大手紙記者が振り返るNISA大拡充の舞台裏
トウシル / 2023年2月11日 11時0分
大手紙記者が振り返るNISA大拡充の舞台裏
岸田政権の目玉政策、眠る個人資産を成長投資に
政府・与党は2024年1月からNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を抜本的に拡充し、新しいNISA制度を始めることを決めました。NISA拡充が決まった舞台裏について、大手紙記者に寄稿してもらいました。
NISAは、株式や投資信託などの売却や配当で得た利益にかかる所得税と住民税、復興特別所得税を合わせた20.315%分を一定の範囲で非課税にする制度です。
新NISAでは、現行の「つみたてNISA」は「つみたて投資枠」に衣替えし、非課税となる投資枠は3倍の年間120万円になります。今の「一般NISA」は「成長投資枠」に変わり、2倍の240万円になります。つみたて投資枠と成長投資枠合わせて年間360万円まで非課税で投資することができるようになります。
こうしたNISAの抜本的な拡充は「新しい資本主義」を掲げる岸田政権の目玉政策でした。NISA拡充によって、国民の長期の資産形成に役立ててもらうことに加えて、預金や貯金として眠る家計の金融資産を株式市場に引っ張り出し、日本経済の成長戦略につなげることが肝になっています。
岸田文雄首相は昨年9月、米国のニューヨーク証券取引所の講演で時限的な現在のNISA制度を恒久化すると宣言。その後、11月にまとめた「資産所得倍増プラン」でも柱として位置付けました。
本来、税金の仕組みを決める議論は、与党の自民党、公明党が主体になって秋から年末にそれぞれの「税制調査会(税調)」で方向性を決め、税制改正大綱をまとめます。
そして税制を所管する財務省(地方税は総務省)が与党の税制改正大綱に則って法案を作るプロセスを踏みます。
NISAのような税を免除する特別な優遇は期間限定とし、効果を検証し、見直していくのが通例です。財務省にはこうした理由からNISAの恒久化は筋が悪いとみる関係者もいました。
税の重要な役割に、社会保障や教育、インフラ整備などの公的サービスを支える「財源調達機能」があります。与党の税調幹部にとっても、税収の減少につながる可能性があるNISA拡充の幅を最小限に抑えたいというのが本音でした。
しかし、岸田首相は与党税調のプロセスが始まる前にNISA抜本拡充の方向性を打ち出し、外堀を埋めてしまいました。関係者が「首相があそこまで言っているなら仕方ない」と諦めにも似たため息を漏らしていたのが印象的でした。
こうして昨年12月中旬にまとまった与党の税制改正大綱は、2千兆円に上る個人が持つ金融資産などを指して「日本に希望は多く眠っている」と指摘し、成長投資などを優先させたい政権の意向が強く表れる内容となりました。
NISA拡充に関する関連法案は今(2023年2月現在)、開かれている通常国会で審議されます。法案の成立はまだ先ですが、与野党で大きな争点になっておらず、政府、与党案通りに改正されることはほぼ確実です(法案はその後、成立しました)。
新NISAは「金持ち優遇」?
このNISA拡充の議論には「金持ち優遇」政策だとする批判が付きまといました。富裕層ほど保有する金融資産が多く、非課税の恩恵を受けやすくなる可能性があるためです。そうした批判を避けるために新NISAを利用して生涯で投資できる額を1,800万円とする上限が設けられました。
与党税調の議員には、中間層の資産形成という趣旨からすれば、1,000万円程度にとどめるのが妥当だという慎重な意見もありました。しかし、投資促進という観点などを重視する形で、与党税調で1,500万円とすることでいったんまとまりかけ、さらに決定直前に首相官邸の意向が一段と加わり、1,800万円に拡大されました。
NISA拡充に慎重とされてきた自民党税調の宮沢洋一会長は昨年12月中旬に税制改正大綱をまとめた直後の記者会見で、「貯蓄から投資へという姿勢を圧倒的な数字でお見せしていかなければいけないということが頭にあった」と検討過程を明かしました。
また、今回の税制改正では年間所得が30億円を超えるような超富裕層への課税強化も盛り込まれました。金融所得が多い富裕層の所得税負担率が徐々に下がって逆転現象が起きる「1億円の壁」を少しでも解消することが目的です。
所得格差に配慮しながら、新NISAでの投資枠を拡充しつつ、富裕層への課税強化をセットにすることは、与党税調、金融族議員、証券業界、首相官邸、財務省といったそれぞれ立場の異なる関係者たちが半年にわたって妥協点を探る攻防の中で見つけた答えでした。
一般NISAの5割が休眠口座、新制度で投資広がるか疑問も
証券業界などでは新NISAによって投資が活性化することに期待がかかる一方、政府内には本当に投資拡大に結びつくのかどうか、懐疑的な声もあります。
そもそも生活費の工面に手いっぱいで投資に回すお金がない国民も多いのが現状です。現行NISAでは1年間で一度も金融商品の買い付けがない休眠口座が「つみたてNISA」で約3割、「一般NISA」で約5割あるというデータもあります。
また、日本では長年、現預金での貯蓄が良しとされた文化があり、投資は根付かないという指摘もあります。日本銀行が最近公表した統計によると、約2千兆円の家計金融資産のうち、現金・預金が5割を超す一方で、株式・投信は約14%にとどまっています。
岸田政権は資産所得倍増プランでは、今後5年間でNISAの投資額を56兆円に倍増、総口座数を3,400万に倍増させる目標を設けましたが、どこまで国民の間で投資が広がるかは、制度が始まってみるまで読み切れません。
お金に働いてもらうには、投資メリットとリスクの理解が大切
NISAは2014年1月にスタートした仕組みで、英国が1999年に導入したISA(個人貯蓄口座)をモデルとしています。愛称のNISAは「日本版ISA」を意味しており、公募で選ばれました。本家の英国でも制度改正が繰り返され、非課税額の引き上げや非課税期間の恒久化で利用者が増えました。
新NISAでは利用を広げるため、生涯の投資枠は投資した元本の残高(買い付け額)をベースに管理することになりました。金融商品を売れば残高が減り、売却の翌年に非課税枠が復活する仕組みです。
この点は、NISA拡充を要望してきた金融庁が今回の改正でこだわったポイントです。結婚や住宅購入、子育てなど人生の節目で大きな資金が必要になった際には金融商品を売って現金に換えられるように柔軟性を高めました。金融庁には、国民に積極的な資産形成を促したいという考えがあります。
「お金に働いてもらう」という言葉がある通り、投資には自身の資産が図らずとも膨らんでいくメリットがある一方で、資産が目減りするリスクも同時にあります。投資で家計のお金が循環すれば、経済は活性化します。これからは、資産形成の大切さや投資リスクの理解に向けた金融経済教育の重要性も高まっていくでしょう。
(トウシル編集チーム)
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