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<19>マーケットの合理性を論じるより、自分の非合理を知る

トウシル / 2024年9月24日 11時0分

<19>マーケットの合理性を論じるより、自分の非合理を知る

<19>マーケットの合理性を論じるより、自分の非合理を知る

 

※この記事は2018年7月6日に掲載されたものです。
 

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第4章 合理的だという自意識過剰。「行動ファイナンス」で損失は減らせるか

<第6話>マーケットの合理性を論じるより、己の非合理を知る

「さて、今日は『行動ファイナンス』という学問で明らかにされた、人の心理から生じるバイアス(偏り)が引き起こす、非合理な投資行動についてお話をしました。この分野からの示唆は、実は他にもいろいろあるのですが、もちろん知っておいて損はありません」

「まだ、あるんですか?」
 アンカリング効果、心の会計、オプティミズム・・・行動経済学を通じた投資のアドバイスは、隆一の過去の投資体験と通じるところも多く、腑に落ちるところが多かったが、正直なところ、頭はもういっぱいだった。

 そんな隆一の反応を見たか見ないか、先生は続けた。
「こんな話があります。人は合理的な投資行動をするわけではない。でも、<多くの参加者はそれぞれバラバラに行動するから、市場全体としては効率的な市場になる>と期待したい、が、現実はそうでもない、という話です。ファイナンス理論には、『効率的市場仮説』という学説があります。市場では利用可能な情報はただちに株価に反映されてしまう。このため、投資家は取ったリスクに見合う、それを超えるようなリターンは得られないし、株価を予測することはできない、というものです。また、行動ファイナンスでは、現実の株価は、必ずしも市場での裁定が働くわけでなく、理論価格に収れんするわけではない、と主張します。ちょっと難しいですか」

 隆一は<ちょっと難しい、と言うくらいなら、はじめからわかりやすく話してくれよ>と思いながら、無言でいた。

「先週のバブルの話で『株価はバブルで暴騰したり、暴落したりしても、長い目で見れば、結局、株価は企業の実力程度に収まる』と言いましたが、あくまで『長い目で見れば』ということなのです。今日の話でわかると思いますが、人は合理的に行動できません。バブルがあろうとなかろうと、短期的には、株価は理屈どおりに動いてはくれないのだとすれば、その期間の上げ下げ、特に下落に、個々人の心理が耐えられるか、という問題が生じるわけです。長期投資、積立投資のメリットは、そうした心理的負荷が掛かりにくい、というところにもあります」

「なるほど。どうなるかわからないものを予測するのはムダだし、相場に付き合おうとすると人間は振り回されるし、ほっておくのがいいってことですね」
「ふむ、おおむねその解釈で間違いありません。ただ、ポイントは長期的には企業の実力、つまり経済成長に応じた株価の成長を享受できるであろう、というところですが」
「そうですね、そうでないとそもそも資産は増えないですもんね」

コインを投げて5回連続で「裏」。次は?株価だとどうなる?

 <そろそろ、終わりかな?>と、隆一が一息つこうとすると、先生はまた膝を乗り出した。

「実は、もう1つ、覚えておいて欲しいことがあります」
「先生、本当に1つだけですよね」
「ええ、最後にしましょう。実は、行動経済学を投資に応用する時には、注意も必要です」「どういうことですか、注意するための行動経済学なのに、その使い方の注意って」

 ここにきて混乱するような先生の言葉に、本当にこれで終わるのかと隆一は不安になってきた。

「行動経済学の研究で、人は平均よりも極端に高い値、あるいは極端に低い値を見ると、『次は、平均に近い値になるのではないか?』と考えてしまうバイアスが知られています。よく、例として出されるのがコイン投げで裏表を当てるゲームです。たとえば、コイン投げで、5回連続して裏が出たら、さすがに次は表が出る確率のほうが高いのではないか、と考えてしまう、ということです」
「わかります、とても。昔、大学受験のマークシートで、答えが5回ずっと(1)だったときに、なにかとても不安になりましたからね」

「ははは、そう、まさにそれです。コイン投げでは、過去に何回裏が出ても、次に表が出るか裏が出るかは、2分の1の確率です。だから、コイン投げで『そろそろ、次は表かな』という判断は根拠がまったくなく、確率論に基づいた予測を歪めたものです。では、これを投資に当てはめると、どうでしょう。『5日連続して株価が上げたら、さすがに次の日は下げるのかな』という判断は、同じように、非合理的でしょうか」

「えっ、違うんですか」
「合理的だ、と主張する学者もいます。しかし、必ずしもそうとは言えません。株価を形成しているのは、市場で売り買いしている人間です。心理的なバイアスをもった人間の集団が売買しているわけですから、上げ下げの動きも、コインを投げたり、サイコロを振ったりするようなキレイな確率になるとは限りません。この点は、チャーチストとよばれる株価のチャートを分析して、売買をする人たちの説く経験則が参考になります。彼らは、4~5日連続して上げが続けば、やはり次の日は下がる確率が高くなる、と考えて売買しています。たとえば『4~5日連続して株価が上げれば、利益確定売りなどが出て、次の日は下がる可能性が増えるはず』というのが群集心理であるなら、そうした心理を織り込んで、実際に売りに回る人が出て、相場も下げに転じる可能性が高い、と読むのです。つまるところ、人の投資行動とそれが反映される株式市場は、コイン投げのような確率論では判断できないということです」

 

投資行動は非合理的。長期の積立投資がその非合理を薄める

 話を終えると、先生は、席を立ってカップに緑茶を入れなおした。

「今日の話で、行動ファイナンスを知らないがゆえに、非合理的な行動をしてしまい、投資のリターンを下げてしまうことがある、ということがわかりましたね」
「はい。自分の感情や心理というものが、いかに曖昧でコントロールが難しいものなんだと改めて思いましたね、特にカネが絡むと」

 隆一が答えると、先生は、満足そうな顔で問いかけた。

「それに、行動ファイナンスの話を聞いて、投資にはいろいろな落とし穴があることもわかりましたよね」
「そうですね、落とし穴って、自分の心の中にあるんですね」
「ふむ、きちんと理解してくれたようですね。行動ファイナンスを学んで心理的な訓練をすることも、その穴を避ける1つの方法です」

「先生、『1つの』ということは、他にもあるんですか」
「そうですね、同じ投資でも、長期投資や積立投資の場合は、非合理的な行動をとる機会が少なくなります。結果として、パフォーマンスの向上が期待できるわけです。私が長期投資や積立投資をおすすめする理由はここにもあります」
「なるほど」

「今日学んだことをしっかり頭に入れて、行動すれば、きっと、いい投資ができるようになります。いまの自分の性格を変えるのは難しいでしょうが、行動なら、ある程度は感情をコントロールして、ルール通りにできるようになります」
「はい、わかりました・・・」

 隆一のいまいち濁った声に先生は「浮かない顔ですね」と聞いた。
「先生、おっしゃることは理解できているんですが、なにせ覚えることが多すぎて」

「月並みですが、『ローマは一日にして成らず』ですね。焦る必要はありません。基本は知っておく必要がありますが、なにも君自身が投資の専門家になる必要はありません。それを解決する方法もきちんとありますし、それは今後お話していきますから」

 隆一は自分が「勉強嫌い」「継続して努力するのが苦手」「楽観的で、いいかげん」で、今日まで暮らしてきたことを振り返った。ただ、それが自分というものなのだな、と改めて認識した。

 そして「まあ、なんとかなるか」と思い、帰路に着いた。

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(中桐 啓貴)

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