トランプ氏がもたらす原油相場と日本への影響
トウシル / 2025年1月28日 9時4分
トランプ氏がもたらす原油相場と日本への影響
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「トランプ氏がもたらす原油相場と日本への影響」
原油急落への願望はトランプ氏が打ち砕く
トランプ氏の米大統領就任後、トランプ氏がインフレを抑え込んでくれるのではないか、という趣旨の発言を耳にしたり、こうした趣旨の記事を目にしたりします。
確かに、トランプ氏は、化石燃料を掘りまくれ、ウクライナ戦争を終わらせる、OPEC(石油輸出国機構)に原油価格の引き下げを要請する、などと相次いで発言をし、原油安やインフレ抑制を実現してくれそうなムードを醸し出しています。
図:トランプ2.0始動後の全体観
とはいえ、以前の「トランプ2.0で退場を迫られそうな人の特徴」で書いた通り、トランプ氏は、両極端の事象を同時に繰り出してきています。つまり、原油安という片側の事象のみに注目してはいけないのです。上記のとおり、話題創出、機運向上、自国優先、交渉多用など、彼の得意分野が目立ちはじめると、明と暗、つまり正反対の事象が同時に出現します。
図:トランプ氏が振りまく思惑とOPECプラスの原油生産プランがもたらす原油相場への影響
トランプ氏が攻撃(口撃)するOPECが行っていることと並べてみても、やはり両面の事象があります。原油相場には上昇と下落、両方の圧力がかかっているのです。この点からも、原油安だけに注目したり、期待したりしてはいけないことが分かります。
現代の市場分析の常識とにもいえる、複数の材料を俯瞰(ふかん)すること(鳥のように空から地上をまんべんなく見渡すこと)を改めて、認識する必要があります。
「掘りまくれ!」にはいくつもの壁がある
トランプ氏が大統領選挙の選挙戦のさなか、「Drill Baby Drill(掘って、掘って、掘りまくれ!)」の言葉を繰り返したことや、大統領就任直後、エネルギーに関する国家非常事態を宣言し、過剰な規制を撤廃し、すでに高水準にある米国の石油、ガス生産を最大化する計画を打ち出したことを受け、足元、米国の原油生産量が急増する(インフレが急減速する)、との思惑が先行しています。
以下のグラフは、米国の原油生産量の推移を示しています。先ほどの思惑が現実のものとなれば、急激に右肩上がりになるはずです。ただ、気になるのが、1期目のトランプ氏政権の際に、原油生産量が急増していなかった点です。
確かに1期目の最終年となった2020年に、新型コロナの感染拡大が起き、原油需要の急減、供給量の急減が発生した影響が大きかったわけですが、それでも2017~2019年の3年間は、急増していませんでした。2000年代後半からはじまったシェール革命の流れを引き継ぎ、一定のペースの増加傾向を維持するにとどまりました。
図:米国の原油生産量の推移 単位:百万バレル/日量
なぜ、1期目に米国の原油生産量が急増しなかったのでしょうか。その答えの一つに、以下が挙げられます。このころ、米国の原油生産量のおよそ7割を占めるシェール主要地区のうち、最も生産量が多いパーミアン地区(テキサス州とニューメキシコ州にまたがる地区)で、待機井戸の数が急減していました。
待機井戸とは、掘削を終えたものの、原油生産を開始するまでの最終的な処理を終えていない井戸のことです。つまり、リグ(掘削機)を稼働させて掘ったものの、生産することができない井戸です。
図:米シェール主要地区の待機井戸の数 単位:基
米国の伝統的産業である石油業界になじむ政策を打ち出したトランプ氏の影響を受けて、確かに当時、「掘りまくれ」が起きました。しかし、全ての井戸で原油生産がはじまったわけではありませんでした。
米国の原油生産は、企業の営利活動によって成り立っています。国営の石油会社が管理するOPECプラスに属する産油国と異なります。このため、号令がかかり「掘りまくった」としても、生産活動によって収益を得続ける見通しが立たなければ、最終的な処理を行わない判断をする業者が居たとしても、おかしくはありません。
この点が、1期目で思ったように原油生産量が急増しなかった一因であり、2期目も同様のことが起きる可能性は否定できません。
また、グラフのとおり、バイデン政権下で、待機井戸の数が激減しました。環境配慮を目指した同政権下では、掘削を活発化させずに、原油生産量の増加を維持することが求められました。そこで利用されたのが、トランプ政権1期目で大きく積みあげた待機井戸でした。
トランプ政権2期目は、待機井戸がほとんどない状態から開発を始めなければなりません。「掘りまくった」としても、その井戸で原油生産が始まるとは限らないこと(企業の判断に依存)、待機井戸の積み上げが優先された場合は、生産増加のタイミングが遅くなること、などが懸念されます。「掘りまくれ!」に、いくつも壁がある点に留意が必要です。
長期視点でトランプ2.0は世界分断を促す
トランプ2.0が始まったことで、急低下する可能性がある指数があります。V-Dem研究所(スウェーデン)が公表している米国の自由民主主義指数です。
図:米国の自由民主主義指数
