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日銀、マイナス金利解除後「データ次第」の政策運営に さらなる利上げなら住宅ローン負担増も 翁邦雄元日銀金融研究所長

トウシル / 2024年4月9日 16時30分

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日銀、マイナス金利解除後「データ次第」の政策運営に さらなる利上げなら住宅ローン負担増も 翁邦雄元日銀金融研究所長

 日本銀行が3月18、19日の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決め、2013年4月から続いた「異次元緩和」を終了し、政策転換に踏み切りました。日銀きっての理論家として知られた、翁邦雄・元日銀金融研究所長(京都大公共政策大学院名誉フェロー)に今後の追加利上げの見通しや住宅ローン金利、為替相場などへの影響について、聞きました(インタビューは3月22日に実施しました)。

住宅ローン当面上がらない見込み、将来の金利上昇で返済期間長期化も

――日銀が3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定しました。これまで政策金利(短期金利)として日銀当座預金の一部(政策金利残高)にマイナス0.1%の金利を適用してきました。今回、政策金利をマイナス金利導入前の無担保コール翌日物レート(銀行や証券会社など金融機関同士が手元資金の余剰や不足を調整するため、コール市場で資金を無担保で借りて翌日に返済する際の金利)に戻し、それを0~0.1%程度に誘導すると発表しました。このマイナス金利解除で、企業には資金調達コストが増える影響も見込まれますが、どうみますか?

 日銀は政策金利として、無担保コールレート翌日物を0~0.1%程度に誘導すると発表していますが、理論的にはコールレートの水準は0.1%に収束するはずです。日銀は今回の変更で、民間の金融機関が日銀に預け入れる日銀当座預金には0.1%の利息を付けることにしました。

 民間の金融機関にとっては日銀が0.1%の金利で預かってくれるものを、それより低い金利で、市場に放出するのは非合理です。日銀当預の付利水準とマーケットの運用金利との裁定が起きるので、日銀当預に付利する0.1%がコールレート翌日物の水準になるはず、ということです。

 マイナス金利の解除やその後の利上げによって、今後、貸出金利が上がっていけば、企業にある程度の影響が出るのは間違いありません。金利上昇により、赤字企業や倒産が増えることが問題だという議論は当然あり得ます。

 ただ、国際的に見て、日本は企業の退出が少なく、新陳代謝が極端に不活発であることが知られています。企業の倒産を恐れるよりも、金利上昇によって企業の新陳代謝を促して、生産性が低い企業と生産性が高い企業の選手交代が起きていくことが必要だと思います。そうでないと賃金も上がりません。

 ただ、転職が必要になる労働者にしわが寄らないよう、しっかりしたセーフティネットで守り、リスキリング(学び直し)を充実させて人的投資につなげていくことが経済を成長させる道だと思っています。

――家計では住宅ローン金利が上がると懸念されています。

 現状では、住宅ローンの変動金利に影響する短期プライムレート(金融機関が優良企業向けの短期貸し出しに適用する最優遇金利。住宅ローンは短プラに一定の金利を上乗せし、個人の信用力に応じ優遇幅を差し引く)はあまり上がらないのではないでしょうか。

 日銀がマイナス金利を導入した当時に民間の金融機関が短プラを下げなかったからです。そのため、住宅ローンは当面は大きく上がらないと思います。(大手5行が4月に適用する変動型の住宅ローン金利の据え置きや引き下げをその後発表しています)

 しかし、いずれ政策金利がさらに上がれば住宅ローン金利も上がります。その場合、住宅投資そのものも抑制されますが、同時に既に住宅ローンを変動金利で借りている人の消費を抑える影響が大きくなっていく、とみています。

 異次元緩和が始まる前は、変動金利でローンを組む人が5割程度で、固定金利で借りる人が2割ぐらい、異次元緩和開始の半年後には、変動金利は3割台でした。しかし、その後の超低金利の恒常化で変動金利が有利な時代が続いたため、今は7割を超える人が変動金利ローンで借りています。

