アリババ創業者ジャック・マー氏、中国当局と「手打ち」。食品事業参入の真意
トウシル / 2023年12月7日 7時30分
アリババ創業者ジャック・マー氏、中国当局と「手打ち」。食品事業参入の真意
「マーさんのキッチン」:中国で食品会社を設立
本連載では、習近平(シー・ジンピン)政権下における中国経済、中国市場、中国企業の動向をモニタリングするという観点から、中国の起業家の象徴的存在であるジャック・マー(馬雲)氏、および彼が創業したアリババグループの盛衰に焦点を当て、適宜扱ってきました。
前回取り上げたのが約半年前で、「アリババ創業者ジャック・マー氏、『香港大と東大の教授就任』が意味すること」と題してマー氏の現状を検証しました。今回のレポートでも彼の最新動向、およびアリババグループとの関係などをアップデートしたいと思います。
今回紹介する最新動向というのは、マー氏が新たに食品会社を立ち上げたという話です。
中国の国家企業信用情報公開システムによれば、11月22日、「杭州馬家廚房食品有限公司」が設立されました。資本金は1,000万元(約2億円)、法定代表者名は「PAU JASON JOHN」。業務内容は、食品のパッケージ販売や農作物の卸売、物品の輸出入、日用品の卸売、ホテル管理、技術サービスなどが記載されています。
マー氏は同社株式の99.9%を実質保有し、監査役にも2014年に設立した「馬雲公益基金会」の幹部を起用しています。何より、同社の名称にマー氏の姓である「馬」が入っている。「馬家廚房」という中国語を邦訳すると、「マーさんのキッチン」という感じ。要するに、ジャック・マー色を相当程度出した新事業を開始した、という理解が可能だと思います。
食品・農産物に参入した三つの理由
マー氏はなぜ食品、特に農産物という分野に手を出したのかを考えてみたいと思います。
結論から言えば、それは「必然的」というのが私の見方です。
マー氏はそもそも食品、農産物という分野に興味、関心を寄せてきました。マー氏のビジネス信条は、「中国人民が日々の生活の中で困っていること、そこを解決することがビジネスになる」というものですが、いわゆる食の安全は中国社会や中国人民にとって長らくの課題でした。人間のおなかの中に入るものであり、人民一人一人の生命と健康に直結する分野ですから、マー氏が関心を寄せ、それをビジネスにしようというのも全くうなずけますし、私のジャック・マー理解とも合致します。
実際、マー氏の食品、農産物への興味に関して、近年の動向から状況証拠を拾うことが可能です。ここでは三つの実例を挙げます。
一つ目に、今年4月、5月にそれぞれ名誉教授、客員教授に就任した香港大学ビジネススクール、東京大学「東大カレッジ」におけるマー氏の研究領域です。前者では「金融、農業、企業イノベーション」、後者では「持続可能な農業と食料生産」をテーマに掲げています。私の理解では、これは香港大、東大がマー氏に依頼したというよりは、マー氏が自ら申告した研究テーマであると考えられます。自分が研究、講義するテーマは自分自身で決める。他人の指図は受けない。マー氏はそういう人間です。
二つ目に、昨年7月、マー氏はオランダのヴァーヘニンゲン大学を訪問し、同大関係者と、畜産業と漁業の新技術に関する交流をしています。その際、マー氏は「私はこれからの時間と労力を完全に農業分野に注ぎたい。そこには、ゴビ砂漠で農作物を栽培する計画も含まれる」と語っています。
三つ目に、今年1月、マー氏はタイのバンコクにあるCPグループを訪問しています。同グループは、広東省汕頭市出身の潮州系タイ人謝家が基礎を作った、タイ最大のコングロマリットと言われ、長年農業や食料品の卸売、小売を中核産業にしています。マー氏は同グループを勉強の観点から訪れたのでしょう。
このように、マー氏の近年の動向から、同氏が食品、農業という分野に深い関心と強い信念を抱いていることが容易に見て取れるのです。
中国当局と「手打ち」、ジャック・マー氏が描くシナリオは?
3年前、アントフィナンシャルのIPO(新規株式公開)が延期され、公の場にしばらく姿を現さなかったジャック・マー氏。その後日本にも一定期間滞在するなど、雲隠れしているように見える時期もありました。「習近平国家主席を敵に回したのではないか」「馬雲はもう表舞台には出てこれない」「ジャック・マーは永遠に帰国できない」といった臆測が市場や世論をにぎわせました。
ただ結果は、本連載でも扱ってきたように、今年3月、マー氏は帰国し、公の場にも姿を現しました。今回も、自分が99.9%の株を持ち、名称に自らの姓をささげる形で新会社を立ち上げています。
仮に、3期目入りした習近平政権がマー氏を敵視し、二度と公の場で活動するなといった命令を出しているとしたら、このような事態にはなりません。以前も指摘したように、中国当局とマー氏の間では一種の「手打ち」ができているという認識は現在に至っても何ら変わっていません。
マー氏は、創業したアリババグループでの存在感と影響力を限定的なものにしつつ、同グループが関わる分野で市場や世論に対する発言を極力控えるようにしています。ただ、マー氏が香港大や東大に研究分野(教育、食品、農業、サステナビリティなど)として申告したテーマに関しては、あまり目立たないように活動する分には当局も問題視する気はない。むしろ、中国が根本的、中長期的に発展するために、実際の行動を通じて貢献してほしいというのが、当局がマー氏に対して課しているミッションだと言えるでしょう。マー氏もその点を十二分に理解した上で、今回の新会社の設立に至った、というのが私の理解です。
そして、ここからは私の推測ですが、習近平氏とマー氏は、来年11月に行われる米国の大統領選挙を通じて、共和党候補として呼び声高いドナルド・トランプ氏が大統領に再選するシナリオを想定していると思います。トランプ氏が再び大統領になれば、中国の政府や企業が、米国で雇用を創出する、米国企業が中国でモノを売るといった点で貢献してくれることを大いに期待し、圧力をかけてくるでしょう。
その時、マー氏は習近平氏の指示を受けながら(実際に指示を出すのは習氏ではないが)、食品、農産物という分野でトランプ氏に貸しを作ることで、中国共産党というお上に恩を売り、結果として自ら、そして自らが作ったアリババグループを守ろうとしているのではないでしょうか。
攻めながら守る。守りながら攻める。
ジャック・マー氏は引き続きこのスタイルで闘っていくものと思われます。
(加藤 嘉一)
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