原油相場よ、なぜあなたは下がらないのか!?
トウシル / 2024年1月30日 7時30分
原油相場よ、なぜあなたは下がらないのか!?
中東で船舶への妨害行為が相次ぐ
アラビア半島南部に位置するイエメンには、イスラム武装組織の一つ「フーシ派」の拠点があります。フーシ派はこれまで幾度となく、欧米を中心とした西側諸国に関わりが深い施設や船舶に攻撃を加えてきました。
2019年に、同じくアラビア半島に位置するサウジアラビアにある世界最大規模の石油施設をドローンで攻撃し、同国の原油生産量を一時的に半減させた事件も、2023年10月下旬から続いている紅海(Red Sea)周辺での船舶への妨害行為もフーシ派によるものです。
図:フーシ派が妨害行為を行う紅海と欧州・東アジア間の主要な航路
日本企業が運航する貨物船を拿捕(だほ)したり、米国の軍用船舶をミサイルで攻撃したりもしています。このようなフーシ派による西側諸国に関わりが深い船舶への妨害行為を受け、数カ月前から一部の西側主要国が自国の船舶に紅海周辺を航行しないよう呼びかけたり、米英軍がフーシ派の拠点などを攻撃したりしています。
上の図は、フーシ派による妨害行為が発生している紅海や、同海とアラビア海、ひいてはインド洋をつなぐ世界的な地理上の要衝「バブ・エル・マンデブ海峡(Bab-el-Mandeb Strait)」、そして東アジアと欧州を結ぶ主な航路を示しています。同海峡のアラビア半島側が、フーシ派の拠点があるイエメンです。
フーシ派は2023年10月下旬、北に2,000キロ超離れたイスラエルに向けてドローンとミサイルを発射しました。これは、同月7日に勃発したイスラエルとガザ地区を実質的に支配するイスラム組織「ハマス」の戦争において、ハマスやガザ地区の住人に攻撃を加えるイスラエルに反発するためでした。
イスラエル・ハマスの戦争下にあって、フーシ派とハマスの協力関係が改めて浮き彫りになる中、世界の大動脈に等しい紅海を含むバブ・エル・マンデブ海峡周辺で航行の安全が脅かされています。紅海の地中海側の出入り口は世界のコンテナ船貨物のおよそ三分の一が通過するとされるスエズ運河です。
物流の局地的な目詰まりが起きたり、代替となる喜望峰(Cape of Good Hope)ルートを使用して運送コストが増えたりすれば、原材料価格高がもたらすインフレ(物価高)、いわゆるコストプッシュ型のインフレが世界的に再燃する可能性があります。
フーシ派による船舶への妨害行為は、単なる中東で起きている一つの出来事ではなく、世界規模の出来事と捉える必要があります。
喜望峰ルートは完全な代替ではない
足元、危険を回避するため、バブ・エル・マンデブ海峡を通らずに喜望峰を経由する船舶が増えています。以下は、国内大手メディアでも取り上げられたIMF(国際通貨基金)が公表しているバブ・エル・マンデブ海峡と喜望峰の通行量(重量ベース)のデータです。
図:バブ・エル・マンデブ海峡と喜望峰の通行量(7日平均) 単位:百万トン
フーシ派による妨害行為が目立ち始めたことを受け、欧州の複数のコンテナ船大手が紅海の航行を回避することを決めた2023年12月中旬から通行量が目に見えて減少しています。代替となったのが喜望峰ルートです。とはいえ、完全な代替とはいえません。バブ・エル・マンデブ海峡経由の通行量の減少が止まらない中、喜望峰ルートの通行量は1月初旬をピークに減少しています。
以下は、通行した船舶の数です。喜望峰ルートで航行する貨物船とタンカーの数は増加していますが、その増加数はバブ・エル・マンデブ海峡経由の減少数よりも小さいことが分かります。
喜望峰ルートは東アジア発欧州行きの場合も欧州発東アジア行きの場合も遠回りになるため、喜望峰ルートのデータがバブ・エル・マンデブ海峡経由のデータに追いつくためには数週間程度の時間が必要なのかもしれません。
とはいえ、すでに喜望峰ルートの通行量と貨物船の数がピークを打った可能性があることを考えれば、時間が経てどもバブ・エル・マンデブ海峡経由を喜望峰ルートが完全に代替することはないのかもしれません。
遠回りになることで、航行日数や運送コスト(運賃、保険、人件費など)が割高になることが嫌気されている可能性があります。バブ・エル・マンデブ海峡の通行量・船舶数の減少が続き、喜望峰ルートの同数量の頭打ち状態が続けば、物流の目詰まりと流通コストの底上げによる世界的なインフレの再燃が懸念されます。
図:バブ・エル・マンデブ海峡と喜望峰の通行船数(7日平均) 単位:隻
EVに必要な金属は南半球にある
イエメンに拠点を置き、紅海において航行の妨害を行っているイスラム武装組織「フーシ派」は、イランの支援を受けているとされています。資金や軍事関連の物資・技術などの支援を受け、西側諸国と関わりが深い船舶を妨害しています。非西側諸国の急先鋒ともいえるイランが背後にいる以上、紅海での妨害問題は西側・非西側の分断と無縁ではありません。
ここから触れるEV(電気自動車)のバッテリーの原材料であるコバルト、リチウム、ニッケル、グラファイト、マンガンといった鉱物資源の埋蔵国もまた、西側・非西側の分断が確認できるテーマです。以下の図は、これらの鉱物資源の主要な埋蔵国の分布を示しています。
図:EVバッテリー資源の埋蔵量上位国(2022年)
ロシアやトルコ、キューバなど北半球の国々でもEVのバッテリー資源を有していることが分かりますが、埋蔵シェアは南半球の国々が圧倒的に高いことが分かります。南米、アフリカ南部、東南アジアなど「南」と付く大陸の要衝となる地域が、われわれ西側のEV促進、ひいては脱炭素の命運を握っていると言っても過言ではありません。
コバルト:コンゴ民主共和国48%、オーストラリア18%、インドネシア7%など
リチウム:チリ36%、オーストラリア24%、アルゼンチン10%など
