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中国は戦争を終わらせたいのか?

トウシル / 2022年5月12日 6時0分

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中国は戦争を終わらせたいのか?

 ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始(2022年2月24日)して2カ月半が経過しようとしています。5月9日、ロシアのプーチン大統領は「第二次世界大戦で旧ソビエトがナチス・ドイツに勝利して77年の記念日」に開催された記念式典で演説しました。注目されていた「戦争状態」の宣言はしませんでしたが、「ロシアにとって受け入れがたい脅威が直接、国境につくり出され、衝突は避けられなかった」と述べ、ウクライナへの軍事侵攻を改めて正当化しました。泥沼化するウクライナ戦争ですが、プーチン大統領としてもロシアとして追求する目標が達成されるまで、引くに引けないジレンマに直面している現状が見て取れます。

 では、この戦争はいつまで続くのか?

 先日議論をしたワシントンD.C.在住の政策関係者は、「この戦争がいつまで続くかによって、企業家にとってのビジネスプランや投資家の投資戦略は大きく変わってくる」という指摘をしていました。私もそう思います。トウシルのトップページに「ウクライナ・ショック 投資環境はどうなる?」というバナーが長らく貼られているのも、同様の問題意識から来ていると、一著者として感じます。

 本レポートでは以下、私が専門にする中国がウクライナ戦争の現状と先行きをどう捉えているのか、その過程で、ロシア、ウクライナ、米国、欧州といった鍵を握る国とどう連携しようとしているのか、そもそも、中国は「戦争を終わらせる」ことをどう思っているのか、などを分析していきます。投資家の皆さまが「この戦争はいつ終わるのか?」を判断する根拠になれば幸いです。

「米国の目標は戦争を終わらせることではなく、長引かせることである」

 特にこの2週間、中国政府内で外交政策に関わる関係者や米中関係、ウクライナ情勢の分析に従事する政府系シンクタンクの研究者らと議論していると、このフレーズが聞こえてきます。習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党指導部の認識であり、立場であると私は理解しています。

「米国にウクライナ戦争を終わらせる気は毛頭ない。むしろ長引かせることで権力を強化し、利益を拡大しようとしている」

 このような認識、立場は、ロシアによる軍事侵攻後、直ちに形成されたわけではなく、中国の党、政府、軍、国有企業、シンクタンク、大学などあらゆる機関の関係者が、2カ月ほどの時間をかけて密に観察、分析を加えた上で行きついた「結論」だと言えます。

 参考になるのが、5月6日、楽玉成(ラー・ユーチェン)中国外交部筆頭副部長が中国公共外交協会と中国人民大学が共同主催した『世界20カ国シンクタンクオンライン対話』に出席した際に語った次の見解です。習近平政権としての現状認識を如実に体現しています。

「米国のテレビドラマ『ハウス・オブ・カード』に出てくる政治家に次のような名言がある。『政治には犠牲が必要だ。もちろん、それは他者の犠牲だ』。ウクライナ戦争は欧州の土地で発生している。欧州はその影響を最も直接的に受け、損失は最大である」

「中国のあるネットユーザーは欧州が昨今直面するジレンマを次のように描写している。『欧州では食料が不足し、エネルギーが不足し、難民が増え、失業が増え、経済が難しくなった。そして、戦争がいつ終わるかは分からない』。一方の米国は大西洋の遥か対岸に身を潜め、バランスを取り、軍事産業は大いにもうかり、ガスや石油といった資源は大いに売れている。金融資本は本国に回帰している。受け入れた難民も十数人らしい」

「欧州と米国の間に存在するこの鮮明なギャップは、なぜ一部国家が危機に油を注ぐことばかり行い、ロシアとウクライナ間の停戦協議を妨害すべく奔走しているのかを的確に説明している。はっきり言えば、その国家は戦争特需を得たいのだ。ウクライナを犠牲にし、欧州をコントロールし、ロシアを弱体化させ、覇権と強権を延命させたいのである。一石二鳥どころではない。好きでやっていることだから疲れすら感じないのだろう」

