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日本製鉄、USスチールを2兆円買収!3つの期待と4つのリスク(窪田真之)

トウシル / 2023年12月21日 7時45分

日本製鉄、USスチールを2兆円買収!3つの期待と4つのリスク(窪田真之)

日本製鉄、USスチールを2兆円買収!3つの期待と4つのリスク(窪田真之)

 日本製鉄(5401)が巨額買収を発表しました。その評価について、私の考えをお伝えします。

日本製鉄が2兆円買収を発表

 日本製鉄(5401)は12月18日、かつて粗鋼生産で世界トップであったこともある米国の製鉄大手企業、USスチール(X)を約2兆円で買収すると発表しました。

 買収実現までに、各国規制当局や株主の承認、労働組合との交渉などさまざまな障壁があり、現時点で買収が確定したとは言えません。日本製鉄は2024年4~9月には、買収を完了できると見込んでいます。私も、以下二つの理由から、買収が成立する可能性は高いと見ています。

【1】USスチールの生き残りに不可欠と考えられること

 USスチールがこのまま単独で生き残るのは難しく、いずれ買収による立て直しが必要と考えられます。日本製鉄による買収を拒否すると、今後、それを上回る好条件の買収者は現れなくなる可能性もあります。

 中国の製鉄大手がUSスチールを買収する誘因はあるものの、米国政府も労働組合もそれを許容する可能性はなく、それも織り込み済みのため中国メーカーから買収オファーが出る可能性は低いと考えられます。

【2】株価に約40%のプレミアムを付ける買収提案であること

 日本製鉄による買収提案が出る前の15日のUSスチール株の終値は39.33ドルでした。日本製鉄はこれに約40%のプレミアムを乗せた55ドルで買収提案しています。これを受けて、USスチール株は急騰しており、もし買収提案が拒否されると株価は急落することになります。

 USスチールも日本製鉄も、ともに社名に国名がつく名門企業です。USスチールは1960年代には、世界トップの製鉄企業でした。日本製鉄は、旧八幡製鉄から始まる日本の産業革命をけん引した名門です。

 USスチールは、1970年代以降に競争力が低下し、日本にトップの座を奪われ、さらに2000年代以降は、中国にトップの座を奪われ、その差は拡大する一方です。

 米国は自国の鉄鋼産業に対して度重なる保護主義政策を打ち出してUSスチールを守ろうとしましたが、保護すればするほど高コスト体質の改善が遅れ、衰退が加速するという皮肉な結果となりました。米国トップの座も、電炉大手ニューコア(NUE)に奪われ、2022年の粗鋼生産では米国で3位、世界で27位まで低下しています。

3つの大きな期待と、4つの重大なリスク

 今回の買収が、日本製鉄の未来にどういう影響を及ぼすか、結論が出るのに相当長い年月が必要です。10年後には結論がはっきりしていると思いますが、それまでの途中経過で、「大失敗」とか「すばらしい買収」とか、評価は二転三転すると思います。

 日本製鉄の未来に、この買収がもたらす3つの大きな期待と、4つの重大なリスクについてコメントします。

3つの大きな期待

【1】成長市場である米国へのアクセスを獲得すること

 日本製鉄は、自動車や家電向けのハイエンド・スチール(高級鋼材)に強みを持ちます。付加価値の低い汎用品が少なく、高度な技術を要するハイエンド・スチールをトヨタ自動車などに「ひも付き」(鋼材が作られる時点ですでに販売先・納入先が決まっている取引)で提供しています。

 ただし、国内市場は成長性が見込めず、今後は海外での販売拡大が必要です。特にEV(電気自動車)などで高い需要の伸びが見込まれる米国市場での拡販が重要です。

 ところが、米国は鉄鋼業について、長年にわたり保護主義を強化してきました。主な目的は安価な汎用品で攻勢をかけてくる中国メーカーから保護するためです。日本のハイエンド・スチールは、同じ製品を作るメーカーが米国にないため、直接規制されるリスクは低いものの、それでもさまざまな非課税障壁があり、日本からの輸出を拡大するのは困難です。

 こうした中、USスチールを買収して日本製鉄から電磁鋼板などで技術供与し、米国現地生産・現地販売を拡大するすべを得ることは大きなメリットです。

 また、経済安全保障の観点から米中で経済分断が進みつつありますが、USスチール買収で米国に深く入り込むことができれば、そのメリットは極めて大きいと考えられます。

【2】規模の利益を得ること

 日本製鉄は2022年の粗鋼生産量で世界第4位ですが、第27位のUSスチールを買収すれば第3位に浮上します。規模が拡大することにより、購買力や販売力、技術開発力が強化されるなど、メリットが期待されます。

【3】鉱山、電炉を獲得すること

 USスチールは米国内で鉄鉱石鉱山を保有します。同社買収で、原料から一貫生産できるようになるメリットは大きくなります。

 また、USスチールは2019年に電炉メーカー、ビッグリバー・スチールを買収しています。高炉中心の日本製鉄は、今後、二酸化炭素を排出しない電炉を強化する必要に迫られますが、今回の買収で電炉メーカーを手に入れることができるのもメリットです。

4つの重大なリスク

【1】買収価格が高く、財務への負担が大きいこと

 USスチールの株価は、昨年来大きく上昇しており、日本製鉄はさらに40%のプレミアムをつけて買うので、買収価格はかなり高くなりました。同社の収益力から評価して、買収価格は高すぎる可能性もあります。今年は円安が進んだので、円を使って米ドル建ての買収をするコストが高くなるという問題もあります。

