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日本銀行が利上げを急ぐ理由~労働供給制約下の金融政策~(愛宕伸康)

トウシル / 2025年2月12日 8時0分

日本銀行が利上げを急ぐ理由~労働供給制約下の金融政策~(愛宕伸康)

日本銀行が利上げを急ぐ理由~労働供給制約下の金融政策~(愛宕伸康)

日銀執行部の考え方を代弁する田村審議委員の講演

 日本銀行の田村直樹審議委員が2月6日に長野県で講演を行い、「企業の賃金設定行動にパラダイムシフトが起こりつつある」と述べた上で、金融政策運営の先行きについて、以下のように説明しました。

 2025年度後半の1%の水準を念頭に置きながら、「物価安定の目標」の実現する確度の高まりに応じて、適時かつ段階的に短期金利を引き上げつつ、経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要があると考えています。
(出所)日本銀行

 これは、いまの日本銀行執行部の考え方を代弁していると見ることができます。まず、「2025年度後半の1%の水準」というのは中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)であり、田村委員も指摘する通り、「最低でも1%」がコンセンサスだとみられます。

 そして、「『物価安定の目標』の実現する確度の高まりに応じて」というのは、これが日銀ウオッチャーにとって最もくせ者なのですが、次の利上げのタイミングを決める理由であり、春闘やサービス価格の上昇、日銀支店長会議の情報など、要は動きたいタイミングでもっともらしい理由が都度選択されます。

 最後に、「経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要がある」という部分ですが、実はこれが最も重要な点で、中立金利の正確な水準なんて分からないという考えが背景にあります。少し詳しく説明しましょう。

 中立金利というのはあくまで概念上の話であり、実際に何%か観察することができません。日本の場合、政策金利の中立金利は1~2.5%と言われ、推計方法によってかなり幅があるのが実情です。とても特定の値を設定して金融政策運営に使えるというような代物ではありません。

 FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長が1月の記者会見で「中立金利はその影響によって知ることができる」と述べたように、中立金利に近づいたと思われる段階になって、経済などへの実際の影響を確認しながら慎重に見定めていくしかないのが現実です。

 だからこそ田村委員も、「経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要がある」と述べているわけです。

 従って、ここから得られる結論はこうなります。「最低でも1%」とみられる中立金利までは政策金利をできるだけ速やかに引き上げ、その後は慎重なスタンスに切り替えた上で経済・物価の反応を丁寧に点検しながら中立金利の水準を探る。もし、中立金利がまだ高そうだとなれば適宜政策金利を引き上げる。

日銀はなぜ速やかに中立金利まで政策金利を引き上げたいのか

 上の結論でなぜ「できるだけ速やかに」と書いたか、説明したいと思います。1月のMPM(金融政策決定会合)で公表された「経済・物価情勢の展望(2025年1月)」(以下、展望レポート)にヒントがあります。

 1月の展望レポートで日銀が最も伝えたかったメッセージは何かというと、田村委員が講演で「企業の賃金設定行動にパラダイムシフトが起こりつつある」と述べている通り、日本経済が労働供給制約に陥っているという点です。

 労働供給制約とは、簡単に言うと人材確保が難しくなっているということですが、そのため企業が賃金を引き上げる傾向が強まっていることに加え、人材確保が困難となっていることが成長を抑制しているため、GDP(国内総生産)ギャップなどの表面的な数字以上に物価が上がりやすくなっているということを、展望レポートはさまざまな角度から分析しています。

 分析の結果、展望レポートが出した結論は、「多くの業種で企業が労働の供給制約に直面しつつある状況を踏まえると、マクロ的な需給ギャップが示唆する以上に、賃金や物価には上昇圧力がかかるとみられる」というものであり、日本銀行政策委員会の物価上振れリスクに対する意識はかなり強まっています。

 従って、政策金利が景気に中立的な水準より低い状態が長く続けば続くほど、物価の上振れリスクはますます高まるわけですから、できるだけ速やかに政策金利を中立金利まで引き上げたいと日銀は考えている、ということになります。

労働の供給制約により急勾配のフィリップス曲線が現出

 こうした日銀の見方は、急勾配のフィリップス曲線に集約されます。図表1は、消費者物価指数(生鮮食品およびエネルギー除く)の上昇率を縦軸に、内閣府が推計するGDPギャップを横軸に取ったフィリップス曲線です。

 図には、金融危機で名目賃金の下方硬直性が失われた1997年から異次元緩和が始まる前の2013年第1四半期までを(1)、異次元緩和が始まってから新型コロナ禍前までを(2)、供給制約によってインフレが激しくなった2022年度以降を(3)として、それぞれのフィリップス曲線を直線で描いています。

図表1 フィリップス曲線

フィリップス曲線
出所:総務省、内閣府、楽天証券経済研究所作成

 これを見ると、異次元緩和でも小幅にしか上方シフトしなかったフィリップス曲線が((1)→(2))、2022年度以降の(3)へ大きくジャンプし、垂直方向に立っているのが確認できます。

 展望レポートが下した結論、「マクロ的な需給ギャップが示唆する以上に物価に上昇圧力がかかる」とは、フィリップス曲線が垂直方向に立つことを意味していますので、まさに最近のフィリップス曲線である(3)が、そうした姿になっていることを示しています。

