豪雨災害で6年不通「只見線」復活への道のり 上下分離、地元一部負担での復旧方針決定

東洋経済オンライン / 2017年2月19日 8時0分

雪に覆われた仮の終着駅、只見に停車する列車。色は違えど、新潟県側でも同じキハ40系ディーゼルカーが使われる(筆者撮影)

JR只見線は、東日本大震災と同じ2011年に発生した豪雨災害によって甚大な被害を受け、会津川口〜只見間27.6キロメートルの長期運休が続いている。このほど、福島県や沿線7市町は「上下分離方式による鉄道による復旧」「復旧費用や運行経費の分担を受け入れる」という基本方針を定めた。

これは2016年12月26日に開かれた第6回「只見線復興推進会議検討会」にて決まったもの。運転再開後は県と沿線自治体が線路や駅などの鉄道施設を保有。保守管理や除雪などを行う。JR東日本は列車の運転、営業のみを担う。3月に開かれる同会議で、鉄道復旧が正式に決定される見込みだ。

また、復旧区間に関わる年間の赤字の見込額約2億8000万円のうち、車両維持費約7000万円を除く、約2億1000万円についても公的な支援を行う計画だ。負担割合は、福島県が70%、沿線のみならず会津地方の17市町村が残りの30%分担することで、合意に至った。保有・管理の主体は福島県である。

■大きく開けた運転再開への道

これを受けて、復旧費用が発生せず、赤字額も少ないバスによる置き換えを提案しつづけていたJR東日本も、各自治体の意向を尊重すると表明し、列車による運転再開への道が大きく開けた。

しかし、地元負担と言ってもその額は決して小さくはなく、しかも赤字の補填は、おそらく鉄道がある限り半永久的に続けなければならない。道路と同じく、公共負担により維持する社会的インフラであるとの認識が不可欠だ。

福島県は沿線市町村と連携して只見線の活用と地域振興策も策定するとしており、覚悟も示している。

JR只見線は福島県の会津若松と新潟県の小出を結ぶ路線。営業キロは135.2キロメートルある。県境部分の只見〜大白川間が開業し全通したのは1971年と、比較的新しい。

「2011年7月新潟・福島豪雨」は7月27〜30日に只見線を襲った。もっとも大きな被害を受けたのが会津川口〜只見間で、只見川に架かる第5、第6、第7只見川橋梁が流失。第8只見川橋梁付近では、盛土の崩壊、路盤の沈下などが起こった。このため同区間は現在もマイクロバスによる代行輸送が続いている。

JR東日本の発表によると、只見線の2015年度の1日平均の通過人員は321人で、同社の在来線66線区のうち64位。バス代行区間に限ると35人に留まる。年間の旅客運輸収入は1億4800万円(2015年度)。会津盆地を走る会津若松〜会津坂下間は高校生を中心に利用が多いが、それ以外の区間は豪雪地帯でもあり、数往復の普通列車がわずかな利用者を運ぶという、典型的な過疎路線の一つである。

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