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パッシブ運用拡大に関する幾つかの論点

トウシル / 2017年7月3日 0時0分

パッシブ運用拡大に関する幾つかの論点

パッシブ運用拡大に関する幾つかの論点

パッシブ運用とインデックス運用の定義

運用資産の規模が世界的に突出して大きい米国でも、また、日本でも、いわゆる「インデックス・ファンド」を中心として「パッシブ運用」の資産が増加する傾向が顕著になりつつある。今回は、多少はマニア向けに(たまには、いいでしょう?)、パッシブ運用資産の拡大について、幾つかの論点を考えてみたい。些か長文になるし、分かりやすく書くつもりだが一部に専門的な内容がある点についてご容赦頂きたい。

ここで、現実的に両者は一致する事が多いとはいえ、インデックス運用とパッシブ運用の定義を確認しておこう。両者のカバーする範囲は、微妙にズレている。以下、筆者の理解する定義を述べる。

 パッシブ運用とは、資金委託者から与えられたベンチマークと同様のリターン・リスクをできるだけそのまま実現することを目指す運用のことだ。

一方、インデックス運用とは、何らかの指数(=インデックス)のリターン・リスクをできるだけそのまま実現することを目指す運用だ。

現実には、運用契約で与えられるベンチマークは、一般に流通している特定の指数(たとえば「TOPIX配当込み」や「NRI−BPI」など)が採用される場合が多く、この場合に、パッシブ運用とインデックス運用が一致する。

 指数に連動するリターン・リスクを目指す運用であっても、指数自体が、運用契約上のベンチマークあるいは事後的に運用評価に採用されるベンチマークと意図的に異なった運用である場合は、運用そのものの本質を見ると、それはアクティブ運用(ベンチマークに対して意図的に乖離リスクを取る運用)の一種だと考えるべきだ。

例えば、TOPIXをアセットアロケーションの際のベンチマークに使う年金基金が、「JPX日経400」をターゲットとするインデックス運用に資金を委託する場合、これは、ある種のアクティブ運用だ。

運用者側から見る場合、ターゲットとするポートフォリオにより正確にトラックすることのみが目標となり、運用者に裁量がなく受動的なので、「これは、パッシブ運用だ」といいたくなるかも知れない。しかし、資金とそのオーナーにとっては、運用者の裁量の有無よりも、ベンチマークからの差異の方が問題なので、例えばいわゆるスマート・ベータ運用をパッシブ運用と呼ぶのは不適切だ。

事前に運用のルールが機械的に決まっていて運用者の裁量を排除する運用は、俗には「システム運用」、もう少し詳しい言い方だと「プロセス・ドリブン運用」などと呼ぶが、プレゼンテーション用のデータ作りに対してはともかく、実際の運用にあって、運用期間中に刻々と新しいデータに出会っているのに、過去に決めた運用ルールを墨守するのは合理的ではない(なぜなら、運用ルールを決めるのは人間なのだから)。

アクティブ運用のコストの社会的な無駄

米国に於いても、わが国に於いても、運用成績で見て、(1)アクティブ運用の平均がパッシブ運用の平均に勝てないことと、(2)相対的に優れたアクティブ運用者(社、ファンド)を事前に選ぶことはプロにも出来ないこと、の二点が運用関連業界の常識として拡がりつつある。

これは、正しい知識の普及という意味では、大変結構なことだ。

傾向としてアクティブ運用は、運用手数料、販売手数料、アドバイザーのフィー、取引コスト(売買回転率が高まると拡大する)、のそれぞれに於いて、パッシブ運用よりも高く付く。

しかし、パッシブ運用のベンチマークを、市場の各銘柄を時価総額ウェイトで持った「市場平均」とほぼ同じだと考えると(現実に採用されるベンチマークの性質にもよるが、この仮定には大きな無理はない)、市場平均を表すベンチマークとは、実は、パッシブ運用されていない資産、即ち定義によりアクティブ運用されている資産の構成銘柄の時価額による加重平均と同内容のはずだ。