需給ギャップが示唆する以上に物価を上昇させる要因とは何か

 では、マクロ的な需給ギャップ(GDPギャップ)が示唆する以上に物価を押し上げる要因とは何でしょうか。考えられるのは、(1)需給ギャップ(GDPギャップ)以外の要因、(2)そもそも需給ギャップ(GDPギャップ)が実態を反映していない、の二つです。

(1)原材料価格の転嫁が以前に比べ進んでいる可能性

 まず、(1)の需給ギャップ(GDPギャップ)以外の要因として考えられるのが、生鮮食品やエネルギー、生鮮食品に含まれない米など、高騰する原材料価格の転嫁です(図表2)。

図表2 消費者物価「食料」、購入頻度の高い項目指数、基礎的支出項目指数

消費者物価「食料」、購入頻度の高い項目指数、基礎的支出項目指数
出所:総務省、楽天証券経済研究所作成

 図表2に示した生活に直結する品目の価格高騰により人々の感じるインフレの体感温度が大きく高まり、インフレ期待(予想)が上振れている可能性や、最近の賃上げによって、以前に比べ価格転嫁が進みやすい状況になっていることが考えられます。

(2)需給ギャップ(GDPギャップ)が実態を反映していない可能性

 また、二つ目の要因、そもそも需給ギャップ(GDPギャップ)が実態を反映していない可能性もあります。

 1月展望レポートでは、労働供給制約の証左として、全国企業短期経済観測調査(短観)の雇用人員判断DIと、生産・営業用設備判断DIの乖離(かいり)を取り上げ、近年では人手不足により前者の不足超幅が拡大しているにもかかわらず、後者は動きにくい傾向が強まっていると指摘しています(図表3)。

図表3  GDPギャップと雇用人員判断DIおよび生産・営業用設備判断DI

GDPギャップと雇用人員判断DIおよび生産・営業用設備判断DI
出所:総務省、楽天証券経済研究所作成

 確かに、図を見ると、2014年ごろまではGDPギャップと雇用人員判断DI、生産・営業用設備判断DIが連動して変化していますが、それ以降は雇用人員判断DIだけが不足超を大きく拡大させているのが分かります。

 このことは、経済が労働供給制約に直面する中、資本による代替が容易でないことから生産が労働量に制限されてしまい、仮に設備が余剰であっても生産に寄与していないことを示唆しています。

 展望レポートでは、その事例として、従業員が確保できないために店を100%稼働できない飲食店を挙げ、そうした傾向が非製造業において顕著だと指摘しています。これは図表4から明らかな通り、資本生産性が低下して労働生産性の改善を妨げていることを意味します。

図表4 労働生産性は資本装備率と資本生産性に分解できる

労働生産性は資本装備率と資本生産性に分解できる
出所:楽天証券経済研究所作成

 ここで、「え、それは新型コロナ前も同じでは」と、図表3を見て思われた読者もいらっしゃるでしょう。確かに、新型コロナ前も雇用人員判断DIが大幅に不足超へ乖離しています。しかし、日本銀行が作成する需給ギャップの内訳を見ると(図表5)、新型コロナ前と最近の違いが明確になります。

図表5 需給ギャップとそれを構成する労働投入ギャップと資本投入ギャップ

需給ギャップとそれを構成する労働投入ギャップと資本投入ギャップ
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 図表5を見ると、新型コロナ前は資本投入ギャップが労働投入ギャップとともにプラス、つまり需要が供給を上回る状態でしたが、最近は労働投入ギャップがプラスにもかかわらず、資本投入ギャップはマイナスとなっています。

 つまり、労働供給制約により設備が効率的に利用できず、資本生産性が低下しているのは、新型コロナ終息後の最近のことだと分かります。その結果、潜在成長率が抑制されているとすれば、最近のGDPギャップは実態としてプラスになっている可能性が高いということになります。

 あるいは、経済が労働供給制約に直面している結果、新たな設備投資や生産活動を阻害しているとの見方も可能です。そうした成長機会の逸失から実質GDP成長率が抑制されているとすれば、やはりGDPギャップは実態としてプラスになっていると見ることができます。

 以上のようなことを含め、図表1の(3)のような急勾配のフィリップス曲線が現出しているわけであり、「物価安定の目標」2%を上回る消費者物価上昇率が長期化する、もしくは上振れるリスクが高まっているとの見方を日銀が強めているとしても、全く不思議ではありません。

次の利上げは思いのほか早いかもしれない

 というわけで、日銀の次の利上げは思いのほか早いかもしれません。それを市場も織り込みつつあるように伺われます。

 先週のレポートで、米国の長期金利が低下傾向にあるにもかかわらず、日本の長期金利が上昇する結果、両者の連動性が崩れていると紹介しましたが、その傾向がますます強まっています(図表6)。

図表6 日米10年金利の推移

日米10年金利の推移
出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 繰り返しになりますが、中立金利を日銀が「最低でも1%」と考えているとすれば、物価上振れリスクが高まりつつある下で、できるだけ速やかに政策金利をその水準まで引き上げ、その後は慎重なスタンスに切り替え、経済・物価の反応を丁寧に点検しながら中立金利の水準を探ることになると考えられます。

 3月18~19日のMPMで利上げが実施される可能性は低いとみていますが、4月30~5月1日のMPMはライブになる、すなわち利上げがあってもおかしくないとみています。

(愛宕 伸康)

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