 3段目における「一部国家」、「その国家」が米国を指しているのは明確です。中国は、ウクライナ戦争勃発後約2カ月の観察と分析を経て、米国は、リスクとコストはウクライナやエネルギーでロシアに大きく依存する欧州諸国に払わせ、これらの国家がロシアから離れる過程で自国の軍事、エネルギー産業がもうかるように仕向け、結果的に、ロシアのユーラシアにおける国力や影響力を弱体化させようとしている、という結論に至ったのです。

 3月26日、バイデン米大統領は訪問中のポーランドで行った演説で「この戦争は数カ月、数年の時間内で勝利を得ることはできないだろう。我々は将来の長期的な闘争に備え強くならなければならない」と語りました。中国は同大統領によるこの発言を「米国は戦争を終わらせるつもりなど毛頭ない」と解釈し、その理由を「戦争が長引くことが米国に有利に働くからだ」と理解した、というのが私の分析です。

 また、5月10日、ヘインズ米国家情報長官が上院軍事委員会の公聴会で証言し、「プーチン大統領は東部ドンバス地域にとどまらない目標達成に向け、長期的な紛争への準備を進めている」という分析を披露しています。

 整理すると、現状は次の3点に集約できるでしょう。

(1)ロシアは目標達成がなされていない現状では引くに引けない、故に戦争は長期化する。
(2)米国は(1)を直視し、ロシアとの長期的な闘争に備えるべく準備を進めている。
(3)中国は(1)(2)を直視しつつ、米国は引くに引けないプーチン大統領の苦境を逆手に取り、戦争を長引かせることでロシアを弱体化させ、米国の国益増大につなげようとしている、と「解読」している。

「米国によるロシア弱体化戦略は、中国封じ込め戦略の一環」

 一部関係者から、「中国はウクライナ戦争が長引いてほしいのではないか」という分析が
聞こえてきます。欧州や米国が欧州のウクライナ戦争で疲弊することで、それと距離を置く中国は国力を増強させ、かつ米国が欧州で手をこまねいている間にアジアでの影響力を拡大し、あわよくば台湾統一に向けて行動を取れるから、というのが根拠のようです。

 私はこの分析にはくみしません。ウクライナ戦争が長引くことで、対米戦略という範疇(はんちゅう)で中国に有利に働く要素は無きにしもあらず、でしょう。しかしながら、戦争が長引くことで、中国はロシアとの関係を疑われ続けます。中国が経済的、軍事的にロシアを側面支援しているから、ロシアが戦争を止めないのだという世論が高まるでしょう。

 中国への二次的制裁が発動される可能性も高まります。そして何より、2013年3月、国家主席就任以降、習近平主席はプーチン大統領と計38回の首脳会談を重ねてきた、要するに、「プーチンのロシア」との関係構築に多大な投資をしてきました。

 そんなプーチン氏がウクライナ戦争で泥沼に陥り、失敗したとなれば、今秋行われる第20回党大会で3期目突入をもくろむ習主席にとっては政治リスクとなります。責任問題にも発展しかねないでしょう。

 従って、中国は、できる限り早く停戦にこぎつけることを望んでいると私は分析します。ロシア、ウクライナ、欧州が納得できる形で合意に至ることを望んでいるはずです。そして、そんな停戦合意の邪魔をしているのが米国である。米国が目標とするロシアの弱体化は、米国が最大の脅威と定義づける中国を封じ込めるのにも有利に働く。米国にとって、ロシア弱体化戦略は対中封じ込め戦略の一環である。それならなおさらロシア弱体化は見たくない。というのがプーチン大統領を「盟友」に位置付ける習主席の本音でしょう。
(中国のロシア支援に関しては「中国がロシアを軍事支援」は真実か?中ロ関係を再検証」参照)

 中国は戦争勃発当初から一貫して「一方的な制裁には反対。制裁は問題解決につながらない」という立場を堅持してきています。バイデン政権は習政権に対し、ロシア支援を止めて、対ロシア制裁を支持するように促していますが、中国はこの点もかたくなに拒絶しています。その背景にあるのが、上記の対米認識です。中国の思惑を私なりにまとめると、次のようになります。