ニッケル:豪州21%、インドネシア、21%、ブラジル16%、ニューカレドニア7%など
グラファイト:ブラジル22%、マダガスカル8%、モザンビーク8%、タンザニア5%など
マンガン:南アフリカ38%、オーストラリア16%、ブラジル16%など
非民主国家が脱炭素を支える矛盾
筆者は、西側と非西側の分断が目立っている昨今、「考え方」によって、こうした南半球の国々を西側と対峙(たいじ)する非西側に分類できると考えています。民主的な考え方で統治されているかどうかです。西側は民主的であることを正義としています。その意味で、民主的でない国は非西側に分類できます。
図:西側先進国とEVバッテリー資源国の自由民主主義指数(2022年まで)
上図は、先進国(OECD(経済協力開発機構)諸国38カ国)と先ほどの南半球のEVバッテリー資源国(主要10カ国)の自由民主主義指数の推移です。スウェーデンのV-Dem研究所は毎年、世界の民主主義に関するさまざまなデータを公表しています。自由民主主義指数はその一つで「自由民主主義の理想がどの程度達成されているか?」を数値化したものです。
国家や多数派の専制から個人や少数派の権利が守られていること、憲法で保護された市民の自由、強力な法の支配、独立した司法が維持され、行政権の行使の制限が効果的に機能していること、選挙において民主主義が達成されていることなどが基準で、0から1の間で決定します。0は民主的度合いが低い、1は民主的度合いが高いことを意味します。
グラフの通り、西側の先進国は0.7から0.8の間で推移し、民主度が高いことが分かります。一方、南半球のEVバッテリー資源国は2000年以降に頭打ちとなり、2010年ごろから低下しはじめ、近年は0.5を下回っています。南半球のEVバッテリー資源国は、民主的な傾向が低下しつつあるといえます。
法の支配や独立した司法が維持されなくなると、国家間の対外的な枠組みにおけるルールの順守も危ぶまれるようになります。世界全体で目指すとしたSDGs(持続可能な成長目標)やその手段の一つであるESG(環境、社会、企業統治)を推進する力が低下したり、自国の利益を第一にする考え方がまん延したりする可能性があります。
こうした環境下で、南半球のバッテリー資源国は、温暖化を食い止めるべく自動車のEV化を推進している西側先進国に対し、友好的に協力をするでしょうか。対等な立場であることを確認した上で協力はするかもしれません。しかし、西側は少なくない見返りも求められるでしょう。
グラフが示す通り、2010年ごろから、世界の民主主義に関わる環境が変化しつつあります。先進国でさえ民主的な傾向がやや低下しています。1980年から2000年ごろまでに見られた世界全体の民主化の潮流は、今となってはもう昔の出来事です。
民主主義の停滞と言うと言い過ぎかもしれませんが、2010年ごろからは行き詰まりつつあると言えそうです。なぜ、民主主義は行き詰まりつつあるのでしょうか。
分断起因の減産が原油相場を支える
民主主義の行き詰まり傾向を説明するために、2008年リーマンショックまでさかのぼります。同ショックにより、堅牢といわれた西側の金融神話が崩壊しました。
図:リーマンショックを起点とした西側・非西側間の分断とコモディティ相場への影響
また、同ショック後の経済回復のため、西側諸国は「環境問題」や「人権問題」を解決することを目指し始めました。西側の金融神話崩壊や、西側主体の問題提起・解決策実施は非西側の反発を買い、非西側の「脱西側」の動きを加速させました。
2010年ごろから西側と非西側の分断が深まり始まったことは、先述の南半球のバッテリー資源国の自由民主主義指数が頭打ちになり、下落に転じたことと合致します。また、西側と非西側の足並みが乱れたことは西側の同指数を頭打ち・下落に転じさせる一因となり、これらが同時進行したことにより、世界全体の民主主義が行き詰まり始めたと考えられます。
民主主義の行き詰まりによって、西側・非西側の分断はさらに深まり、その延長線上でウクライナ戦争やイスラエル・ハマスの戦争が勃発したと、筆者は見ています。イスラム武装組織の活動活発化や、EVバッテリー資源国の出し渋りのリスク増大に、民主主義の行き詰まりや分断が関わっていると考えられます。
さらに言えば、OPEC(石油輸出国機構)プラスの原油の減産継続もまた、民主主義の行き詰まりに端を発した、西側・非西側の分断深化が一因であると、考えられます。
図:NY原油先物(日足 終値) 単位:ドル/バレル
OPECプラスの減産は、単に原油価格を高止まりさせるために行われているのではないと考えられます。リーマンショック後から続く「分断」、環境問題と称して石油を否定する西側への反発という心情的な動機も含まれていると考えるべきであると、筆者は見ています。減産は非常に強い動機に支持されて行われている。こう考えると、原油価格が下がらない理由が見えてきます。
[参考]エネルギー関連の投資商品例
国内株式(新NISA成長投資枠活用可)
国内ETF・ETN(新NISA成長投資枠活用可)
NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア
外国株式(新NISA成長投資枠活用可)
海外ETF(新NISA成長投資枠活用可)
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
グローバルX MLP
グローバルX URANIUM
ヴァンエック・ウラン原子力エネルギーETF
投資信託(新NISA成長投資枠活用可)
HSBC 世界資源エネルギー オープン
シェール関連株オープン
海外先物
CFD
(吉田 哲)
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