「掘りまくれ!」で原油価格は下がらない?
トウシル / 2024年12月3日 8時30分
「掘りまくれ!」で原油価格は下がらない?
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「「掘りまくれ!」で原油価格は下がらない?」
「掘って、掘って、掘りまくれ!」
「Drill Baby Drill(掘って、掘って、掘りまくれ!)」は、2024年の米大統領選の選挙戦において、トランプ氏が何度も口にした言葉です。こうしたことを受け、2025年1月から始まるトランプ政権下では、米国の原油生産量が大きく増え、それによって原油相場がショック級の暴落に見舞われる、という思惑が浮上しています。
図:米国の原油生産量の推移 単位:百万バレル/日量
上のグラフは、米国の原油生産量の推移を示しています。このグラフが大きく上昇することが、米国の原油生産量が大きく増えることを意味します。足元、米国全体のおよそ68%が、シェール主要地区由来です。おおむね、シェールが増えれば米国全体が増える、シェールが減れば米国全体が減る、という構図です。
本レポートでは、米国のシェール主要地区に関わる複数のデータを確認しながら、そもそも「掘って、掘って、掘りまくれ!」は可能なのか、もし可能であれば、原油相場にどれほどのインパクトをもたらすのか、について考察をします。
以前のレポートでも書いたとおり、昨今の各種市場(原油だけではなく、金(ゴールド)も株式や通貨、金利など他の市場も)と向き合う際は、イメージを優先しすぎない、できるだけ広範囲の材料を認識する、時間軸ごとに複数の材料を分ける、などが求められています。
その意味で、「掘って、掘って、掘りまくれ!」とトランプ氏が連呼したから原油相場が暴落する、というシナリオはいささか乱暴だと感じます。冷静な分析が求められます。
米シェール生産動向を分析する際の留意点
米国の政府機関の一つであるEIA(米エネルギー情報局)が公表する多数の統計に、米国のシェール主要地区に関わるデータが含まれています。統計上、米国のシェール主要地区は、テキサス州を中心とした「パーミアン」「イーグル・フォード」「ヘインズビル」、ノース・ダコタ州を中心とした「バッケン」、そして東部のアパラチア山脈周辺の「アパラチア」の五つです。
テキサス州は、石油の生産・使用を推進する姿勢を強めるトランプ氏が率いる共和党が地盤の州、ノース・ダコタ州は来年1月発足するトランプ政権で新設される予定の「国家エネルギー会議」の議長に起用されたバーガム氏が知事を務める州です。
アパラチア山脈周辺は、選挙戦の激戦州の一つであるペンシルベニア州を含む、化石燃料の生産が市民の生活を徐々に向上させ始めている地域です。テキサス州も、ノース・ダコタ州も、アパラチア山脈周辺も、石油などの化石燃料と地域の政治・経済が深く関わり合っている深い州です。
図:米国のシェール主要5地区
シェールオイルを生産するための工程は三つあり、順番は「探索」→「開発」→「生産」です。そのうち開発は「掘削」→(待機)→「仕上げ」の順で行われます。
シェール関連のデータには、各種メディアなどで幅広く用いられている「稼働リグ数」のほか、「掘削済井戸数」「待機井戸数」「仕上げ済井戸数」「新規油井一つあたりの原油生産量」「原油生産量」などがあります。こうしたデータを組み合わせて分析を進めることによって、「掘りまくれ」の影響が見えてきます。
図:米国のシェール生産までの工程(イメージ)と関連するデータ
バッケン、イーグル・フォードは大きく後退
以下のグラフは、主要地区ごとの原油生産量の推移を示しています。パーミアンが最も多いことが分かります。同地区だけで米国全体の48%を占めます。2024年10月の生産量は640万バレル/日量でした。この量は、イランやイラク、UAE(アラブ首長国連邦)などの名だたるOPEC(石油輸出国機構)の産油国を上回る規模です。
一方で、減少が目立っている地域もあります。バッケンとイーグル・フォードです。
図:米シェール主要地区の原油生産量の推移 単位:百万バレル/日量
バッケンとイーグル・フォードの原油生産量は、2014年後半から2016年後半にかけて発生した原油価格の暴落「逆オイルショック」をきっかけに減少しました。また、2020年の新型コロナショック時にも、大きく減少しました。原油価格急落が、多数の生産者の資金繰りを悪化させ、生産量減少のきっかけとなりました。
近年、これらの地区の原油生産量は、新型コロナショック前の水準を下回ったままです。以下のグラフのとおり、これらの地区の掘削済井戸数は、長期低迷が続いています。掘削済井戸数は、リグ(井戸を掘る機械。原油を生産する機械ではない)を稼働させて掘削し終えた井戸の数です。
掘削済井戸数の長期低迷は、当該地域が長期的にシェールオイルの主要生産地と見なされなくなったことを示唆しています。かつて、イーグル・フォードではひと月当たり400基、バッケンでは200基を超える井戸が掘られていました。しかし今は100基を下回る状況が続いています。まるで「さびれたシェール地区」です。
一度廃れた地域を以前のような、活発な開発・生産が行われていた状態に戻すためには、相当の時間とお金と労力が必要です。「掘りまくれ!」の号令はかかっているものの、すぐの復活、つまりすぐの生産増加は難しいかもしれません。
図:米シェール主要地区の原油生産量の掘削済井戸数の推移 単位:基
パーミアンも継続的な生産増加は困難?