 2兆円の買収資金は銀行借り入れで調達しますが、日本製鉄の財務にとって重い負担となります。ただし、日本製鉄は、長年にわたる構造改革によって財務・収益力を強化してきたので、2兆円買収を実行してもすぐに財務に問題が出ることはありません。

【2】USスチールの高コスト体質を変えるのは至難の業

 USスチールの凋落は、高コスト体質が招いたことです。トランプ前米大統領が保護主義策として輸入鋼板に高い関税をかけたために、米国内の鉄鋼市況が高騰した恩恵で、2020年から黒字化しましたが、それまでは長年にわたり赤字続きでした。

 USスチールには、米国経済を長年にわたりけん引してきた名門との誇りがあり、労働組合が強力で、赤字が続いてもコストカットがなかなかできない問題があります。日本製鉄の買収提案に対して、労働組合は即座に反対を表明しており、買収が成立してもコスト低減の構造改革は困難と考えられます。

【3】資産査定が十分にできているかわからないこと

 これだけの大きな買収交渉を秘密裏で進める間は、入念な資産査定ができません。巨額の買収を決めた後になって初めて、知らされていなかった不良資産が次々と見つかることもあります。そうした問題が起こらないか、もし起こった時、買収を撤回できる条項が入っているのか、わかりません。

【4】水素製鉄への転換コストがさらに重くなる可能性

 鉄鋼産業(高炉)は、電力産業と並び、CO2排出が大きい産業です。高炉の生産プロセスで、原料炭を使うためです。将来的には、原料炭の代わりに水素を使う「水素製鉄」への転換が必要です。ところが、その技術開発・設備投資に莫大(ばくだい)なコストがかかります。その負担に耐えるのには、相当な経営体力が必要と考えられています。

 日本製鉄は、財務・収益力強化の構造改革を完遂したことで、この負担に耐えうると考えられていました。ただし、弱体化したUSスチールを抱え込むことで、その負担がさらに重くなる懸念もあります。

日本製鉄の投資判断

 現時点で、投資判断は「中立」とします。今回の買収によって、日本製鉄の未来に大きなアップサイド・ポテンシャル(上昇の可能性)が付加されました。同時に、大きなダウンサイド・リスク(下落リスク)も抱え込んだといえます。現時点で、明確に「買い」とも「売り」とも判断できません。アナリストとしては、そうしか言いようがありません。

 私は、過去25年間、日本株ファンドマネージャーでした。ファンドマネージャーとしても、一人の日本人としても、私は日本製鉄が好きでした。それは今も変わりません。

 私は日本製鉄の未来に期待しており、また、以下の通り株価指標で見てバリュー(割安)株であることから、ファンドマネージャーならば、日本製鉄株を一定比率、保有したいと思います。ただし、夢破れて、日本製鉄が大きな困難を抱える時は、売るしかないことはわかっています。

日本製鉄の株価指標:2023年12月20日時点

出所:配当利回りは、1株当たり配当金(会社予想)150円を12月20日の株価で割って算出、楽天証券経済研究所が作成

日本製鉄の過去43年の歴史

 ご参考まで、同社の過去43年の株価チャートをご覧ください。

日本製鉄の株価月次推移:1980年1月~2023年12月(20日)

出所:QUICKより楽天証券経済研究所が作成

 ご覧いただくとわかる通り、日本製鉄株は、1980年代以降、2回急騰相場があります。1回目は1980年代後半、2回目は2000年代の後半です。

【1】1980年代後半の大相場

 日本製鉄は明治の産業革命をけん引し、さらに戦後1960年代の高度成長をけん引した名門企業です。ところが、1970年代のオイルショックで低迷し、1980年代の前半には構造不況業種となりました。

 そこからの大復活があったのが、1980年代後半の好景気です。バブル景気ともいわれる内需景気で、建設ブームが起こり、鉄鋼産業も大復活を遂げました。それを受けて、ご覧の通りの大相場となりました。

【2】2000年代後半の大相場

 バブル崩壊の1990年代に鉄鋼産業は再び構造不況に陥りました。ところが、その後、合併とリストラで筋肉質に生まれ変わった後、大復活しました。2000年代の後半は、ブリックスといわれた新興国(中国・インド・ブラジル・ロシア)の成長が加速して、これらの国で鉄鋼需要が急拡大しました。日本の鉄鋼産業もその恩恵で大復活しました。

 ただし、2008年にリーマンショックが起こると、ブリックスの高成長による鉄鋼業の興隆も終わりました。中国の鉄鋼産業が、収益無視の大増産を続けたため、世界の鉄鋼市況が暴落し、世界中の鉄鋼産業が構造不況に陥りました。

 日本製鉄は、中国と競合する汎用品はほとんど手掛けず、ハイエンド・スチールに特化していたので、相対的には収益力を保ちました。それでも、汎用品の下落の影響を受けて、ひも付きの高級鋼材も安値が続き、収益低迷が続きました。

 日本製鉄は、リーマンショック後、さらに構造改革を進めました。国内で余剰だった高炉の閉鎖を進め、過剰設備が解消されたところで、極端な安値にとどまっていたひも付き価格の引き上げを進め、収益力を大幅に高めました。その成果で、2022年3月期は、売上・営業利益・経常利益・純利益の全てで過去最高益を更新しています。

 構造改革を完遂した上で、満を持して、USスチールの買収に踏み出したところです。

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(窪田 真之)

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