今季好調の湘南ベルマーレが変貌を遂げたワケ 梅崎選手が語る「個人と組織の成長」の秘訣

東洋経済オンライン / 2019年4月9日 8時30分

まったくチームにフィットできず、思い悩んでいたある日、監督室に呼び出されたので訪ねると、監督と分析担当のスタッフがいました。そこで、僕も参加した2007年のワールドユース、決勝トーナメント1回戦のチェコ戦のハイライト映像を見せられました。この試合、僕らは2点を取りながら、2本のPKで追いつかれて、最後はPK戦で敗れました。

僕は延長後半に香川真司と交代してベンチにいたんですが、その映像ではPK戦の後に泣き崩れていました。このシーンを一緒に見ながら、監督はこう言いました。

「このときのお前は、PKでも誰よりも速くこぼれ球に反応しようとしてるし、負けたとき、自分はベンチにいるのにこれだけ熱くなって泣いている。自分を表現しようとして、自分を出し切って、チームを勝たせようとしているじゃないか。もちろんレッズで優勝も経験したし、アジアもとったかもしれないけど、こんなに熱くなれたか? 今のお前はそうじゃない。これだけ熱くなれていない」

監督に指摘されて、うすうす感じていたことを突き付けられた気がしました。ワールドユースの当時は「自分のプレーでチームを勝たせるんだ」という強い思いでサッカーをしていました。それがいつしか、チームプレーを意識するあまり、自分の気持ちや個性を出すことを控えるようになっていました。

■チームプレーとは何か

とくに浦和では、精鋭ぞろいのチームの中で生き残るために、監督の顔を見たり、空気を読んで周りに合わせるようなプレーが増えていました。そして、その自分を納得させるために変に大人になって、原口元気のようなギラギラした若手が出てきたときも、「あいつは若いからな」と冷めた視線を向けていたんです。

プロであれば、厳しい競争の中で出場時間を得るためにプレーを変えたり、新しい監督やチームに自分を合わせるのは普通のことで、それ自体が悪いことだとは思いません。

問題は、そうすることで僕の特徴であり武器でもある、自分でどんどん仕掛けて違いを生み出すというプレーが出せなくなることでした。勝負所で仕掛けなかったり、無難なプレーを選択するなら、僕を起用する価値はありません。

曺監督は、この監督室での出来事以外にも、さまざまな言葉をかけてくれて、若かった頃の強い気持ちを思い出させてくれました。

僕は高校生の頃からサッカーノートをつけているのですが、大分で残留争いをしていたプロ2年目のノートを見返せば、19歳の僕は「俺が決める」「俺が変える」「俺が救う」という言葉を何度も書いていました。そうした気持ちが当時、大分のJ1残留と、その後の浦和レッズ移籍につながったのだと思います。

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