仮にバッケンとイーグル・フォードのすぐの生産増加が難しいとなると、「掘りまくれ!」を実現するためには、やはりパーミアンのさらなる生産増加が欠かせません。以下は、そのパーミアンの待機井戸の数です。
待機井戸とは、掘削は済んだものの、生産を開始するために必要な仕上げは終わっていない井戸のことです。仕上げは、井戸に水と砂と少量の化学物質を高圧で注入し、地中の一部を破砕(フラッキング)する作業のことです。
仕上げは掘削よりも費用が掛かるといわれています。また、一度仕上げをすると、生産を開始することが既定路線になってしまうため、仕上げ実施は原油相場の動向をにらみながら慎重に判断されます。そこで、掘削は終えたものの、仕上げのタイミングを計るなどの目的で「待機井戸」が発生します。
同時に、この待機井戸は、掘削を行わずにシェールの生産を可能にする在庫でもあります。原油相場の低迷や環境配慮をきっかけとした開発ムード停滞時でも、この在庫を使うことでシェールの生産にこぎつけることができます。
図:米シェール主要地区の待機井戸の数 単位:基
上の図より、パーミアンの待機井戸は、2020年の新型コロナショックと翌年の環境配慮を重視したバイデン政権発足をきっかけに、急減したことが分かります。パーミアンの原油生産量が、原油相場の一時急落や環境配慮ムードの高まりの中でも増加し続けた理由が、待機井戸の切り崩しだったと言えます。
ただし足元、パーミアンの待機井戸は低水準にあるため、すぐさま原油生産を急増させることは難しそうです。
また、仮に「掘りまくれ!」の号令とともに、リグをフル回転させて掘削済井戸数を増やそうとしたとしても、以下のグラフのとおり、もともと高水準にある同井戸数をここから急増させることは難しい可能性があります。
原油相場が2013年から2014年前半の水準である120ドル近辺に達すれば、パーミアンの掘削済井戸数は毎月600基に達する可能性はあるかもしれません(足元450基程度)。
しかし、月を追うごとに掘削できる地域が減少していることを考えれば、すぐではないにせよ、いずれ限界に達する可能性もあります。パーミアンとて、生産増加を継続させられるかどうか、不透明だと言えるでしょう。
図:パーミアン地区の掘削済井戸数と原油相場
「掘りまくれ!」でも高止まりの可能性あり
ここまで、米国のシェール主要地区に関わる複数のデータを確認しながら、そもそも「掘って、掘って、掘りまくれ!」は可能なのか、もし可能であれば、原油相場にどれほどのインパクトをもたらすのか、について考察をしてきました。
主要生産地域だったバッケンとイーグル・フォードは、「さびれたシェール地区」状態であるため、しばらくは生産回復が難しい、現在の最主要生産地域であるパーミアンは、生産を迅速に増やすために必要な待機井戸数が低水準であり、かつ掘削済井戸数のさらなる増加には原油相場が大幅に上昇する必要がありそう、などの事柄を考慮すれば、米シェールの大幅な生産増加は難しいかもしれない、という考察結果となりました。
また、米国のシェールの動向は、原油市場を分析する上での一つの要素に過ぎないことを、改めて確認する必要があります。以下のとおり、産油国からの供給減少件もあれば、中国の景気減速懸念も、原油市場に影響を及ぼしています。
図:足元の原油市場を取り巻く環境(2024年11月)
以下のグラフのとおり、まだしばらく、原油相場は長期視点の高止まりが続くと、筆者は考えています。イメージを優先しすぎず、できるだけ広範囲の材料を認識し、時間軸ごとに複数の材料を分けて、向き合うことが必要です。
図:米CPIのエネルギー(実数値)とNY原油先物(月足 終値)
[参考]エネルギー関連の投資商品例
国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)
NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア
外国株式(NISA成長投資枠活用可)
海外ETF(NISA成長投資枠活用可)
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
投資信託(NISA成長投資枠活用可)
HSBC 世界資源エネルギー オープン
シェール関連株オープン
海外先物
CFD
(吉田 哲)
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