「教師」と「反面教師」としての年金基金(下)~年金基金の「真似してはいけない!」点3つ~
トウシル / 2022年10月12日 11時46分
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「教師」と「反面教師」としての年金基金(下)~年金基金の「真似してはいけない!」点3つ~
個人投資家が距離を置きたい年金基金の3つの行動
前回説明したとおり、年金基金や海外大学の基金が「運用会社を評価し使いこなす運用のプロ」であり、それなりの歴史とビジネス環境に鍛えられた存在であることは一面で間違いない。しかし、基金のやり方が「常に偉いか?」というと、実はそうではない場合が時々ある。
理由はなぜなのかと考えると、1つには基金が抱えている目標と制約がそれなりに複雑だからであり、もう1つには基金の運用担当者も固有の利害を持ったビジネスパーソンであって、一言で言うなら「人間だから」だろう。
以下、全ての基金に共通だというわけでもないのだが、基金でよくある考え方や行動で個人投資家が真似しない方がいいものを3つあげる。
1.予定利率にこだわった運用計画
例えば、日本の公的年金や企業年金の運用の考え方を個人がそのまま真似する場合、最大の弊害を生む要因となる可能性があるのは、「予定利率」にこだわった運用計画だ。
年金財政では、将来の給付の必要性と、集めるべき年金保険料の関係を決めるに際して、積立金の運用利回りに一定の仮定を置くのだが、この計算上の利回りが予定利率だ。大まかに言って、年金基金の運用は、予定利率を上回っていれば年金財政上の目標を達成しているということになる。
因みに、運用利回りが予定率に満たない状態が生じると、将来の年金給付に必要な積立金の金額に「積立不足」が発生する。こうした積立不足は、一定のルールの下に解消することになっているが、運用が望外に上手く行くような幸運が生じなければ、通常は年金保険料の引き上げが行われるし、それで不十分な場合は母体企業に負担が生じたり、最悪の場合は「年金倒産」(企業年金の積立不足が原因で母体企業が潰れること)といった事態が起こりうる。
そこまで至らずとも、企業年金の場合、保険料の値上げは年金制度の加入者にとって負担の増加要因であり、大いに嫌われるので、基金は加入者の説得に苦労することになる。これは基金にとって、是非避けたい事態の1つだ。
年金保険料を決めるためには、計算上何らかの予定利率が必要だし、基金が運用を行う上で運用目標として、予定利率を意識しないという訳には行かない。だが、予定利率が運用を決めるようになると大いに危険な場合がある。
この運用利回り目標としての予定利率にこだわると、「予定利率を達成できそうな運用計画でもっともリスクの小さいものを選ぶ」アプローチが採られがちになるのだが、これがしばしば不適切なリスク水準(リスクが過大であることも、過小であることもあり得る)の運用計画が正当化されることにつながる。
ファイナンシャル・プランナーが使うソフトウェアなどにも、このようなアプローチのものが少なくないので注意したい。ツールとしては、全く使えないクズなのだが、現実には使われることがある。
個人が、破綻の心配がなくて、まずまず効率的な運用計画を作るためには、(1)先にリスクの範囲の限界を決めておいて、(2)その中でリターンの最適化を目指す運用アプローチが「現実的」だ。
2.コア・サテライト運用などの「無駄な仕事」の押し売り
例えば、国内株式や外国株式のようなアセットクラスの運用で、大きな部分(60〜80%くらい)をパッシブ運用に割り当てて、残りの部分を複数のアクティブ運用に割り振るような運用構造を、「コア・サテライト運用」と呼ぶ。大きなパッシブ部分を惑星に、相対的に少額のアクティブ運用を言わばその周りに配される衛星にたとえたネーミングなのだろう。
個人向けに運用商品を売るセールスマンやマネーアドバイザーの中には、「コア・サテライト運用は年金基金もやっている王道の運用です」といった紹介をする向きもある。ここまで来ると、年金基金もずいぶん買い被られたものだと言わざるを得ない。
はっきり言おう。「コア・サテライト運用」は、年金基金にとっても、個人投資家にとっても無用の長物であり、余計な手間とコストのもとだ。
成り立ちから考えてみよう。そもそも、コア・サテライト運用の「コア」たるパッシブ・ファンド(商品として多くはインデックス・ファンド)がなぜ大きな運用部分として選ばれたかというと、それは「パッシブ・ファンドを上回るアクティブ・ファンドを選ぶことが困難だから」という理由以外にあり得ない。そうでなければ、いいと思うアクティブ・ファンドを堂々と選ぶはずだ。
パッシブ・ファンドを上回るアクティブ・ファンドを「事前に」選ぶことの難しさは、内外の基金業界が積み重ねた過去のデータや実績及びロジックで否定しがたい。
