日銀の内田副総裁が語ったマイナス金利解除後の政策運営と円安リスク(愛宕伸康)
トウシル / 2024年2月14日 8時0分
日銀の内田副総裁が語ったマイナス金利解除後の政策運営と円安リスク(愛宕伸康)
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「日銀の内田副総裁が語ったマイナス金利解除後の政策運営と円安リスク」
日本銀行の内田眞一副総裁が8日に講演を行い、マイナス金利解除後の金融政策の輪郭がみえてきました。新たな政策金利は0~0.1%、しばらく緩和的な金融環境が続くという、我々にとっては予想していたとおりの内容ですが、海外投資家にとっては意外だったようです。
追加利上げを当然視する海外目線とのズレは円安要因になります。今週は、内田副総裁が示したマイナス金利解除後の政策運営と円安リスクについて取り上げます。
内田眞一副総裁が8日、マイナス金利解除後の緩和維持を強調
日銀のマイナス金利解除のタイミングやその後の政策運営を占う上で最も注目すべきは、近々開催される内田眞一副総裁の金融経済懇談会だと、このレポートでも何度か述べてきました。その懇談会が8日に開催され(奈良県金融経済懇談会)、いくつかの重要なヒントが出てきました。
ポイントは、マイナス金利解除後の政策金利について無担保コールレート0~0.1%を具体的に例示したこと、マイナス金利解除を判断する際の重要イベントが春闘であると強調したこと、マイナス金利解除後の政策金利のパスについて「どんどん利上げしていくようなパスは考えにくい」と明言したこと、です。順にみていきましよう。
マイナス金利解除後の政策金利について
まず、マイナス金利政策解除後の政策金利に関しては、以下のように述べています。
マイナス金利の導入前には、日本銀行の当座預金取引先の超過準備に0.1%の金利を付利し、取引先でない金融機関との裁定取引が行われる結果、短期金融市場では、無担保コールレートが0~0.1%の範囲で推移していました。仮にこの状態に戻すとすれば、現在の無担保コールレートは▲0.1~0%ですので、0.1%の利上げということになります。
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成
上の発言では、「仮にこの状態に戻すとすれば」と断っていますが、次の点を踏まえれば、そうなることを想定しての発言だと推察されます。すなわち、現在、当座預金の超過準備(正確には200兆円を超える「基礎残高」)には0.1%の付利が設定されています。
この付利と政策金利は、市場の裁定が働くため別々の金利に設定することはできません。したがって、マイナス金利解除後の政策金利は、内田副総裁が述べているとおり、無担保コールレート0~0.1%にするのが最も自然な姿だと考えられます。そうなれば、これまでこのレポートで予想してきたとおりの変更になります。
マイナス金利政策の解除は3月か4月か
マイナス金利政策解除の時期に関しては、もちろん明言しているわけではありませんが、講演後の記者会見で以下のような発言がありました。
好循環を確認した上で、2%を見通せるようになったというふうに判断するかどうか、…当然ですけれども、春季労使交渉の状況というのは、重要なファクターの一つになるというふうに思っています。
賃金と物価というのが、極めて重要なファクターであり、その中にあって春闘というタイミングで賃金の部分が確認できるということはですね、これは重要なイベントであろうというふうに思っています。
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成
春闘の集中回答日は3月中旬です。そこで好感触が得られれば、4月1日発表の3月短観や4月の支店長会議を待つまでもなく、3月18~19日のMPM(金融政策決定会合)で動く可能性が高いと読むことができます。
逆に3月MPMで動かなければ、春闘に対する日銀の見方が慎重と受け取られ、円安に大きく振れたり、4月MPM(25~26日)まで市場の織り込みが過度に進んで長期金利が大幅に上昇するリスクが高まります。
フォワードガイダンスについて
フォワードガイダンスに関しては、記者会見で以下のように発言しています。
2年近くになりますが、2%を超えて推移しているということは事実ですから、そのことはですね、もともとオーバーシューティング・コミットメントで想定していたというのも変ですけれども、下から上がってくるのとは違う角度で上がってきているので、そのことがですね、この議論に影響するということは、それは当たり前の事実としてはあるんだろうと思いますが、当然のことながら、見通せるようになるというのが第一であって、見通せるようになるということを判断したときに、そこも一緒に判断していくということになります。
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成
少し日本語として分かりづらいですが、すでに形骸化している現在のフォワードガイダンスに、「マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する」というのがあります。
この中の「超えるまで」という言葉は、現在の消費者物価の伸び率がすでに2%より高いことからすれば当然修正されるべきで、その点を言っているのだと思われますが、重要な点は、それも含め、マイナス金利政策が解除される際にはフォワードガイダンスも修正されることが明確になったという点です。
マイナス金利解除後の政策金利のパスについて
マイナス金利解除後の政策金利のパスについては、以下のとおり、重要な発言がありました。
今後の経済・物価情勢次第ということになりますが、先ほどご説明した見通しを前提にすれば、仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになると思います。
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成
これも我々にとっては想定通りの内容ですが、市場はこのくだりに最も強く反応しました。特に、海外では、物価目標2%実現を前提にするのだから、当然2%以上の金利水準に向けて追加利上げを行うだろうとみる投資家が多く、講演のあった8日も、為替はロンドン時間になって特に大きく反応しています。
マイナス金利解除時のコミュニケーション、一歩間違えると円安に
内田副総裁も、海外投資家の前のめりな見方を従前から認識しており、今回の講演でも、なぜマイナス金利解除後の政策金利引き上げがゆっくりでなければならないのかについて、かなり紙幅をとって丁寧に説明しています。
しかし、今回の内田副総裁の発言に対する為替の反応で明らかなとおり、マイナス金利政策を解除する際に、その後の政策運営について必要以上にハト派寄りの情報発信を行えば、思いのほか円安に振れるリスクがあるということを意識しておく必要があります。
それに対処するには、追加利上げを認める、あるいは少なくとも追加利上げを否定しないことが重要ですが、あまりタカ派色を出し過ぎると、今度は長期金利が跳ね上がるリスクを高めることになります。
いずれにせよ、日銀はマイナス金利解除の際に、相当難易度の高いコミュニケーションを強いられることになりそうですが、一つ参考になる提言が国際通貨基金(IMF)から出されました。「4条協議による対日審査」です。
無視できないIMFの対日審査による提言
4条協議による審査とは、IMF協定の第4条に基づき加盟国の経済や政策などを監視・点検する仕組みです。IMFは年に一度各国に代表団を送り、政府や中央銀行などと協議して政策提言などを行っています。
先般、今年の対日審査が終了し、そのスタッフペーパーが8日に公表されました(Japan: Staff Concluding Statement of the 2024 Article IV Mission, February 8, 2024)。そこでは、日本の中立金利を1.5%程度と推定した上で、それに向けて3年という期間をかけ、ゆっくりと政策金利を引き上げていくことが提唱されています。
つまり、(1)デフレから脱却した日本経済を前提とする政策金利水準への引き上げを否定することなく(過度な円安の防止)、(2)利上げは十分な時間をかけてゆっくり進める(長期金利の跳ね上がりの防止)、というバランスのとれた提言となっており、日本銀行がマイナス金利政策を解除する際には、こうした政策運営を示唆するようなコミュニケーションをとってくる可能性も十分あり得るとみています。
(愛宕 伸康)
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