つまり、アクティブ運用を自らないしは他人に委託して行っている人は、個々には自分が市場平均に勝てると思って資金を運用しているが、彼らの合計がパッシブ運用と同じ内容で、しかし、リターンの足を確実に引っ張る諸コストが高いだけということなら、この金融業界の多くの人々を大いに潤しているが、しかし「コスト」は最終投資家のリターンを確実に削っている。アクティブ運用には、社会全体の観点から見ると、「壮大な無駄」だといいたくなる側面がある。

社会全体として、「アクティブ運用に対して持つ無駄な夢のコスト」をもう少し削減する方が、より豊か且つ快適に暮らせるのではないか、ということは考える価値があるのではないか。

アクティブ運用と正しい株価の発見

アクティブ運用される資金の額とアクティブ運用者の数が減り、アクティブ運用にコストを掛けられなくなると、株価等の資産価格を評価するプロが減り、資本市場の「価格発見機能」が損なわれるとする意見がある。インデックス運用はアクティブ運用が付けた価格ににただ乗りしており、そのアクティブ運用が細ると、ただ乗りすべき価格が劣化するという議論だ。

運用産業をサポートするためにも、公的資金や大きなスポンサーは、アクティブ運用を採用すべきではないかという意見も聞くことがある(こちらは、日本のような成熟した先進国では明らかに必要あるまい)。

仮にアクティブ運用者が減少するとして、市場の価格発見機能が劣化するというのは、杞憂だろう。

あるアクティブ運用が上手く機能するためには、(1)そもそも価格の歪みのようなチャンスがあること、(2)他のアクティブ運用に対して投資判断上の優位性を持ている根拠があること、の二つの必要条件がある(因みに、十分条件は(3)運が悪くないこと、だろう)。

仮に価格発見機能が劣化すると株価などの価格は歪むと考えられるが、これはアクティブ運用にチャンスを生む。また、アクティブ運用が儲からないビジネスになって撤退が相次ぐと、残存者ないしは、新規参入者にとって競争が楽になる面があろう。

そもそも、機関投資家のファンドマネージャーもアナリストも、投資判断の能力という観点で、一般投資家と比較して「隔絶した能力差があるプロだ」というイメージは、全くの買い被りだ。「市場の効率性」が要求するような判断能力と対比した場合、彼らも一般投資家も大差はない。「ドングリのせいくらべ」だと言っていい。多少差があるかも知れないのは、個々の銘柄に関して内部事情を知っている関係者(広義のインサイダー)だが、彼らは、それがフェアではないことだとしても、彼らの投資行動は、株価などの価格形成に対してはどちらかと言えば正しい方向に動かす影響力を持つことが多かろう。

例えば、株式市場については、プロの運用者であってもなくても、チャンスがあれば儲けたいと思っている参加者は潜在的な人も含めて数多い。しかも、パッシブ運用される資金が増えると、アクティブ投資家の一定額当たりの資金配分の変化は、アクティブ運用資金全体の中での相対的なインパクトを増すのだから、パッシブ運用の拡大が、価格発見機能を損なうという事態は現実的でない。

加えて言うなら、もともとそれほど立派だったわけではないプロのアクティブ運用者の数や資金が少々損なわれたところで大した問題はなかろう。

尚、市場の時価総額平均を代理するようなタイプのパッシブ運用の平均成績とアクティブ運用のそれを比較する場合、パッシブ運用の優位は、いわゆる「市場の効率性」の有無に全く依存しない。「ライバルの平均」を「低コスト(運用手数料や売買コスト等で)」で持つことは、株価などの価格に無関係に有利なのだ。これは、ポートフォリオの運用競争ゲームに於ける「手筋」の一つだと言っていい。

市場の効率性が問題になるのはアクティブ運用内の競争にあってであり、市場が非効率的で且つ特定の運用者の情報・判断が優れている時に、その運用者が市場平均を上回ることを期待できる場合がある、というに過ぎない。

インデックスの銘柄入れ替え・ウェイト変更の悪影響

インデックス運用の、時に深刻な弱点として、(1)銘柄の入れ替え(日経平均の銘柄入れ替えが典型)、(2)銘柄ウェイトの変更(TOPIXの浮動株調整など)、といったポートフォリオとしての指数が変動する際に、その動きを市場参加者に利用されてしまうマイナスが指摘されている。