 変動金利で住宅ローンを借りている人については、金利が上がり始めると、返済負担が増えるわけです。返済負担が増えると、支出全般に影響が出ます。

 住宅ローンには、多くの金融機関で「5年ルール」(金利が変わっても5年間は毎月の返済額が変わらない)や「125%ルール」(5年経過後も毎月の返済額は元の125%の額までしか上がらない)があって、金利負担がいっぺんに増えない仕組みがあります。ただ、その分だけ元本の返済が遅れるので、返済期間が延びます。

 それが何をもたらすかというと、例えば、定年時に住宅ローンを完済するはずだった人が金利上昇で年金生活になっても住宅ローンを抱え続ける、といったことが起きる。そうした将来の負担増加が鮮明になると、個人消費が押し下げられる効果は強まるはずです。

異次元緩和から「普通の金融政策に戻す」

――日銀は長期金利を低く抑え込むYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)も撤廃しましたが、この点はどう評価しますか?

 日銀の植田和男総裁のかつての主張は明らかにYCCには否定的でしたから、なるべく早く離脱したかったし、金利誘導が金融政策の根幹と考えている人なので、ETF(上場投資信託)やJ-REIT(ジェイ・リート:国内の不動産投資信託)の買い入れもやめたかったはずです。植田さんが会見で説明した「普通の金融政策に戻す」という言葉に方向感や気持ちがよく表れていました。

 植田さんが日銀の審議委員であった時代(1998~2005年)の講演を読むと、中央銀行が決める政策金利は短期金利の一点であるべきで、中央銀行が長期と短期の二つを同時に決めようとするのは矛盾があり、おかしいと言っていました。当時はもちろんYCC導入前ですが、今でいうYCCをしたとしても長続きしないし、すべきではないと明確に言っていました。

 YCC撤廃は、植田さんは今回の一回で実現させたわけではなくて、マーケットが安定している時を選んで段階的に・先回りして進めていました。長期金利の操作ではオーストラリア準備銀行がYCCと似たYT(イールド・ターゲット)政策を撤廃する時に後手に回って失敗していたから、そこはすごく意識していたと思います。

 YCCとかYTはいわば長期金利の固定相場制です。為替にせよ金利にせよ、固定相場から変動相場に移る時に一番大事なことは、差し迫った必要がない時に進めることです。「必要な時」は市場の圧力が高まっている時なので、市場は荒れてしまうからです。

 植田さんはYCCの撤廃に向けて、市場がまだやめないと思っている時に着実に進めました。長期金利が大きく跳ね上がることもなく、うまくやったと思います。

これまでの「約束」を破らないよう出口戦略進める

――国債の買い入れはこれまでと同程度の金額でする方針は残りました。

 そこにコミットしているわけではないので、マーケットの状況次第で国債を買い入れる額が増減することはあり得ます。一応書いて、市場に安心感を与えることが目的でしょう。長期金利が上がってほしい時は放置するかもしれないし、上昇を抑えたい時は国債を指定した利回りで無制限に買い入れる指値オペで対応するでしょう。

 指値オペをするにしても、政府の為替介入と同じようにスピード調整という言い方をするはずで、長期金利水準にコミットしているわけではない姿勢を示すと思います。

――植田総裁は「2%の物価安定の目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」と述べていました。金融政策がインフレ対応に後手に回る「ビハインド・ザ・カーブ」と評する識者もいましたが、インフレ対応でこの時期となったことは適切でしたか?

