中国国有5社、米上場廃止申請の経緯。「撤退ラッシュ」につながるか?
トウシル / 2022年8月18日 6時0分
中国国有5社、米上場廃止申請の経緯。「撤退ラッシュ」につながるか?
業界を代表する中国国有企業5社の米上場廃止
8月12日、中国の国有企業5社がニューヨーク証券取引所(NYSE)における米預託株式を上場廃止する計画を発表しました。以下の5社です。
いずれも、それぞれの業界を代表する国有企業です。中国人寿保険と中国アルミニウムは8月22日に、シノペックとペトロチャイナは8月29日に上場廃止を申請すると現時点で表明しています。
ナンシー・ペロシ米下院議長による台湾訪問で悪化する米中関係、7月の統計結果に表れているように(工業生産、小売り、不動産開発投資など軒並み悪化)、なかなか上向いていかない中国経済といった不安要素が残る中での国有大手企業の動向であり、米中間のデカップリングを象徴する出来事であるだけに、市場や世論の関心も高く、今後の動きや流れが注目される今日この頃です。
米上場廃止の経緯
中国国有大手5社の米市場での上場廃止は表面的な出来事に過ぎません。より重要なのは、事の発端であり経緯です。それらを整理することで、現在地と展望が見えてきます。
事の発端をさかのぼると、ドナルド・トランプ前政権後半に生じた米中貿易戦争から段階を踏んで激化、拡大していった「米中対立」に行きつきます。2020年12月、米議会が中国企業を念頭に「外国企業説明責任法」を可決し、トランプ大統領(当時)が署名しました。この新たな法律に基づき、米証券取引委員会(SEC)が2021年12月に上場規則を改定しました。
争点となったのは監査問題です。中国企業は、SEC傘下の公開企業会計監視委員会(PCAOB)による検査に対し、国家安全保障やデータ流出の観点から前向きな対応をしてきませんでした。真実が書かれた監査調書をPCAOBに提出することを拒否してきたということです。同法によれば、2020年12月以降に始まった事業年度で、3期連続で検査を拒んだ場合、上場廃止になります。
2022年3月以降、SECは米国で上場する中国企業に情報開示を含めた検査受け入れを促すべく、上場廃止リスクがある企業を指定し、リストの公表に踏み切りました。リストインした中国企業は273社に上り、中には今回上場廃止を発表した国有大手5社以外に、アリババ・グループ・ホールディング、JDドットコム、百度といった民間大手も含まれています。
この流れの中で、2021年6月にニューヨーク証券取引所に上場した滴滴出行が今年6月に上場廃止を申請、株式の取引を停止しています。
中国政府の姿勢と今後の見通し
中国国有大手5社が今回米上場廃止を発表した理由はおおむね似通っています。当該企業が発表した声明によれば、大きく2点あり、(1)上場している他の市場に比べ、NYSEにおける取引量が減少していること、(2)NYSEでの上場を維持するために必要な開示義務を果たすことは、かなりの事務的負担とコストを生じさせること、です。
8月12日、これら5社の発表を受けて、中国証券監督管理委員会も短めの声明文を発表しています。中国政府の立場を理解する上で極めて重要であるため、以下全文を引用します。
「上場、および上場廃止はいずれも資本市場における常態である。当該企業が発表した情報によれば、これらの企業は米国で上場して以来、米国資本市場のルールや監督要求を厳格に守ってきている。その上で、上場廃止という選択をしたのは自社の商業的理由に由来すると理解する。これらの企業は複数の市場で上場しており、米国市場での証券の比率は小さい。昨今の上場廃止計画は企業が引き続き国内外における資本市場で資金調達をし、企業の成長につなげることに影響しない。当会は各企業が自社の実質的状況、および海外上場先のルールに基づく決定を尊重する。我々は海外の関連管理監督機構との意思疎通を保持し、企業と投資家の合法的権益を共同で守っていきたいと考えている」
中国政府として、(1)あくまでも当該企業自身による決定である点を強調している、(2)当該企業の決定に対して支持している、(3)これらの動向が中国経済や企業の成長に悪影響を及ぼすことはないと認識している、といった姿勢が見て取れます。
この姿勢を基に、今後の見通しを3点書き留めておきたいと思います。
一つ目に、中国企業がこれまでのように米国市場に預託証券株式を上場させるという流れは相当程度止まり、かつ上場廃止の動きが強まるであろうという点。この流れを加速させる根本的な原因はやはり米中対立、およびその過程で深まる米中間の相互不信に他なりません。興味深いのは、米中証券当局間の利害関係は意外と一致していること。それぞれが、国家安全保障の観点から中国企業の米国上場に対してこれまで以上に監視の目を光らせ、当該企業には慎重に慎重を重ねるよう呼び掛けていく見込みです。
二つ目に、この流れが加速する中、中国の優良企業の多くは国内での上場に注力するという点。過去に米国に上場していた企業、これからしようとしていた企業が、香港を中心に、上海や深センでの上場、およびその後の企業パフォーマンスに注力するという流れが強まるのも必至でしょう。中国当局もそれを後押しすると同時に、これまで以上に香港市場と上海・深セン市場間のコネクトとインタラクションを強化すべく働きかけるでしょう。
実際に、今回米国からの上場廃止を決定した5社全てが香港と上海で上場しています。
中国人寿保険:香港(2628)、上海(601628)
中国アルミニウム:香港(2600)、上海(601660)
ペトロチャイナ: 香港(857)、上海(601857)
シノペック:香港(386)、上海(600871)
シノペック上海:香港(338)、上海(600688)
三つ目に、今後どれだけの、どの種の中国企業が米国上場を廃止するかには注意が必要で、中国当局には、この分野で米国当局と喧嘩するつもりはないという点。
今回、足並みをそろえて米国での上場廃止を発表したのが全て国有企業であった事実が重要です。中国当局からすれば、米国に上場していることで国家機密やデータが流出するのを最も恐れるのが国有企業であることは論をまちません。この点において、国有企業と民間企業に対するスタンスには若干の温度差があるということです。民間企業ではすでに大量のデータ(軍事など機微な情報にも関わる)を扱う滴滴出行が米国市場から撤退していますが、今後、どのような業種の企業が後に続くのか、注意深くみていく必要があります。
米中関係と中国経済の今後はもちろん、世界各国の投資家が中国経済や企業の成長によってもたらされるうま味をどう捉えていくか、という意味でも注目に値すると思います。
(加藤 嘉一)
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