アリババ創業者ジャック・マー氏、「香港大と東大の教授就任」が意味すること
トウシル / 2023年5月11日 7時30分
アリババ創業者ジャック・マー氏、「香港大と東大の教授就任」が意味すること
ジャック・マー氏が香港大学名誉教授、東京大学客員教授へ就任
「ジャック・マーが東京大学教授に就任しましたが、これは何を意味するんですか?」
5月に入り、しばしば聞かれる質問です。本連載は、アリババ創業者であるジャック・マー氏の動向、それがアリババ・グループ全体に及ぼす影響などについて適宜分析を行ってきました。私がジャック・マーやアリババにこだわるのは、それが同氏、同社だけの問題ではなく、中国という国、市場、社会、そしてそこで暮らし、稼ぐ人々の命運に関わっていると切に考えるからです。より具体的に言えば、マー氏やアリババの没落は、中国経済・市場に関心と期待を持つ中国内外の投資家やビジネスマンたちの自信を喪失させるということです。
そんなマー氏は、今年4月1日に香港大学ビジネススクール名誉教授に就任しました。期間は2026年3月までの3年間です。マー氏は9月で59歳になりますが、中国で定年年齢とされている60歳まで務めるということでしょう。同大の発表によれば、マー教授は就任期間中、金融、農業、企業イノベーションといった分野の研究に従事するとのことです。
そして5月1日、東大の「東京カレッジ」(同大と海外の研究者や研究機関を結ぶインターフェースとして2019年に設立)客員教授に就任しました。期間は10月31日までの半年間。同大の発表によれば、就任期間中の研究概要は「持続可能な農業と食料生産」です。マー氏には、重要な研究テーマに関する助言や支援、同大研究者との共同研究・事業の実施、および、講演や講義を通じて、起業、企業経営、イノベーションなどの経験や先駆的知見を学生や研究者と共有することを期待しているとしています。
就任発表の時期、肩書き、招聘(しょうへい)期間から、香港大のほうがインパクトが強い気がしますが、マー氏がアジアの両雄とも言える二つの大学で従事する研究のテーマ、大学側から期待される役割は似通っているように思います。
ジャック・マー氏の関心分野と注力領域
香港大ビジネススクールのウェブサイトには「Prof. Jack Ma」のページが掲載されています。主な肩書として、「名誉教授、ジャック・マー基金創業者、アリババ・グループ創業者兼パートナー、国連『持続可能な開発目標』名誉提唱者(United Nations Sustainable Development Goals Emeritus Advocate)」。より詳細な経歴として、次の内容が明記されています。
・1999年にアリババ・グループを創業。1999~2013年までCEOを歴任
・2014年にジャック・マー基金を創設。教育、アントレプレナーシップ、環境保護分野をサポート
・国連「持続可能な開発目標」名誉提唱者、ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシー(The Nature Conservancy)グローバルボードメンバー、パラダイス基金(the Paradise Foundation)共同議長
・香港大学、テルアビブ大学名誉博士
・杭州師範大学卒業(英語教育学士)
これらは、世界中であらゆる組織の役職に就いていると見られるマー氏が、今このタイミングで対外的に主張したい、厳選されたタイトルだと言えます。注目に値するのが、2014年、アリババCEO退任後に創設した自らの基金が、教育、アントレプレナーシップ、環境保護分野に注力していること。そして、昨今投資の分野でも盛り上がりを見せているSDGs(持続可能な開発目標)にも直結すること。
以下は、マー氏がボードメンバーと共同議長を務める二つの組織の概要です。
ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシーは、米ヴァージニア州に本部を置く、1951年に設立された自然保護団体(非営利)の一つで、生物生息地の確保や希少野生生物・生態系の保全などの活動を世界各地で行ってきています。
2015年に設立されたパラダイス基金は、中国に本部(主に広東省深セン市と四川省成都市)を置く自然保護団体(非営利)です。一つは米国、もう一つは中国。ただ共に非営利の環境保護団体である点が極めて重要です。
以上の情報から、アリババ・グループの創設者として長年携わってきたビジネスマンを引退したマー氏が、今現在関心を持っていること、これからやろうとしていることは、(1)教育の現場に身を置き、自らが長年携わってきたアントレプレナーシップと企業イノベーション、長年関心を抱いてきた農業の分野の研究や講義に従事する、(2)社会的には、非営利の立場で、環境・自然保護の分野に注力する、(3)これらを通じて、次世代の育成に努め、次世代が安心して暮らせる地球の実現にコミットする、の3点に集約できると思います。
マー氏の意図と中国共産党の思惑
中国研究をなりわいとする人間として思うのは、マー氏の香港大、東大教授就任は、決して彼個人の問題・動向・決定ではないということです。もちろん、両大からオファーを受けたマー氏本人がそれを拒絶すれば、就任することはなかったでしょう。
ただ、マー氏ほどの影響力を持つ人間が中国本土以外の場所を代表する大学で役職に就き、具体的なアクションを起こしていく中で、党・政府当局に何らかの報告をしない、何らかの承諾を得ないことは考えられません。そして、当局がノーと言えばノーなのです。当局がノーと言ったにもかかわらずそれを実行することは、当局を敵に回すことになります。そうすれば、マー氏うんぬんではなくて、アリババ・グループ全体の将来と命運を左右しかねません。
その意味で、マー氏が両大教授に就任したということは、当局が承諾した、あるいは歓迎したのと表裏一体なのです。マー氏からすれば、教育、農業、環境といった分野で国際的に力を発揮することは、自らの関心や目標を体現することにほかなりません。しかも、これらの分野は中国政府も持続可能な発展という観点から重視しており、「政治的に安全」だと言えます。
中国政府も、マー氏が教育や非営利団体の現場で国際的に発信、行動していくことは、「中国」の影響力拡大につながると考えているのでしょう。従来のように、マー氏がアリババ・グループ本体のビジネスで大暴れし、荒稼ぎすることは歓迎できない、一方、マー氏の前途を絶ってしまうことは、多くの起業家、富裕層、および海外の投資家や企業家が中国市場から離れる、中国経済を見限ってしまう事態にもつながりかねない。よって、言い方は悪いですが、マー氏を「適度に泳がせておく」ことを選択したのだと私は分析しています。
「マー教授」の誕生は、ジャック・マー、中国当局双方の「手打ち」という見方が妥当です。
マーケットのヒント
- 中国当局が「マー教授」誕生を認めたことは、中国経済、市場にとっては良いこと
- 中国当局は、経済成長のために引き続きイノベーション型の起業家を必要としている
- 事業「6分割」後のアリババのこれから、特にアント・グループの上場に要注目
(加藤 嘉一)
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