 評価は、インフレ率がこれからどうなるかにも依存しますが、インフレ率が2%を上回るのは今年2月までで23カ月連続ですね。この状況の評価には、二つの観点があると思います。

 一つはビハインド・ザ・カーブであることが金融緩和効果を強める点、もう一つは日銀がビハインド・ザ・カーブになるまで粘り強く金融緩和を続けるという約束は守らなければいけないのか、という点です。

 植田さんは、第二の点は特に強く意識していると思います。

 もし、日銀が、これまでのコミットメント(約束)を破棄して時間不整合的(※)な政策を採用すると、次の金融緩和局面で、同じようなコミットメントをしても誰も信じてくれなくなってしまいます。緩和や引き締めは繰り返しゲームです。一度約束したコミットメントは守らなければ、次の局面での政策運営に大きく響く、という点を植田さんは特に重視していると思います。

 この点はフォワードガイダンスの性質にも関連します。フォワードガイダンスには二つのタイプがあります。一つ目は米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のように予測を語り、それに政策をひもづけるものです。見通しが変われば、政策が変わっても何の問題もありません。

 もう一つは、植田さんが審議委員の時代に始まった日銀型のフォワードガイダンスで、例えば、「消費者物価指数の前年比上昇率が安定的に2%以上となるまで、現在の金融緩和策を継続する」といったもの。こちらは約束、コミットメントです。約束は守らないとまずい。だから植田さんは、時間整合的な政策を採るべきであり採らざるを得ないと、考えていると思います。

(※)時間不整合性 望ましい政策が時点により変わってしまうこと。時間不整合的な政策の例としては、次のような「金融安定化政策のジレンマ」が挙げられる。金融監督当局は、金融危機が起きる前には銀行は救わないと約束した方が銀行の自助努力を促進する点で望ましい。しかし、金融危機が起きてしまった場合は約束を破って銀行を何らかの形で救済した方が経済へのダメージを小さくできて望ましいことがあり得る。

 また、植田さんは、速水優総裁と政府が激突した時代を含めて、審議委員として日銀が政治との関係で非常に苦しんだ状況を体験し、政治との関係の難しさは身に染みて分かっているので、出口戦略の進め方はそうした点も考慮に入れて慎重に考えているはずです。

 異次元緩和は、安倍晋三元首相の肝いりで始まり、自民党のリフレ派の看板政策でもあるので、会見ではその否定につながらないように慎重に言葉を選んでいた印象でした。

 それに植田さんは審議委員時代から、個人としての意見と異なる組織の意思決定についても、組織の一体性の観点から尊重するタイプです。異次元緩和からシームレスに普通の金融政策につなげる意図があるので、YCCについても昔のように頭から否定はしなかった、ということではないでしょうか。

――今の総裁の立場もあり、異次元緩和に引きずられてしまっているということでしょうか?

 異次元緩和の顔を立てながら、しかし彼が負の遺産と思うところは清算して、普通の金融政策を目指していくことになるでしょう。今回の会見でも、将来の金融政策についてデータを見て判断していくと、「データディペンダント(データ次第)」を強調していました。今回はデータ次第という姿勢を前面に打ち出しただけで、何もコミットしていないわけです。

基調インフレ率など「データ次第」で早期追加利上げあり得なくない

――植田総裁は「緩和的な金融環境が続く」と説明していましたが、市場の関心は金利がどのくらいまで上がるか、どのくらいのペースで利上げを進めるのかといった点ですが、どのようにみますか?

 ターミナルレート(利上げ局面での到達金利)がどのくらいになるか、分かりません。エコノミストで強気な人でも1%強ぐらいで、2%とみる人は非常に少ないです。植田さんも言うように今後の基調的なインフレ率次第です。植田さんも会見では予断を与えないようにデータ次第だと強調していました。

 このターミナルレートは「どこまで上げるべきか」と「どこまで上げられるか」という二つの観点があります。どこまで上げるべきかという点では、植田さんが2%まで上げたいのははっきりしています。

 植田さんが2%のインフレ目標を擁護する時に持ち出すのは「のりしろ論」(※)です。インフレ目標を持続的に達成し金利を2%に上げたら、不景気の時に2%利下げできるのりしろができます。のりしろを作ることが経済安定化のために非常に重要という考えなので、2%まで上げたい、と考えているのは間違いないと思います。

