進まない野党結集、見えぬ「最後の小沢政局」 笛吹けど踊らず、剛腕にも昔日の面影なし

東洋経済オンライン / 2019年3月27日 8時40分

しかし、旧民主党が政権奪取した2009年衆院選で初当選し、現在当選4回の玉木氏と、当選17回でほぼ半世紀の議員歴を誇る小沢氏では「議員としての経歴が違い過ぎる」(自由幹部)ことは否定しようがない。「優男」(やさおとこ)の玉木氏と「強面」(こわもて)の小沢氏は容貌の対比も際立つため、国民内部には「ツーショットでの出演では親と息子にみえ、玉木代表が小沢氏に操られている印象が広がるばかり」(若手)との不安も広がる。

もちろん、玉木氏も「国由合併に失敗すれば、代表辞任どころか政治生命が終わる」(国民幹部)とされるだけに「背水の陣で臨んでいる」(同)のは事実だ。ただ、大蔵省(現・財務省)出身のエリートだが、気の弱いお人よし」(同)と評されるだけに、「合併協議の土壇場でみせる逡巡」(国民若手)にパートナーの小沢氏も苛立ちを募らせているとされる。

■「もう一度政権交代を見るまで死ねない」

政権交代を実現させることで「選挙の神様」とも呼ばれた小沢氏は、「野党が総結集すれば、絶対に自民党を倒せる」と繰り返す。比例代表での統一名簿についても「反自民で結束して統一名簿で戦えば、獲得議席は必ず自民党を上回る」と力説する。たしかに、2017年秋の衆院選での立憲民主と希望(現在の国民)両党の比例選での得票数を足せば、自民の得票数を数百万上回るのは事実だ。ただ、枝野氏は「分裂して競い合ったことで票が伸びた。政策や理念を置き去りにして一緒に戦えば票が減るだけ」と小沢氏の提案を拒否している。

父・佐重喜氏の急逝で、1969年12月の衆院選に旧岩手2区に出馬、27歳で初当選した小沢氏は、以来、17回連続当選を重ねてきた。1969年当選同期には森喜朗元首相(現・東京五輪組織委員会会長)や羽田孜元首相(故人)がいるが、小沢氏はキングメーカーに徹し、自民党幹事長時代は「ポスト海部」に名乗りを上げた宮澤喜一(元首相・故人)、渡辺美智雄(元外相・同)、三塚博(元蔵相・同)らを「面接」するなど、「党最高実力者」として権勢をふるった。

今年12月で衆院議員満50年となる小沢氏だが、在職50年を超えるのは「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄元司法相、三木武夫元首相、原健三郎元衆院議長(いずれも故人)らに続く6人目となる。5月には喜寿(77歳)を迎える政界最長老だが、今でも「もう一度政権交代を見るまで死ねない」と3度目の政権交代実現に執念を燃やす。このため、次期衆院選以降も現役を続ける決意もにじませるが、玉木、枝野両氏も含め立憲、国民両党幹部の多くは「小沢氏のすごさや怖さを知らない次世代の政治家」(首相経験者)だ。中堅・若手議員からは、40年以上前の流行歌の「昔の名前で出ています」などと揶揄されている小沢氏だが、「最後の戦い」にどう挑み、どのような結末を迎えるか、なお見通せない。

泉 宏:政治ジャーナリスト

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