物事はそれほど単純ではないが、大まかに言うと、ポートフォリオとしての指数は銘柄入れ替え・ウェイト変更の日の終値で中身が変わったと仮定されて計算されるので、インデックス運用者は、買われる銘柄は引値成行買いで、売られる銘柄には引値成行売りでリバランス(ポートフォリオの調整のこと)すれば、運用者は指数に一致した運用をキープしやすい理屈だ。このオーダーを受けた証券会社は、引けに大きな成行のオーダーを抱えながら自己ポジションのトレードを行うことが出来る。

結果として、指数でウェイトを増やす銘柄は割高にウェイトが増え、減らす銘柄は割安にウェイトを減らすことになり、「ポートフォリオとしての指数」の運用パフォーマンスが悪化する。

こうした影響が最大に表れたのは、2000年の日経平均の銘柄入れ替えだろうが(日経平均連動のインデックスファンドはこの要因だけで10%以上損をした)、さすがに、これだけの規模の歪みは、日本の市場でその後に生じていない。

残念ながら、筆者は現在手元にこうした指数の変更の効果を計測するデータと分析のインフラを持っていないが、株式関係の調査に従事している知り合いの言によると、例えば、TOPIXの浮動株調整による銘柄ウェイトの変更でも、小さい(数ベイシス?)けれども影響は認められるという。

今のところ、インデックス運用とアクティブ運用とでは、特に個人投資家の場合、運用手数料による差だけでも数十ベイシスに及ぶので、個人投資家はインデックス運用を選んでいていいと思われるが、インデックスの内容変更にはコストが伴うことは知っておく方がいい。

証券会社あるいは証券系の研究所で証券市場を数量的に調査されている方は、個人投資家に向けて、インデックスの内容変更に伴うコストについてレポートを発表して頂くといいのではないだろうか。

コーポレートガバナンスへのパッシブ運用の影響

アクティブ運用の資金の場合、企業の経営状態が悪いと思うと「株式を売る」行動で、企業の経営者にとって嬉しくない株価の下落をもたらす潜在的な影響力がある。逆の場合は、彼らが株価を上げてくれる可能性がある。

また、投資先企業の経営や財務政策は株主の投資パフォーマンスに影響する。アクティブ運用の資金の方が株式のパフォーマンスにより深刻な関心を持つので、アクティブ運用の資金が、増えるないしは保たれる方が企業経営がより株主を指向したものになるのではないかという議論もある。

これらの要因が、根本的には儲かりにくいアクティブ運用に対して投資家がより高い運用手数料を支払うに足るものなのかは疑問だとしても、一定程度の重要性を持つ議論なのだろうか。

例えば、投資先企業の経営行動を好ましいものにするために株主としてのコミュニケーションと議決権行使に積極的であろうとするアクティブ運用者がいるとして、パッシブ運用に投資している投資家は、アクティブ運用者と比較して、企業に対する株主としての関与が不足しているのだろうか。

この問題については、アクティブ・パッシブという違いから直ちに良し悪しがいえるものではなさそうだ。

近年、現実的にパッシブ運用の大きな資金を抱えている機関投資家(主に公的年金)は、アセット・オーナー(資産運用の委託者)としてアセット・マネージャー(資産運用者)に働きかけることを通じて、株主にとって有利な経営のために議決権行使を行おうとする明確な意思を持ち始めているようだ。

投資している資金が、市場にあっても、投資先企業に対しても小さい間は、投資先企業の経営が気に入らなければ株式を売却するとよかったが、運用資金が巨大化してパッシブ運用を中心にせざるを得なくなると、巨額の保有株式を売ることが難しく(少なくとも損に)なって来るので、運用を改善するためのアプローチとして、投資先企業のコーポレート・ガバナンスに関与して企業の業績や財務政策を好ましい方法に変えるのがいいのではないかという考え方が出て来た。

例えばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような巨額の資金を運用する主体は、「国内株式」アセットクラスの投資先である日本企業の経営方針にアセット・オーナー株主として関与することによって、日本企業全体の業績を底上げすることに影響力を及ぼすこと以外に、自分達が運用パフォーマンスをポジティブ変えることに関与できる可能性はないと思っているかも知れない。

「パッシブ運用」の新しいプロダクト(商品)の可能性

現時点で、パッシブ運用の運用商品は、アクティブ運用の商品に対して、個人投資家のマーケットでも、機関投資家のマーケットでも、圧倒的な優位性を持っている。言うまでもなく、優劣の差の原因は「コスト」だ。