 二つ目の上げられるかという点は、引き締め的でも緩和的でもない、いわゆる中立金利が関係します。植田さんは会見で、予想インフレ率と現在の金利を考えると、中立金利は実質金利を大きく下回っているという言い方をしていました。

 中立金利がどこにあるか正確には分かりません。中立金利が思ったより低かったら、金利をそれより上げると景気を冷やし、物価を下げてしまうので上げられなくなります。植田さんが、のりしろ論を優先して利上げをすることは考えにくいと思います。

 また、今の金融システムはゼロ金利やマイナス金利の超低金利の泥沼に何十年も浸かった結果、そこから抜け出る時に何が起きるか分かりません。この点にも言及して、植田さんは慎重に進めると言っていました。

 ただ、これはコミットメントではありません。金融緩和の解除を徐々に進めると慎重な姿勢を示しつつ、データ次第で判断する。基調的なインフレ率が予想以上に上がり、企業が金利負担に耐えられそうだと判断できたら、金利を比較的早く上げることはあり得なくはありません。

 ただ、今回は市場では、非常に慎重な金融緩和解除だと受け止められたので、円安がかえって進みました。

最近の円相場の推移

(※)金融政策の「のりしろ」 中央銀行が不景気やデフレの際に金融緩和で適切に対応できるよう、あらかじめある程度高い金利水準という若干の「のりしろ」を確保しておくことが望ましいとする考え方。中銀はインフレを抑えるため理論上は金利をいくらでも引き上げられる一方、デフレに直面した場合、金利の引き下げ余地に限界があり政策対応力が限られることが背景にある。主要な先進国の中銀はインフレ率2%を物価安定の定義としている。

――日本経済はどこまでの利上げに耐えられるでしょうか? 潜在成長率は1%を下回る状況が続いています。日銀の物価見通しも1月時点の展望リポート(経済・物価情勢の展望)で2025年度に2%を下回るとの予想です。

 潜在成長率の観点からは、2%の金利は荷が重いという見方はあり得ます。この場合、のりしろ論は破綻することになります。

 2%の物価安定の目標達成が今後も継続的にできるかどうか、私自身はまだ不透明性が高いとみています。植田さんも見通せる状況に至ったという慎重な言い方で、もう大丈夫だとは言っていません。

 インフレ率の見通しについて、識者によってインフレが加速する見方と、インフレ率が下がってくる見方で分かれます。

 インフレ率が徐々に下がって、2%をまた切ることを標準シナリオにする人もいれば、逆に予想外の高い賃上げ、低金利を続けることによる円安、家庭や企業の電気・ガス代負担を抑えるための政府の補助金打ち切りなどが相まって、2%をかなり上回るインフレが続くと懸念する人もいます。どちらもあり得ると思います。

――日銀の過去の利上げ局面を振り返ると、2000年8月のゼロ金利解除や2006~2007年の利上げ時も長続きしませんでした。世界経済次第の面もありますが、日銀は今回、利上げを長く続けられるでしょうか?

 速水優さんが総裁だった2000年の利上げの時は、その後のITバブルの崩壊を予見できませんでした。福井俊彦総裁時代の利上げは、当時米国で起きていたサブプライムローン問題がリーマン・ショックなどの国際金融危機にまで発展するとまで見通せませんでした。

 大きな外生的ショックがあれば景気の先行きは下振れてしまうので、その二つの時との比較から簡単には言えません。

 ただ、今回明らかに違う点は、植田さんは、速水さんや福井さんに比べて、利上げを急ぎませんでした。速水さんも福井さんも利上げに前のめりでした。お二人ともゼロ金利への嫌悪感は強く、それだけに経済情勢の読み方もこう読めば利上げできる、するべき、というものでした。

