探したいと思うのだろう。
試しに、筆者の人生のポジション推移をプロットしてみた(図4。あくまでも主観的なものだが)。
(図4):筆者の人生のポジション推移
「そう嫌いではない仕事から始まり、少しずつ経済状況を(新入社員の頃よりは……)改善してきたが、好きな仕事も、そう好きでない仕事も経験し、たいしてお金持ちにならずに、しかしまあまあ好きな仕事ができている現在に至る」といったイメージだ。もう一度描き直すと全く異なる線になるかも知れないが、思い切って描いてみた。
経済的には何も持っていない新卒の就職から、なるべく右側にポジションを取り、働き甲斐のある仕事でお金を増やして、自分のポジションをひたすら右上に導くことができると人生は素晴らしいのだが、そうも行かないのが人生だ。
「お金」と「自由」のトレードオフ
「お金は自由を拡大する手段だ」とは、筆者がセミナーなどの冒頭でよく述べる言葉なのだが、お金を使うと自由の範囲を拡げることができる(図4のより右の点に移動できる)。
一方、他人も自分も嫌うような(キツい? つまらない? 悪い? ……)仕事の方が稼げるお金は大きいケースが少なくない。「お金」と「自由」にはトレードオフ関係がある。この関係を示してみたのが図5だ。
(図5):「お金」と「自由」のトレードオフ関係
「お金」で「自由」を買うことができるし、一方、自分の「自由」を犠牲にして(たとえば自分の時間をより多く売って)「お金」を手に入れることができる。
ちなみに、FIREには、どのくらいのリッチ加減(高さ)を維持して、どの程度の自由を享受しようとするのか(どれだけ右に行けるか)によって、多様なグレードが存在することが分かる。
人間関係が幸せに影響する
さて、お金があれば自由の範囲が拡大する。例えば、個人でもお金があれば、宇宙旅行を体験できるような世の中になった。
しかし、宇宙旅行それ自体が本人にとってかけがえない経験であるとしても、人は、宇宙旅行に行った自分を他人に感心して承認して貰いたい生き物でもある。
端的に言って、人間は、自分に関して他人による承認を得たことを実感して「幸せ」を感じる。いくらお金があって自由の範囲が広くても、友達も恋人もいないような人生では面白くないし、幸せを実感することが難しい。
必ずしも異性関係の「モテる・モテない」ではなくもう少し広い人間関係を指すことにするが、「モテる」人は幸せだし、「モテない」人は不幸せだ。「お金」、「自由」の外に、「人間関係」の要素が幸福には影響するということだ。図解すると、図6のような3次元になる。
(図6)第3の要素としての「他人の評価(≒モテ)」
他人を眺めて推測するに、人気のある人(モテる人)は、富裕であるか否かを問わずに幸せそうに見える。他方、人気のない人(モテない人)は、豊かであったり仕事の実力があったりしても、何やら不満そうで、素直に幸せではないように見える。
自分に引きつけて考えてみるとしても、「人間関係の全てを失う」状態と、「金融資産の全てを失う」状態とを想像上で比較すると、前者の方が圧倒的に嫌だ。これは、筆者がたいしたお金を持っていないからなのかも知れないが、多くの読者がこのように感じるのではないかと想像する。
さて、他人からの承認、即ち「人気(≒モテ)」は、どの程度お金で手に入れられるものなのだろうか。
様々な人間関係に付随するイベントにはお金が関係するので、お金で「人気≒モテ」を買える面はある。しかし、例えば、超富裕な個人が巨額のお金を使うと近い将来「初めて月に到達した民間人」のような立場を手に入れられるかも知れないが、この人が「世界一モテる人!」になるのは無理だろう。
おそらく次のようなことが言えそうだ。
- お金は「人気(≒モテ)」を買うにも有効だが、「自由(にやりたいこと)」を買う場合ほど有効ではない。
- 人気者(≒モテる人)はお金を稼ぎやすく、不人気な人(≒モテない人)はお金を稼ぎにくい。
この関係を図にしてみたのが、図7だ。
(図7)人気(≒モテ)とお金の関係
人気(≒モテ)には、たぶん稼ぐ能力と同じかそれ以上に、元々の資質の個人差が大きいだろうが、「人柄を良くする」などの努力で改善ができない訳ではない。
「幸福」を構成するのが「自由」と「人気」だとして(図8参照)、「お金」は両者を手に入れるに当たってポジティブな影響力を持つ要素だ。加えて、お金を得る近道についても考えると、他人に好かれること(人気者になること)が、直接的な幸福感の獲得にも、お金を通じた間接的な幸福感の獲得にも有効であるようだ。
(図8)「自由」と「人気」と「幸福感」
「幸せになるには、他人に好かれるような人になるのが近道だ」という平凡な結論が出た。
(山崎 元)
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