しかし、それでも、金額を縮小しながらアクティブ・ファンドを組み合わせて選ぶサテライト部分を設ける理由は、組織としての年金基金及び年金基金の担当者が(年金基金についている年金コンサルティング会社も含まれるかも知れない)「自分の仕事を作るため」なのだ。
基金は運用会社に対して顧客サイド(運用業界用語では「バイサイド」)なのだが、年金加入者や年金の母体(企業や公的資金)に対して、自分が報酬を貰って仕事を提供する「セルサイド」の立場にも立っている。実は、彼らがこうした立場に立つことによって、彼らが年金加入者に対して無駄に売りつけているサービスは、コア・サテライト運用だけでないかも知れない。
「使う会社が多い方が運用会社から情報が入る」とか、「新しい運用手法を勉強するため」とか、いくつかの何れも取るに足らない(大人がマジメの主張できるようなものではない)理由はあるのだが、これらの理由は、本来、年金積立金という「他人のお金」と「他人が払うコスト」を使って実地に「お試し」してみることを許すほどの理由ではない(基金の担当者には、「本当にプロなら、情報も、運用手法も、自分の頭で消化しろ!」と言いたいところだ)。
基金の担当者でも、個人投資家でも、いろいろな商品を手に入れてみる「ショッピングの楽しみ」のような心理がある事は否定しない。加えて「商品を買うかも知れないお客様」はセールスマンから気持ちが良くなるような扱いを受けるので、その楽しみも分からなくはない。だが、ほどほどにしておく方がいい。
「コア・サテライト運用は、本当は愚かなのだ」と認識しておくと、「ほどほど」を実現する助けになるのではないか。
3.ESG投資のような非効率運用
コア・サテライト運用の例を見て分かる通り、年金基金でも個人投資家でも合理的な資産運用は運用業界が期待するよりも遙かにシンプル且つローコストに実現できる。
率直に言って、運用業界側は「これでは商売にならない」とばかりに、各種の新商品やサービスを年金基金にも個人投資家にも開発し、提供してきた。
年金基金向けのものとしては、「ヘッジファンド」(成功報酬の手数料は半ば詐欺的だ)、「オルタナティブ運用」(多くは手数料が高すぎる新奇なだけの運用商品だ)などと共に、近年、年金基金が巻き込まれているように見えるのは、「ESG投資」を謳う運用商品やサービスだ。
「ESG」は、もともと3項目何れも、例えば投資先企業を評価する際の評価項目として「普通の運用でも重視されるべき当たり前の項目」であり、この判断に対して追加的料金を取るような性質のものではない。普通の投資では、当然E・S・Gそれぞれについて評価する。投資として、それで何の不足もない。
加えて、E・S・G何れであっても、普通の運用判断に加えた特別な基準としてポートフォリオに反映させると、主観的最適化のロジックの下では「必ず」ポートフォリオが最適状態から乖離する要因になる。一方、E・S・Gの何れかがポートフォリオに影響を及ぼさないなら、商品としての「ESG投資」に意味はない。
因みに、そこで生じる半ば冗談のような二重の無駄が「グリーン・ウォッシュ」の問題だ。そもそも投資としてはやらない方がいいESG投資に対して、「マジメに取り組んでいないのにESG投資を謳っている」と腹を立てているのが、グリーン・ウォッシュに目くじらを立てる人の立場である。
本来、運用の効率を至上の目的として「プルーデントマン」であるべき年金基金にあっては、ESG投資を採用する事は適当ではない(米国などの年金業界のルールにはそのような見識を示すものがある)。
しかし、一方で、現実問題として運用業界は、ESG投資を主に年金基金にとって「採用すると気持ちが良くて世間体が良く」、「新たな自分たちの仕事を作ることが出来て」(しかも、コストは加入者持ちだし)、「少しぐらい手数料と手間を掛けてもいい対象」であるかのように思わせることに成功した(長年端で見ていて、実に周到なマーケティング活動だったと思う)。
基金とその担当者も本質的に「セルサイド」であり、同時に「気分や世間体のいい」(ESG投資に関わると少しいいことをしているような錯覚に陥る)仕事は嫌いでないことを売り手側は実に巧みに利用した。
個人投資家にとっての教訓は「ESG投資商品に手を出すな」でもいいのかも知れないが、もう少し膨らみを持たせて、少しお節介が過ぎるかも知れないが、運用に過剰な思い入れを持ち込むなと申し上げておこう。
尚、年金運用で取り上げられたESG投資商品が個人投資家に迷惑を掛けつつあるのと、個人投資家が好む株主優待が年金基金にとって悩みの種なのとは、何となく「いい勝負」のような気がしなくもない。
もちろん、読者は、「合理的な投資家としてはどうすべきか」をご存知だろう。
(山崎 元)
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