法整備、裁判制度、言論の自由など、民主主義に関わる多数の情報をまとめて数値化したこの指数は0と1の間で決定し、0に接近すればするほど、その国が自由で民主的な度合いが低いことを、1に接近すればするほど自由で民主的な度合いが高いことを意味します。
上の図のとおり、東西冷戦のさなか、米国は旧ソ連や旧ソ連と考え方を同じくする国々と明確に異なる自由で民主的な姿勢を強めました。2001年に同時多発テロ発生をきっかけとした混乱によって一時的に低下したものの、その後は反発して0.85近辺に達し、米国が世界屈指の自由で民主的な国であることが示されました。
しかし、2016年にトランプ氏が米大統領選挙で勝利した後、0.72近辺まで急低下しました。彼の勝利は、民主主義の対局にある分断を利用したものだったといわれています。この急低下は、彼の横暴ぶりが米国の民主主義を大きく傷つけたことを示唆しています。
そして今、トランプ2.0が始まり、再び同指数が急低下する可能性が高まっています。以下の図のとおり、西側の超大国である米国の民主主義の行き詰まりは、2010年ごろから続く、世界全体の民主主義の停滞、ひいては世界分裂を加速させる可能性があります。
図:2010年ごろ以降の世界分断発生とコモディティ(国際商品)価格上昇の背景
世界分裂は戦争を激化させたり、非西側の資源国の出し渋りを拡大させたりするおそれがあります。戦争激化は原油の供給減少懸念を、資源の出し渋り拡大はOPECプラスの減産への姿勢をさらに強固にする要因になり得ます。トランプ氏は、巡り巡って、長期視点の原油相場への上昇圧力を発生させていると、言えます。
用意周到のOPECプラスは高値維へ画策中
OPECプラスは現在、協調減産(ベースになる減産)と、自主減産(有志国による一時的な減産)の2階建てで、原油の減産を実施しています。
図:OPECプラスの減産(イメージ) 単位:万バレル/日量
OPECプラスは2024年12月の会合で、協調減産の実施期間を2026年12月までに延長することを決定しました。同時に、自主減産を2025年4月から縮小し始め、2026年後半に終えることを決定しました。OPECプラスの決定は、原油相場を現在の高値で維持する策(協調減産維持)と、世界の原油生産シェア維持(自主減産縮小)を、両立させるものでした。
トランプ氏が11月の米大統領選挙で勝利したことを受け、OPECプラスは、米国の原油生産量増加→同国の原油生産シェア拡大→OPECプラスのシェア低下→OPECプラスの市場への影響度低下、という連想が拡大するのを止める必要がありました。それでいて、原油相場を高値で維持する必要がありました。
OPECプラスが望む原油価格の水準を探るヒントがあります。IMF(国際通貨基金)が算出、公表している財政収支が均衡するときの原油価格です。同データ内で確認できるOPECプラスに属する11カ国の平均は「90.9ドル」です。90ドルを超えることで、財政収支が均衡する計算です。
長期視点で見た高値水準を望みつつ、生産シェアを損なわないようにするOPECプラスは、巧妙な戦略を講じているといえます。
自主減産縮小だけを見れば原油相場に下落圧力がかかるように見えますが、減産のベースである協調減産が同時進行して上昇圧力がかかっていることを考えれば、OPECプラスの生産動向がもたらす影響は差し引きすると、やや上昇だと筆者は考えています。
トランプ2.0下で予想される日本での事象
本レポートで述べてきたとおり、トランプ2.0の環境下では、原油相場は高止まりしたり、上昇したりしやすくなると、考えられます。
この結果、以下のように、国際的な原油価格の指標になり得るWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油価格と連動する傾向がある、日本の原油と天然ガスの輸入単価(輸入額の合計÷輸入量の合計)が高止まりしたり、上昇したりしやすい環境が続く可能性があります。(WTI原油価格に比べて、原油の輸入価格が目立って上振れている期間は、円安が大幅に進行した期間です)
図:日本の原油および天然ガス輸入単価とWTI原油価格 1999年を100として指数化
原油の輸入単価の高止まりは日本国内の輸送コストを高止まりさせ、天然ガスの輸入単価の高止まりは日本国内の電力価格を高止まりさせる要因になり得ます。
足元、以下のとおり、日本国内では生鮮食品やエネルギーの価格上昇が目立っています。この傾向が続くかどうか、そのカギを握っている人物が、トランプ米大統領だと言っても過言ではありません。
図:日本の各種消費者物価指数 (2020年を100として指数化)
引き続き、彼の一挙手一投足に、関心を寄せ続けたいと思います。
[参考]エネルギー関連の投資商品例
国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)
NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア
外国株式(NISA成長投資枠活用可)
海外ETF(NISA成長投資枠活用可)
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
投資信託(NISA成長投資枠活用可)
海外先物
CFD
(吉田 哲)
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