 仮に中国が米国など西側の対ロシア制裁を支持したとしても、米国が中国への封じ込め戦略を転換させるわけがない。それどころか、支持の度合いが甘いとか、口先だけで行動していないとか難癖をつけ、それを口実に中国に二次的制裁を科してくる可能性すらある。そうなれば、対米関係だけでなく、対ロ関係も悪化してしまい、八方塞がりになる。そもそも米国の目的はロシア弱体化を通じた中国封じ込めなのだから、米国の誘いに乗るのではなく、ロシアと手を握っておくべきだ、それが対米戦略を長期的に展開するのにも有利に働く。

中国はマクロン大統領が提唱する「新・欧州政治共同体」を支持する

 中国はもはや米国を信頼していない。それどころか、ウクライナ戦争は米中対立を加速させている。そんな米国の対ロシア、中国戦略に向き合う上で、中国が拠り所に据えているのが欧州、特にフランス(+ドイツ)というのが私の見方です。

 ウクライナ戦争勃発後、中国はEU(欧州連合)、特にフランスとドイツとの連携と対話に力を入れてきました。3月8日に行われた中仏独首脳会議、4月1日の中国・EUサミットなどで、習近平主席は「欧州は独自の対中認識、政策を持つべきだ」と促してきました。4月25日、マクロン大統領が再選すると真っ先に祝電を送り、「中国とフランスは共に独立自主の伝統を持つ大国である」と語り、共働を提案しています。

 直近では、習近平主席は5月9日にドイツのショルツ首相とテレビ会談を、10日にマクロン大統領と電話会談を行っています。前者では、「中欧関係は第三者に対抗せず、依存せず、制約も受けないという点を、戦略的コンセンサスとして長期的に堅持すべきだ」と呼び掛けました。後者では、「中国は一貫して独自のやり方で講和を促し、欧州国家が欧州の安全を自らの手中に掌握することを支持してきた」と言えば、マクロン大統領は「フランスと中国はウクライナ問題で多くのコンセンサスを有している」と返しました。

 5月3日、マクロン大統領はプーチン大統領と電話会談をし、ウクライナ情勢について2時間話し、協議を続けていくことで合意しています。フランスがロシアとの対話を重視していることも、習主席に「フランスとは連携できる」と感じさせている要因だと思われます。

 実際に、ウクライナ戦争が長引くことで、欧州国家が被る損失は米国の比ではないでしょう。欧州国家が米国に比べて「戦争を終わらせたい」という思いを強く抱いているというのは事実でしょう。中国としては、そんな欧州の懐に潜り込み、主語を「欧州」に置き、ウクライナ危機とはそもそも欧州の安全保障上の問題なのだ、米国は関係ない、部外者が関わるとろくなことはない、という既成事実を作りあげたいのです。

 その意味で注目されるのが、5月9日、マクロン大統領がフランス東部ストラスブールのEU欧州議会で演説した際、ウクライナなどがEU加盟達成前に欧州諸国と協力を深められるよう、EUより幅広い新たな「欧州政治共同体」の創設を提案した経緯です。ショルツ首相もこの提案に対し「興味深い」とコメントしています。

 現状のままでは突破口は見いだせない、ウクライナがロシアのドンバス地方やクリミアへの主権を認めることは考えにくく、ロシアがウクライナのNATO(北大西洋条約機構)やEU加盟を受け入れることも考えにくい。ならば新たな発想や枠組みが必要になる。それは当事者である欧州諸国によって提起、実践されるべきだ、というのが中国の考えであり、その意味でマクロン大統領による提案を後押しするでしょう。

 最後に、中国がフランスやドイツとの対話や連携を強化する背景には、新疆ウイグル自治区における人権問題などが引き金となり凍結してしまっている中国・EU投資協定を前に進めたいという思惑もあるでしょう。4月20日、全国人民代表大会が、ILO(国際労働機関)が採択した「強制労働条約」(1930年)と「強制労働廃止条約」(1957年)の批准を承認したのも、人権問題で中国が前進していることを、特に欧州国家にアピールする狙いがあったからだと推察できます。

 中国は引き続きロシアに対する側面支援をしつつ、ウクライナに対して人道支援を続け、米国に対するネガティブキャンペーンを強化する、その過程で欧州、特にフランス主導でウクライナ危機が軟着陸するように外交的あっせんを図っていくものと思われます。

(加藤 嘉一)

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