 だけど、植田さんは、今年の春闘の回答額が大きく上振れて、市場から3月にマイナス金利解除を催促される形で、あるいは催促されるような状況を演出して動いたわけです。そこが大きな違いです。

 うまくいけば賃金と物価が上がるパスに乗る可能性はありますが、まだ分かりません。

 不確実性の高い理由は円安です。春闘で賃金は上がっても、円安がさらにじりじり進むと個人消費は押し下げられる可能性があります。

 日本経済で好循環が回るためには、潜在成長率も生産性も上がり、実質賃金が上がる中で企業が十分な利潤を上げられる、といった状況にならないといけません。単に名目賃金と物価が2%上がって万歳という話ではありません。

 企業と家計の分配の鍵になるのは為替です。円安は企業と家計に相反する影響を与えるので、金融政策への圧力は、そのときどきの社会心理や政治状況にも影響されます。

円安進行で家計に「税」、企業に「補助金」

――円相場は1ドル=151円後半まで円安が進みましたが、今後の為替相場の見通しはどう考えますか? 日銀が金融政策の正常化に踏み切っても円安基調はまだ続くとみますか?

 為替レートは相対価格なので、金利差が重要になるわけです。だから日本の金利だけでは決まりません。米国の金利がどう動くかに非常に大きく左右されます。

 しかも為替を動かすのは、足元の短期金利というよりは将来の金利見通しにもかかるわけです。今回、日銀は非常に慎重に金融緩和の解除を進める姿勢を示したことから、極めてハト派的な利上げだと受け止められて、マイナス金利解除を決めた後にむしろ円安が進んだわけです。

――米国のFRBが3月20日のFOMC(連邦公開市場委員会)で示した金利見通しで年内3回の利下げがあるとの従来予想を維持しました。米利下げが年内3回あれば、円安が日米金利差縮小から修正される可能性はありますか?

 円安が修正されるかは分かりません。為替レートは美人投票の世界で、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)でパシッと決まるわけではありません。何か新しい材料が出てくるとその正しい解釈というより多数派の解釈がどうなるかの予想に左右されてしまうので、短期的にどうなるかは難しい問題です。

 ただ、少し前は日銀がマイナス金利を解除したら1ドル=130円台まで円高になるんじゃないかとの予想が多かったですが、円高には進みにくいというのが今のマーケットの受け止めになっています。

――円安が企業と家計に相反する影響を与えるとはどういうことでしょうか?

 黒田東彦前総裁はむしろ円安は大歓迎という人でした。黒田さんのロジックは、当時の日銀の展望リポートのシミュレーションにも出てくるように円安はトータルではGDP(国内総生産)を引き上げるよう作用する点を重視していたと思います。

 ただ、全体でプラスでも損得が偏ると、政府は困ります。企業収益は円安で上がる一方、物価が上がって個人消費は弱っていく。そうすると、国民の不満がたまり、選挙の与党票も減るわけです。

 鈴木俊一財務大臣の方が日銀よりも円安進行に遥かに深刻な反応をして、「これは悪い円安の可能性がある」といった発言もされてきたのはそういう心配もあると思います。日銀と財務省は為替レートの急激な変動は好ましくない、という妥協点で一致していますが、両者の軸足は本来違うわけです。

 植田さんはマクロ経済学者だから、黒田さんが言うような円安によるGDPの押し上げ効果も熟知している半面、政府の懸念も理解しているはずです。だから円安が進み過ぎるのはまずいと考えていると思います。

 実際、日経平均株価が史上最高値を更新し、4万円を突破しましたが、NHKの世論調査などでは、国民は恩恵を受けていないという白けた受け止めが大半です。円安が株価や企業収益を押し上げている一方で、そのツケは物価高となって家計に回っています。家計に回るということは、個人消費を押し下げることにつながります。

 円安で株価が4万円を突破して輸出関連企業に「補助金」が出ているようなものだけど、家計には「円安税」がかかって不満がたまっている。こうした状況は、政治的にもまずいし、美しい好循環とはいえないわけです。

 その意味で今回の春闘のベアで、所得分配の仕切り直しをすることは非常に必要で、そうしないと家計だけ割り負けてしまいます。持続可能な好循環につなげる上でも、企業と家計の損得が偏り続けるのは是正しないとまずいわけです。

総務省の家計調査よりトウシル作成

円安で外国人労働者が減少、金融政策が供給面にも作用

――このまま円安が長期間、進むとどういう影響がありますか?