さて、しかし、現実のパッシブ運用商品は、必ずしも完璧ではない。本稿で検討したように幾つかの弱点ないし、資金運用の委託者が付加的に欲しいと思うサービスを追加する可能性がある。

一つには、インデックスのリバランス(銘柄入れ替え又はウェイト変更)をより有利に乗り切ることを付加的な運用サービスとするインデックス向けのファンドだ。これは、本質的には、インデックスの変更タイミングだけに対して市場と勝負してアクティブ運用を行うことになる。例えば、銘柄やウェイトの入れ替えを前倒ししたり、後倒ししたり、複数のタイミングに分けて調整したりといった取引方法は同一ベンチマークの最割安なインデックスファンドよりも、期待される改善効果(リターンだけでなく、リスクについても検討が必要だ)が大きい場合、その効果未満の手数料を設定するなら、変則的だけれども採用することが合理的なインデックス運用商品になる。

資金規模の大きなインデックス運用の顧客に対して、インデックス運用会社が「考えたリバランス」を行う運用商品を提供する可能性がある。

また、議決権行使や投資先企業との対話を含めたて、投資先企業のコーポレート・ガバナンスへの丁寧な関与を行うことを付加サービスとするインデックス運用商品も可能性がある。但し、コーポレート・ガバナンスへの関与には、当然手間が掛かるので、これが手数料に反映するのはやむを得ない。一方、あるファンドの、コーポレート・ガバナンスへの積極関与は、積極関与しない別のファンドのパフォーマンス向上に貢献する可能性があり、一種のフリーライド構造を生む可能性がある。しかし、「皆で協調して、コーポレート・ガバナンスに関与しよう」という協調の強制は、ローコストでシンプルというインデックス運用商品の長所を削ぐ可能性があるし、フリーライドを排除しきることは難しいので、上手く行かないだろう。

結局、アセット・オーナー(年金基金)側でコーポレート・ガバナンスへの関与に前向きな者が現れた時に、アセット・マネージャー(運用会社)側が、これに合わせた商品を提供するようになるのだろう。

また、厳密にはアクティブ運用という分類になろうが、例えば、何らかの基準ないし判断で、特定の銘柄を除くインデックス運用商品が考えられる。不正会計が訴訟対象になっている会社を除外したい、倒産リスクのある会社を除外したい(純粋に投資の観点からはお勧めしにくいポリシーだが)、武器製造に関わる会社党を倫理的理由から外したい、などアセット・オーナー側には様々なニーズがあるだろう。

そして、そもそも低回転率且つ低手数料のアクティブ運用がもっと普及していいはずだ。「イメージを売っているのだから、ブランド品を値引き販売してはいけない」というマーケティング上のセオリーに従っているのか、意外なくらいアクティブ・ファンドの廉売がなされないが、アクティブ運用に現実の効用が乏しいことを考えると、廉売は考えられていい選択肢だ。

要は、低コスト(運用手数料、販売手数料、売買手数料などの総コスト)で分かりやすいことがインデックス運用の強みなのであり、これに近いアクティブ運用を商品化すればいい。無理矢理ルールに押し込む「スマート・ベータ」のような不細工な運用商品ではなく、柔軟にアクティブ運用するのだ。

既存の指数でいうと、日経平均は、銘柄の入れ替えを少しずつ行っているアクティブ運用だ。現実に、TOPIXに対しては明白にトラッキング・エラーがあるので、年金基金レベルでリスク管理する場合は、アクティブ・ファンドとして扱う必要がある。冒頭の定義で言うと、パッシブ運用ではない。

但し、運用の設計に当たっては、「低回転率」をどう実現するのかに関しては、かなり周到な考慮が必要だ。例えば、ファンド運用のシミュレーションを行うと、運用方針に対して無理に回転率を抑えると、運用開始2年目くらいからアルファ(市場連動でない超過収益率)が低下し始めることが多い。低回転率のアクティブ運用は簡単ではないと申し上げておく。しかし、低回転率・低手数料率のアクティブ運用商品こそが、一番魅力的な商品になり得るかも知れない。

(山崎 元)

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