 多くのエコノミストは短期的な観点で黒田説みたいに円安の方がGDPは増える、というメリットを重視してきたのでは、と思います。実際、株価は大きく上昇していますし。

 だけど、長期では、円安にはすごく大きな副作用があります。円安の結果、定住外国人の国内流入が止まり、日本経済の姿をものすごく変えることになりかねないからです。円安が1ドル=150円台まで進んだ結果、日本で働く外国人の賃金は少し前に比べて外貨建てでは4割ぐらい減っています。日本の最低賃金はオーストラリアの半分ぐらいです。

 国立社会保障・人口問題研究所の直近の「将来の人口推計」では、定住外国人が毎年16万人ぐらいずつ増加する見通しになっていますが、このまま円安が進むと、この人たちは日本に来なくなります。日本人の年間出生数は現在72万人ぐらいで今後、さらに減っていく見通しなので、定住外国人が日本の人口動態を大きく左右することになります。

 既に外国人の助けがなければ建設、農業、漁業、介護をはじめ多くの現場が回らなくなっている状況です。コンビニも外国人の方が多いですね。

 これまで金融政策は中長期的な日本の潜在成長率には影響を与えない中立的なものだと考えられていましたが、需要面だけではなく、供給面でも非常に大きな影響を与えることが顕在化し始めているわけです。

――財務省が金利上昇などで国債の利払い費が増える試算も出していますが、国の財政悪化で、円が暴落する可能性はありますか?

 財政リスクで円が暴落する事態は短期的には非常に考えにくいです。日経平均が4万円を突破して、バブル期のピークを越えた背景には、円安以外にも、海外資本が中国から日本にシフトし海外勢の大幅な買い越しとなっているという要素があります。グローバルポートフォリオを考えた時に、アジアで魅力的な投資先の筆頭は中国という時代が続いてきました。

 今、彼らの目には中国の経済状況は極めて不安定にみえるし、地政学的なリスクも大きい。これが日本への投資に追い風になっている面があるわけです。

 こうした中国から逃避しつつある資本移動の動きを踏まえると、短期的には日本の財政リスクが引き金になって危機的な円安を迎えることは考えにくい。何かあるとしたら、首都直下型地震など大きな外生的なショックがあった場合でしょう。(聞き手はトウシル&メディア編集部 田嶋啓人) 

 翁邦雄氏(おきな・くにお)東大卒。1974年日銀入行後、調査統計局企画調査課長や金融研究所長などを歴任。専門は金融論、金融政策論、国際金融論。現在、京大公共政策大学院名誉フェロー。マネーサプライ(今はマネーストック)を巡る岩田・翁論争でも知られる。主な著作に『人の心に働きかける経済政策』『移民とAIは日本を変えるか』『金利と経済 高まるリスクと残された処方箋』、『経済の大転換と日本銀行』

 

 

 

▽日銀関連のトウシルのインタビュー記事

2024年2月20日:「マイナス金利解除後の利上げ難しい、デフレ完全脱却は遠い 若田部昌澄前日銀副総裁」

2023年12月11日:「日銀、マイナス金利会派所は来年4月か!?来夏から0.25%ずつ利上げも 早川英男元日銀理事」

2023年10月24日:「『永遠のゼロ』終わる可能性も、日銀政策修正は来年春闘が焦点 門間一夫元日銀理事」

(トウシル編集チーム)

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